2017年7月28日 (金)

ぎっくり腰

 三連休の初日にぎっくり腰をやり、三連休は何もできなかった(仕事に来るつもりが出られず)。

 お昼を食べ終わり、器を持とうと少し身体をひねった状態で手を伸ばした時に、左の腰が「ビキビキ」となり、歩行も満足にできなくなった。
 元々腰痛持ちで、これまで何度もぎっくり腰になってきたが、久しぶりにかなりきつい痛みであった。
 馬鹿な私は布団で寝たのだが、寝返りも打てず、腰が痛くて5時に寝ていられなくなり、起床しようとしたが、起き上がるまで10分を要した。
 翌日からはしばらくソファーで寝たのだが、お年寄りが腰などが痛いとベッドでないと起き上がることができないということを痛感したのである。
 三連休なのにゆっくりも寝ず、毎日腰の痛みで5時に起きるのであるが、そうすると我が家の小次郎(二代目)は、外が明るいし散歩の時間であるというのでキュンキュンいうのである。
 小次郎にキュンキュンいわれるとどうしようもない私は腰の激痛をこらえながら、毎日5時に散歩をするはめになったのであった。
 小次郎のう○ちを取る際(食事中の方すいません)、誰もいない早朝の散歩道で、46歳のオッサンが妙な格好で中々地面に手をやれない姿は誰かが見ていたら、「あのオッサンは何をしているのだろう」と不審がられたであろうこと間違いなしである。
 ようやくましになってきたが、この時期に油断をすると、また「ビキビキ」と行くことがあるのは経験済みなので、腰をいたわりながら仕事をしている今日この頃である。

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2017年7月27日 (木)

読書日記「ハンターズ アレクサンダー大王の墓を発掘せよ」

 上下巻。竹書房。クリス・カズネスキ。

 表題に惹かれて購入して読んだが、期待が大きすぎたせいで、正直残念であった。
 ここまで期待しておらず、また、私が多数の小説を読んでいなければここまでのがっかり感はなかったであろう。
 キャラが立っておらず、人物描写が甘いと感じた。会話も不自然である。
 また、こういうストーリーであればこう展開するだろうという予測を裏切ろう、裏切ろうとする意欲が強すぎるため、筆者は違う展開にするのだが、その展開が胸が悪くなるような方向であったりして、読後感が非常に悪かった。カタルシスがない。
 さらに、小説としてどんでん返しを入れようとするのはわかるが、その展開も甘い。
 素材としてはいいお宝を選んだと思うが、設定もどうなんだろう、これはあまりにもご都合主義すぎないかというところもあり、素材に負けた感は否めない。
 この作者の作品はもう読まないと心に誓うこととなった二冊であった。

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2017年7月26日 (水)

挟まってるワン

 ソファとソファの足下に置いた私の鞄との間に挟まって寝ている小次郎(二代目)である。

 狭いところが落ち着くのか、ソファのかけてある布をめくると、大変迷惑そうな顔をしている。
 私の鞄にくっつくのもお気に入りの小次郎である。
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2017年7月25日 (火)

読書日記「関東戦国史 北条VS上杉55年戦争の真実」

 角川ソフィア文庫。黒田基樹。
 真田丸でも時代考証を担当された筆者の関東における戦国時代を描いた文庫である。

 史料を丹念に確認し、事実関係を明らかにする学術的態度はこの書籍でも変わりがない。
 上杉謙信を世の中に言われているような「義」の武将、「聖将」ではなく、関東に出兵した理由についても越後が飢饉であったためなど、これまで描かれたものとは違う論拠を提示するなどしている。
 謙信は不敗といわれているが、これを読むと何回か負けている。
 北条氏康も、関東管領の地位に就いていたことがあることは情けないことに知らなかったので(山内上杉家と二つの管領家があったのである)、勉強になった。
 後に上杉と北条が同盟を締結した際、管領は上杉謙信に一本化され、それ以降は北条家からの書状は上杉謙信に対して「山内殿」としているなど、通好みの史料解説もされており、興味深い(それまでは互いに管領としての立場を認めず、謙信は北条家のことを「伊勢」と呼び、北条は上杉謙信のことを「長尾」と呼んでいた)。
 天下統一中心史観への反省から、関東における騒乱も室町時代の一つの権力闘争のあり方であることを規定し、その中で上杉対北条の戦いがどのような意味を持つかについて史料に基づき丹念に描かれており、戦国マニアにはたまらない一冊である(一般の人はここまで読む必要はないであろう)。

