2017年3月24日 (金)

続花粉症

 ここのところ一週間ほど、新聞で見ていると花粉が「非常に多い」日などが多く、毎日つらい。

 マスクが手放せないし、目薬もささないと眼がどうしようもない。
 打合せをしている依頼者から、「眼をどうかされたんですか」と言われる始末である。
 身体が終日ぼうっとしており、集中力も欠いている。書面を書くのもつらい状態である。
 早く、花粉の飛散が終わらないものであろうか。
 飲酒は花粉症によくない(症状がひどくなる)ようであり、会合などで飲んだ翌日はやはり症状がより悪化しているように思われるので、花粉の飛散がおさまるまで、酒も控えたほうがよさそうである。

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2017年3月23日 (木)

弁護士の諾否通知義務

 弁護士は、事件の依頼があった時には、速やかに依頼を受けるか否かを回答する義務を負っている。弁護士職務基本規程34条に定めがある。

 時折不特定多数の弁護士に「依頼したい」という手紙を送付されることがあるが、これについても諾否をしなければならないかどうかという問題がある。
 真摯な依頼ではないとして、諾否不要という考え方もあるが、念のため、断りの手紙を送るべきであろう。
 依頼かどうか定かでない場合には、返答は不要というのが私の考えである。
 弁護士は受任義務はないから、理由は必要でなく、単に諾否を通知すればよいのである。
 若い弁護士さんと話をしていた時に、放置しているという話を聞いたので、職務基本規程の定めを教えてあげると、真っ青になっていた。
 私はこれまで弁護士の代理人を何回かやっていることもあり、その都度職務基本規程や弁護士法を読み返している。
 行動に迷ったり、決めつけないで、職務基本規程等を一応見てみることが大事である。

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2017年3月22日 (水)

見てるの気づいているワン

 膝の上に乗っている小次郎(二代目)を見ていると、「見てるのきづいてるし」という感じでチロッとこちらを見ているのである。

 頭が丸い。
 以上です。
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2017年3月21日 (火)

読書日記3月21日

「完訳フロイス日本史① 将軍義輝の最期および自由都市堺」中央公論新社。ルイス・フロイス。

 ルイス・フロイスの日本史は戦国好きであれば一度は読まなければいけないと思いつつ、手が出ていなかったが、そのうち絶版になると困ると思い、とりあえず織田信長編と豊臣秀吉編までの5冊を購入。九州編でまだ7冊刊行されているが、そこまで手が出るか不明なので、中央の状況を描いた5冊の最初の一巻を読みはじめた。
 内容としてはキリスト教徒から見た視点が随所に出てくるので読みにくいのと、1巻目はほんど歴史の動きとしては松永久秀が足利義輝を殺害する以外さしたる記述はないものの、当時の寺院や風俗についてかなり書かれていて、戦国時代の雰囲気を正確に捉えている。

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2017年3月16日 (木)

読書日記3月16日

「怪魚を釣る」インターナショナル新書。小塚拓矢。
 学生の頃から海外を中心に怪魚(定義は体長1メートルか体重10キロを超える淡水魚)を釣ってきた筆者のノンフィクション。

 読んでみて、感想は、「ただただうらやましい」である。
 もちろん怪魚釣りのために筆者は様々なことを犠牲にしている訳であり、私などマネもできそうにないのだが、海外で巨大魚と格闘して釣り上げた写真などを見ていると、自分も行ってみたくなるのである。
 自然との向かい合い方についての筆者の考えが書かれていたり、怪魚の味が書かれていたり、こういうジャンルが好きな人には一読の価値ありである。
 怪魚は無理だから、春になったし、来月あたり渓流釣りに行こうっと。

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2017年3月15日 (水)

 もともとは30㎝程度の盆栽の桜を買ったのだが、木に勢いがなくなってきたため、大きい鉢に植え替えたところ、1メートルくらいの高さにまで育った桜の木2本である。

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2017年3月14日 (火)

何も考えてないワン!

 休日に私の膝の上に乗ってきて、何かを見つめる小次郎(二代目)である。

 こうして後ろから撮って見ると賢そうであり、何か思索しているようでもある。
 でも、きっと何にも考えてないのであろうな。
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2017年3月13日 (月)

犯罪被害と量刑

 厳罰化によって犯罪はなくならないといわれたり、厳罰化することによってより犯罪を隠そうとすると言われるが、いずれもこれは加害者に向けた視点である。

 被害者の思いという視点はない。
 被害者の思いからすれば、自ら(あるいは遺族の場合は自分の親族)を傷つけた加害者に対して、1日でも重い刑を科して欲しいと思うのが通常ではないであろうか。
 歌手の女性に対して重度の後遺症を負わせた殺人未遂事件では懲役14年6月という量刑であった。
 一生残るであろう後遺症を負わせた加害者に対して、軽すぎる量刑といわざるを得ない。
 報道されている法廷での態度は、とうてい反省しているとは考えがたいのである。
 かつて私が担当した傷害致死事件では、法廷で踊りを踊ったり不規則発言を繰り返した被告人は、殺人よりも重い刑(少し記憶が怪しくなっているが、亡くなったのは一人で、懲役18年であったと思う)に科せられ、控訴審でもその量刑は維持された。
 通常の量刑相場からすれば相当重い量刑であったが、量刑というものは、やはりその事案に応じて判断がされるべきものなのであり、先例に縛られすぎるというのもどうかと思わざるを得ないのである。死亡していると命が助かっているという違いはあれ、故意の殺人ではなく傷害の故意であった事案からすれば、相当な量刑であったことは間違いない。
 量刑に幅がある以上、個別の事件に対して、よりふさわしい量刑を考える姿勢が裁判所並びに求刑をする検察官に求められるのではないか。
 かつて私が若い頃、京都地裁に交通事故の事件に対して非常に厳しい裁判官がいたが、その裁判官の判決は聞いていて、なるほどと思わせられるところが多かった。
 被害者は自力救済ができないのであるから、刑事事件の中で、その思いと被害結果を裁判所がくみ取るしかないのである。
 
 日弁連は基本的に厳罰化に反対する姿勢を取るという認識であるが、全ての会員がそうした思いでいる訳ではない。

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2017年3月 9日 (木)

学者の仕事

 特殊な分野の本がないかなと思って検索すると(ネットがなかった時代は本屋で探すしかなかった訳だが)、学者の方はニッチなところでも本を書いておられたりする。

 裁判例なども整理されていて、大変役立つのである。
 福知山花火大会の爆発事故が発生した時に、火災に関して何か書籍はないかと探したところ、絶版になっていたため逆に価格は高かったのだが、「火災の法律実務」「火災と刑事責任」などの本が出ていることがわかった。火災の法律事務津は群馬県弁護士会が発刊したものであったが。
 失火責任法について調べた時も、「失火責任の法理と判例」という本が見つかった。これも古本だが高かった記憶である。
 学者の方はあまりメジャーでないところについても本を書かれていることがあり、これぞ学者の仕事であると心の中で感銘を受けながらせこせこと調べ物をするのである。
 地道だが、調べ物をするのが好きでないと、弁護士はできないのである。

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2017年3月 8日 (水)

梅が満開である

 庭の梅の盆栽が満開である。

 寒い日が続いていたが、暖かくなった時に一気に開花した。
 寒い日が続けば、もう少し日保ちするのだが、いつまでも寒いのも困りものである。
 咲いているのは1ヶ月程度だろうか。
 あとの11ヶ月は、世話をするだけであり、花を育てるというのは一時期のためだけのものであるが、やはり咲いてくれると嬉しいものである。
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