2019年5月21日 (火)

イネ科花粉

 スギ、ヒノキ、ダニに反応していたアレルギー体質の私であるが、例年連休が終わるとアレルギーの薬を飲まなくなっても花粉症の症状がおさまるので、薬を飲むのをやめていた。
 そうしたところ、イネ科花粉にも反応するようになっていたようで、花粉症の症状が出た。
 2代目小次郎の散歩道の両脇にはこれでもかというばかりにイネ科の雑草が生えているので、許容量を超えたのであろう。
 初代小次郎の散歩道と同じなので、17年間イネ科花粉の攻撃を浴びていた訳である。
 薬を飲み始めたが、私が飲んでいる花粉症の薬は急激に効くタイプのものではないので、徐々に症状が緩和されていく程度である。
 症状が出た時には、ティッシュの箱がまたたく間になくなった。
 アレルギーがない人がうらやましい。

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2019年5月20日 (月)

今週の小次郎

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 ソファーで右側を下にして寝るのが好きな二代目小次郎である。
 横を通ると、「ふん?」という感じで顔を上げてこちらを見てくるのである。

 暑くなってきたのと、一日の間で気温の変化もあるので身体にはきつい時期ですが、今週も頑張っていきましょう。

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2019年5月17日 (金)

読書日記「巨大なラジオ/泳ぐ人」

 ジョン・チーヴァー。新潮社。翻訳は村上春樹。

 短編作家であるが、日本ではきっとそれほど知られていない作者の作品集(私だけが知らなかったのだろうか・・・)。

 同じようなシチュエーション、場面設定で、全く違う物語が展開される。
 どの作品も、あるべき姿から外れていく人の姿が描かれているように思われる。

 どこかで歯車が狂い、その人の人生に暗い影が差していく。

 あまり明るい終わり方はしないので、読んで気分が晴れやかになるという作品ではないが、どこか、引っかかるところがある作品が多かった。

 私が最も印象に残ったのは、富豪の家のプールを泳いで、自宅のプールまで行こうとする「泳ぐ人」。それだけで何か狂気のようなものを感じる。彼がたどりついた家で待っているものとは。
 全てを投げ打って田舎から出てきた作家になろうとする男の家族を都会で待ち受けるものとは。「ああ、夢破れし町よ」。
 お互いに昔から知り合いの男女。女性はダメな男ばかり愛してしまう。病に倒れた男をかいがいしく女性は介抱するが、彼女の求めるものとは何だったのか。「トーチ・ソング」。
 妻が子どもを連れて出ていった男。1人で暮らす彼の自宅を深夜のぞき見る目が。。。「治癒」。

 など、多くの短編が収録されている。
 村上春樹訳というのがまたいい。

 たまには違う文学を読んで見たい人にはお勧めである。

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2019年5月16日 (木)

読書日記「茶道太閤記」

 文春文庫。海音寺潮五郎。

 久しぶりの海音寺作品である。

 今となっては、千利休が秀吉と対抗する図式は当たり前のものとなったが、海音寺がその構図をはじめて書いたと解説にある。
 この作品では、いくつかの対立軸を作り上げて人間模様が描かれる。
 淀殿とその他の奥方の対立。
 千利休と秀吉。
 秀吉と千利休の娘、お吟。

 枚数の関係で、秀吉と利休の深い対立までは描けていないように思われるが、歴史ファンなら海音寺作品は外せないであろう。

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2019年5月15日 (水)

昔の出張

 勤務弁護士時代に出張が多かった。
 その頃は、自分が乗る予定の飛行機のチケットや新幹線のチケットを用紙に書き込んでファックスをして、JTBに事務所に持参してもらっていた。
 宿泊も同様にしていたが、一度事務局にホテルを任せたら、東京でものすごい安い宿を取られて、横の部屋の声がうるさくて寝られなかったことがあった(当時東京の宿はほとんどが高かったので、京都の価格に合わせて取ったのであろう。東京からの飛行機で行かないと間に合わない地方であった。)。それ以来ホテルは自分で探すようにしたが、これも取るのが非常に大変であった。
 また、清算は後日事務所からされるとはいえ、現金を持っていないと新幹線に乗ることができないし(最悪カードでもいいのだけど。カードだと自分の口座に入金しないといけないし、面倒である。)、何かあった時のために現金を多めに持ち歩く必要があった。
 飛行機はチケットを握りしめて空港に向かったもので、出張が多かったので、どんどん空港に着くのがギリギリになっていった。

 今はネットで予約が取れるし、大変ラクである。新幹線も後日カード払いにしてICカードで乗ることができる。飛行機もバーコードだけである(毎回入り口で引っかかるが)。ホテルもネットから様々なホテルが選べて、本当に便利になった。
 ただ、今は出張が少なくなった分、乗り遅れる怖さの方が勝っていて、空港にも駅にも早めに着くようにしている。
 空港に行くと大半は早めに来る人が多いようで、ロビーでスマホやPCを触ったり、本を読んで1時間近く前から待っている人がけっこういる(私もそうなのだが)。