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2017年7月24日 (月)

弁護士のメンタルヘルス

 紛争のただ中に置かれる弁護士は、精神に変調を来したり、場合によれば自らの命を絶ってしまう場合がある。
 私自身は元々呑気な性格であり、元勤務弁護士であったK弁護士からは、「京都弁護士会で最後にうつ病になる男」と言われていたが、私からすると最後にうつ病になるのは元勤務弁護士のKではないかと思っている。

 生来の性格や人生経験もあるであるから、こうすれば大丈夫というのはないのだが、いくつかあげるとすれば以下のようなものであろうか。もちろん、これが正解というのはないので、あくまで私が考えるとしたら、であり、医学的根拠は全くない。
 ただ、こうやっています、というので、若手が心が苦しい時の助けになればと思い、書いておくものである。
1、依頼者のために頑張ることは大事だが、一体化しない。
 依頼者の抱えておられる悩み、苦しみを理解しようとし(本当に理解などはできず、推測するだけであるが)、その依頼者の状況を改善してあげるために法的に知識を駆使し、頑張ることはプロとして当然ではあるが、依頼者と一体化すると、複数の紛争の持っている負のパワーが精神や身体を蝕むと考えている。
 法律家が努力をしても限界もあることを知り、弁護士としてできることを知ることである。
2、何もかも忘れる瞬間を作る。
 これは、私であればサッカーであったり、読書(漫画含む)にのめり込んでいる時間であったり、ゲームをしている時間であったりする。釣りもあまり行けていないが、同じである。
 それに集中して何も考えないことが、ストレス発散になるのだと思っている。
 きっかけは小さなことでいいので、何かやってみるように心がけることである(精神疾患を発症してしまうとやる気もなくなるので、そうなる前の心がけとして書いている)。
 そのうち、自分に合うものが見つかればしめたものである。
 パチンコをしている人達も、その時間帯は何も考えていないと思う(私もそうだった。行かなくなってもう25年ほどになるが)。
3、同業の人に会う
 一人で仕事をしているとやはりうっくつしてくるので、「忙しい」「忙しい」とばかり言っていないで、同業の集まる会合などには出ていき、守秘義務に反しない程度で愚痴をこぼすことである。解決策を先輩が示してくれたり、後々役立つアドバイスをもらえたりすることがある。
 話を聞いてもらうと、解決していなくとも、気が晴れるものである。
 お酒が飲めなくても、ワイワイするのは大事である(私のように時々飲み過ぎるのは問題である。カラオケも好きな人は大きい声を出すことで発散になる)。
 友人と美味しいものを食べに行くことも大事ではないであろうか。
 もちろん、同業以外の人と話しをするのも大事であるが、同業でないと分からないこともある。
4、癒やしの時間を持つ
 私は動物が好きで、フェイスブックでそういう動画に「いいね!」を押し続けた結果、今では流れてくるタイムラインの半分以上が動物動画である。しかもかわいいヤツばかり。
 仕事が優先であるので、見る時間は朝起きて葉巻を吸っている間とか、通勤で読書に疲れた時とか、昼休みなどに限定しているが(けっこう見ているやんかと突っ込まれるかもしれない)、好きなものを見ていると癒やされる。
 動物写真集なども癒やしである。
 私にとって最大の癒やしは小次郎(二代目)であるが(嫌なことがあった日も小次郎が「ハーン」という感じで小次郎が飛びついてくると、嫌な気持ちが軽減される)、自宅で動物を飼えない場合もあるだろうから、できる範囲で癒やしを求めるのが大事である。
 以上のようなことを特段意識してやっている訳ではないが、一応、22年間精神的には全く問題なくやって来られている。私も弱い人間であるのでこの先どうなるか分からないが、元々人の心は弱いもので、その弱さをどう克服するかということが大事ではあるから、心を鍛えることも大事ではあるけれども、いわば逃避も大事ではないかと思っている。
 人間は大自然の中でもストレスを感じると言われているので、ストレスとどう付き合うかは人間の根本にあると思うのである。

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2017年7月21日 (金)

読書日記「多動力」

 幻冬舎。堀江貴文。
 堀江氏の仕事や物事に対する考えをまとめた一冊。

 字が大きいので、15分くらいで読んだ。
 この考え方は、能力にある堀江氏であれば通用するのであろうが、一般人がこれをマネすると、とんでもないことになるであろうという内容が綴られている。堀江氏の能力があるからこと成功しているのであり、一般人がこれを読んで、「俺もこうしよう」ということになってしまうと、大変なことになるであろうな、という一冊。
 能力が著しく高い人には参考になるところがあるかもしれないが(一部私と同じことをしているところもあったが、堀江氏のような能力は私にはないので、「彼はこういうえ考えなのか」で終わりの本で私の人生にとって参考になるところはなかった。まとめて古本屋に売却の箱行きである。)、そこのところを踏まえて実践するならしないと、直ぐにオーバーフロー状態となってしまうであろう。

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2017年7月20日 (木)

小玉スイカ収穫

 庭で育てている小玉スイカが収穫できる時期になったようであったので収穫してみたところ、見事に熟れていた。そして、食べてみたところ、店で売られているスイカよりも格段に甘かった。今年の夏の野菜作りの成功の一つである。

 なお、左上の方に写り込んでいるのは小次郎(二代目)の足で、スイカを狙っているのである。
 この後、少しだけ小次郎(二代目)もスイカを少しもらえたのである。
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2017年7月19日 (水)

眠い時は呼ばれても行かないワン

 夏の夜、眠いのであろうか、呼んでも無反応の小次郎(二代目)である。

 眠いし、ほっといて。という感じである。
 冷房の効いた部屋で、うとうとできるのは幸せものである。
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2017年7月18日 (火)

ライターに関する実証的考察

 私だけなのかもしれないが、飲みに行くとライターがどこかに行ってしまう。
 で、裁判所などで葉巻を吸おうとしてライターを探すと鞄にライターがなく、どうしようもない時がある。
 裁判所の1階でライターは売っているので、買いにいくと、そんなときに限って「休憩中です」の札がかかっていたりする(時々売店の前で印紙を買いにきた人が呆然としているのを見かけるところである)。

 先日はどうしても吸いたかったので、裁判所の喫煙所で誰かが来るのを待ち、裁判所の書記官に火を借りるというところまで落ちぶれたのである。
 すぐライターを無くすので、大体、3個くらい買って鞄に放り込んでいるのであるが、「3個あるわいな」という安心からか、直ぐにみなどこかに行ってしまうのである。
 故中村利雄もよくライターを無くしており(ライターを無くすだけでなく、スーツによく火を落として穴をあけたりもしていたが。)、あまりに無くすのでお子さん達から高いライターをプレゼントしてもらっていた。
 さすがの中村利雄も、そのライターは一度だけしか無くさなかったようである(行きつけの店から出てきたのである)。
 私も高級ライターを持っていたこともあるが、ガスを入れるのが面倒で、結局使い捨てライターを使用している。
 表題と全くそぐわない内容であるが、連休明けも頑張っていきましょう。

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2017年7月14日 (金)

かりゆしの季節

 盛夏になるとかりゆしシャツを着て裁判所に行っているのだが、昨日はあまりに暑かったので、かりゆしシャツにパナマ帽、サングラスという出で立ちで裁判所に行っていた(かりゆしで4件の裁判に出たのである)。

 もはやここまで行くと、何者か分からないが、暑いのが悪いのである。
 ロースクールの教え子の女性弁護士には、「釣りに行った帰りみたいですね」といわれる始末である。
 私の知る限り、京都でかりゆしで裁判所に行く弁護士は私と親友の吉田誠司の2人だけである。
 京都の暑さで流行するかと思ったが、2人止まりである。
 一応、クールビズでもかりゆしは大丈夫であるから、みんなもっと着て欲しいのだが。
 ちなみに、事務所では、リゾートホテルの店員みたいだと言われている。
 以上です。

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