 いや、しかし、本当に最近の出張は便利になったものである。
 この24年で技術は進歩しまくっているが、今後10年でまた世の中がどうなるのか、全く分からない状況である。

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2019年5月14日 (火)

被害者の事件をする理由

 連休中に仕事をしにきて少し時間ができたので、なぜ被害者の事件を中心にしているかを書いてみたい。
 もっとも、何回か書いたが、このブログは、私の理想とするべき姿を書いているところであるので、真実の私の姿はかなり違うということを予めお断りしておく。

 

 大学の2回生の秋頃に、あと1年少ししたら就職のことを考えないといけないことに気づいた。
 京都大学の地下の本屋に行き、全ての職業の内容が掲載されている本を買ってきて、2週間くらいかけて読んだ。
 そのときに、私ができそうな仕事は、法律家だけであると気づいた。企業に就職し気に入らない上司がいたらおそらく大げんかをして辞めるであろうし、筋を通せるという意味では法律家しかないではないかと思ったのである(私がなれそうな仕事の中でという意味であり、法律家以外が筋を通せないという意味ではないので、念のため。)。
 そこから勉強を始めた。当初は刑事系に興味があったので検察官志望であった。勉強を始めるうち、弁護士が向いているのではないかと周囲から言われてその気になっていた。途中で、判決で物事を決められるのは裁判官ではなかろうかと漠然とした気持ちで裁判官志望の時点で2回目の試験で運良く合格した。
 ところが、裁判官の実際を知ると、(今から思うと当たり前なのだが)好き勝手に判決を書いていいわけではなく、部長との合議などいろいろな制約があることがわかり、修習が始まると早々に弁護士志望に鞍替えをしたのである。
 ここまで読まれて分かるように、「何がしたい」「こういう事件がしたい」ということで弁護士になった訳ではなく、単に、自分の性格に向いているからという、まあ信念に燃えている弁護士の方々からすれば、ちゃらんぽらんな新人弁護士であった。

 

 ただ、24年目になり思うのは、最初から決めつけて「こういう事件がしたい」というのは目線が狭まってしまい危険であり、やりながら自分がやりたいことを探すというのはアリではないかと思うことである。現に、私も弁護士をやりながらやりたいことというか、自分がなすべき事件というものが固まっていったからである(言い訳と言われればそうであるが)。

 

 弁護士になってから、何の落ち度もないのに被害を受けている方々を見ると何とかならないかという思いが強いことが分かった。
 就職した事務所がいわゆるマチベンであったこともあり、種々な事件を担当したこともあるが、最も大きかった一つの事件は、親子が妄想を抱いた子の同僚から殺されたが、心神喪失という理由で不起訴になった事件を担当したことであった。当時は不起訴記録も入手することができず、検察官が遺族に渡した不起訴裁定書の概要と、遺族からの聞き取りだけで検察審査会に不服申立を行った。当時としては希なことであったようだが、検察審査会で、「起訴相当、不起訴不当」の議決が出て、再捜査を求めて検察庁に上申書を持参し、再捜査の結果一部責任能力ありということで、被告人は有罪となった。これが私の犯罪被害者支援事件の原点で、それから、亀岡事件や、福知山花火大会爆発事故など、様々な事件を担当してきた。現在もいくつかの被害者の事件を担当させてもらっている。
 京都の犯罪被害者支援センターの設立にも関わり、規約などの作成にも従事した。
 この流れで、民事訴訟では、交通事故の被害者側もたくさんするようになった。独立の時には、大手の損保会社から顧問の話がいくつかあったが、被害者の事件をやると決意していたので、断りを入れた。経済的に見れば、損保会社の顧問をしている方が当然安定もするし、実入りもいいであろう。当時、紹介者からは、こんないい話を断るとは、しかもこれから独立して経済的にどうなるか分からないというのに、正気とは思えないという目で見られたものである。今も被害者の事件ばかり受任している。

 

 消費者被害でも、高齢の方がクレジット契約で不必要なものを複数個買わされている事件なども担当した。小さい家に、空気清浄器が部屋数よりもはるかに多い個数が納品されていたり、浄水器も一つあれば十分と思われるが、ものすごい数が納品されたことになっていた。法律が改正されるはるか前の話である。他にも多数の消費者事件を担当した。

 

 リース被害事件は独立して直ぐの頃に沸き起こった被害であったが、一般消費者との間の契約が法律で規制されると、悪質業者は中小企業に目を向けたのである。中小企業との契約を直接に規律する法律はなかったが、小さい店舗に電話が100以上つなげられる機器がつけられているなど、明らかに無知に乗じた契約がされていた。この時に、リース会社と交渉している際、「どんなニーズがあり契約をすると考えるのか」と質問したところ、リース会社の担当者は、「顧客のニーズは様々である」という回答をされてぶち切れて平成17年に弁護団を結成することとなった。その後被害を撲滅するために戦ってきたが、今も被害は消えない。立法化も提言したが、国は全く相手にしない。

 

 申し訳ないことに、人権感覚は乏しい私であるが、理不尽な扱いをされたりされた方のためにどうにかしたいという気持ち(というか、私自身が腹が立つ)で被害者の事件をしてきた。出会った素晴らしい先輩弁護士にも当然多大な影響も受けている。
 正直なことをいえば、強い方(大企業とか)についた方が仕事はラクなはずであり、被害者の方の事件をするのはものすごい時間も労力もかかる。そのために連休にも仕事に来ることになる。
 しかし、これは弁護士としての生き方の問題であり、それでいいではないか、と思っている。私が正しいという趣旨ではなく、刑事事件にそれを見いだす人もいれば、貧困問題の解決にそれを見いだす人もいるであろう。それぞれの生き方なのである。

 

 私が被害者の事件を担当させてもらっても、私ができることは弁護士としてできる範囲を超えられず、被害者の皆さんの心が癒えることはないとも思う。ただ、弁護士としてできることをやるしかないのである。

 

 被害者の事件をするということは、私にとっても楽な生き方ではないが、人間であるため、時にはラクをしたいという気持ちになることも否めないので(依頼者の皆さん、スイマセン)、自分への戒めとして、少し長くなったが書いておく。

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2019年5月13日 (月)

今週の小次郎

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 先週は寒い日もあったが、ぼちぼち温かくなってくるようである。
 春ではないが、春眠暁を覚えず、という体の二代目小次郎である。

 

 皆さんも、連休で多少なまった身体も仕事モードになってきているのではないでしょうか。
 今週も頑張っていきましょう。

 

 

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2019年5月10日 (金)

めばちこ

 ほとんどめばちこはできない方なのだが、連休に入っても仕事をしていると、目が疲れたのか、めばちこができた。
 東京ではものもらい、東海地方ではめいぼというそうだが、大阪生まれ大阪育ちの私は「めばちこ」である。
 他にも呼び方はあるらしい。

 目の抵抗力が落ちている証拠だと思うので、ずっと仕事をしていて目が疲れているのであろう。
 連休中で病院も行けないので、仕方なしに薬局でめばちこ(とは書いてなくて「ものもらいができた人に」と書いてあったが)に効くという抗菌目薬をさしていると、少しこれを書いている時点でましにはなっている。

 やはり、歳なのだろうか。当たり前やと言われそうだが。

 連休明けも今日で金曜日。
 みなさん、いい週末をお過ごしください。

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2019年5月 9日 (木)

コイは大半が外来種

 少し前に分かったことだそうたが、現在日本中に生息しているコイは大半が外来種で、日本固有の種は琵琶湖くらいにしか残っていないのだそうである。
 日本固有のコイはノゴイで、生息域は琵琶湖の40~50メートルくらいの深部におり、我々が浅瀬で見るコイはヤマトゴイといって大陸などからの外来種なのだそうである。
 私は少し田舎の方に住んでいるので、水路でこの時期になるとコイが産卵に上がってくるのが見えるのであるが、あれは浅瀬で平然と姿を見せているので外来種のコイなのであろう。
 見た目はあまりわからないそうだが、ノゴイの方が少し細長く、光が当たると金色に光るらしい。また、ノゴイは警戒心が非常に強く、浅瀬で人から見られて悠然と泳いでいるということもないそうである。
 龍になるという、滝を上るコイは人に姿を見られているので、大陸からのコイなのであろう。
 自然界にはまだまだ色々と未知なことがありそうである。

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2019年5月 8日 (水)

交通事故で亡くなられた皆様にお悔やみを申し上げます。怪我を負われた方の一日でも早い回復をお祈りいたします。

 連休前に、痛ましい事故の報道に接した。報道によるので、不正確な点があればご容赦いただきたい。
 池袋での暴走死亡事故(母親とまだ3歳のお子さんが亡くなられた)。10名が怪我を負われた。
 千葉木更津で小学校3年生の児童に赤信号で軽自動車が突っ込み死亡した事故。一人が重傷。
 神戸のバス暴走により、23歳と20歳の方が亡くなった事故(その他、怪我を負われた方が6名)。

 4月23日は、少年による亀岡無免許暴走によって、胎児を含めると4名の死亡者、その他重傷者多数が出た事件が発生してから、7年目の年であった。
 木更津の事件は、同じ4月23日に発生している。未だ小学校3年生で亡くならねばならなかったお子さんのこと、親御さんのことを思うと、亀岡事件を担当していた(今も民事訴訟は一部係属しているが)代理人として、本当に残念でならない。
 近接した時期に、池袋の事件と神戸の事件も発生し、母親の命、未だ3歳のお子さんの命が奪われたことに強い憤りを感じる。神戸の事件でも、どれほど可能性のあったであろう若い命が失われたことにも痛切な痛みを感じる。

 現在も、死亡事故を3件担当しているが、ご遺族の方のやむことのない怒り、苦しみ、悲しみに触れるたびに、弁護士としてできることの限界を感じる。しかし、私は弁護士である以上、弁護士としてできることをやりきるしかできないのである。

 心からお悔やみを申し上げるとともに、怪我をされた方の一日でも早い回復を祈るばかりである。

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