2009年11月 9日 (月)

実践が重要

 本を何冊読んでも、知識があっても、実践にはかなわないというのが私の持論である。
 研修会や本で調べ物をするのはそれはしないよりは当然いいであろうが、やはり実際の事件をしないことには成長はしないと思うのである。

 あと、事件の進行や解決にそれほど違いがある訳ではないから、ある種の事件をするのが初めてでも、その他の事件で培った経験は必ず役立つのである。
 特に法廷での切り返しや、相手の弱点をつくとかというのは、ある程度の経験が必要であるが、こればかりは実践をしないと身につかない。

 もう一つの注意は、我流での経験もよくないということである。自分ではこれで出来ていると思っていても、端から見ると全くということもある。いいボス弁のところに入り、ボス弁から、実践をして指導を受けて、さらに研修や本でも勉強するということでないと中々成長しないのである。

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2009年11月 6日 (金)

スティーブンス症候群

 薬の副作用でなる症状で、粘膜という粘膜がただれ、肺呼吸も出来なくなり、ひどい場合には死亡することがある。
 市販の風邪薬にも、小さい字で、そういう症状が出ることがあるので、使用にはご注意をと書いてある。相談で手がけたことがあるので、関係する図書を購入したのだが、人間の皮膚が薬の副作用によって焼けただれるのだということが恐ろしく思える。

 日本人は薬好きで、蘭学が入る前のように煎じ薬のような感覚で西洋薬を飲むが、西洋薬は体にとっても劇薬であり、表題のような副作用を及ぼすこともあるのである。
 人間の体は未知の領域であり、医学によって解明されているのはわずかなものだということを思わねばならないと思うのである。
 そうしなければ、とてつもないしっぺ返しがくるような気がしているが、どんなものであろう。

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2009年11月 5日 (木)

リップクリーム

 よくリップクリームを人前で塗っている男性がいるが、私は唇が荒れに荒れていても、リップクリームは塗らないことにしている。
 まず第一に、あの油でぎとぎとした感じがいやである。もちろん塗っても何も塗っていないような感じのリップクリームなど効用もないであろうから、私はリップクリームが塗れない人なのである。
 あとは何となく塗る仕草がいやなのである。
 若い男性ならまだ見栄えもするかもしれないが、40歳前後の男性が塗っているのはあまりぱっとしないのである。
 唇が荒れる冬が近づいてきた。
 たとえ唇が荒れて血を流していても、リップクリームは塗らないのだ。

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2009年11月 4日 (水)

気持ちのいい女子高校生

 私は駅までは晴れている時は自転車で行くのであるが、自転車置き場の係の人は挨拶をしてくれる。
 私は中に自転車を置いて、出て行くときに「お願いしま~す」と暗いぼそっとした声でいうくらいの返事である。
 帰りの時は、自転車置き場から出て行くときに「さいなら~」とこれまた暗くぼそっとした声で言って出て行く。
 挨拶をはきはきすることも40歳近くになるとなにやら照れくさいのである。

 近くに高校もあるので、高校生も自転車を置いているのであるが、クラブをやっているためであろうか、はきはきと大きい声で、「おはようございます。」と言っていた女子高生の集団があった。
 その後も時々見かける。
 自分ではとうてい出来ない挨拶であるが、見ていてとても気持ちがいいものである。
 挨拶はやはり基本であるなあと思うのである。

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2009年11月 3日 (火)

読書日記11月3日

「海流の中の島々」(上)(下)ヘミングウェィ、新潮文庫。新装版。
 ヘミングウェィの自叙伝的小説。ある程度前に執筆していたようだが、ヘミングウェィはなぜか世に出そうとしなかったのを、遺族が公開したのである。老人と海はこの物語の副産物に過ぎなかったというふれこみであるが、そのあたりはヘミングウェィに聞かないと分からないであろう。勝手な決めつけかもしれない。
 主人公はパパ・ダイキリ(ラム・ベースのカクテルダイキリから砂糖を抜いて、ラムの量を二倍にしたカクテル)を数十杯飲むような酒豪であるところや、猫と犬と暮らしているところ、描かれる情景がキューバなどであることなど、ヘミングウェィを思い起こしながら読むことになる。
 ヘミングウェィはこれまでにいくつか読んでいるが、やはり遺稿ということもあり完成度という意味では今ひとつの感がある。

「剣鬼」新潮文庫。柴田錬三郎。
 時代小説の大家である柴錬が描く剣豪小説。
 年老いたことを悟った一刀流の始祖である伊藤一刀斎は、剣の流派の跡継ぎを決めるため、一刀斎の二人の弟子である御子神典膳(後に徳川家の剣法指南番となった小野忠明)と、善鬼との死闘を描いた「大峰ノ善鬼」、三十三間堂の通し矢に挑んだ男の悲劇和描いた「通し矢勘三」ほか6編。
 通し矢勘三に出てきて(もちろん架空の人物であろうが)、惚れた男の思いを遂げさせるためにすべてをなげうち、最後には女郎あがりのために国元に一緒には帰れず、身を引いていくお千という女性がけなげである。最近の結婚をちらつかせてお金をだまし取ったような話とはかけ離れている。

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2009年11月 2日 (月)

道の真ん中でぼうっと立っているヤツ

 道を歩いていると、表題のようなヤツがたまにいる。
 はっきりいってじゃまである。考え事をしているのか何なのかわからないのだが、じゃまこの上ない。
 こういう人は自分の行動が他人にどう影響するかということを顧みないのである。

 同種の人物として、改札口で突然立ち止まって後ろに並んでいるのにごそごそと鞄を探し出す人もいる。定期なんぞ改札口に行くまでに出しておくべきものであるし、仮にそれを出すのを忘れたのであれば列から離れてお先に行ってください、というべきであろう。

 弁護士という仕事をしていると、こうした自分本位のかたまりのような依頼者や相手方に出会うことがある。
 自分の方の問題点は棚にあげて、自分の主張は正しいとして、それを前提にしかものを考えないのである。そうであるので議論がかみ合わない。
 どうしてそこまで自己中心的になれるのかが不思議である。
 ある程度自己中心的でないと生きていけないが、程度が過ぎるとどうしようもない。

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2009年10月30日 (金)

朝いちから・・・

 このごろ見ないが、朝いちからスーツ姿の男性と普通の格好の女性が河原町どおりで物凄くいちゃいちゃして歩いていた。
 このブログの愛読者であるK事務所のT田事務員によると、同一人物かどうかは不明だが、バス停でキスをしていたカップル(アベックというと事務員に笑われるのだ)も居たとのことである。

 決して妬んでいる訳ではない。
 家の中でしなさい。
 みんな仕事に行くのダー。あんたらのそんな姿は誰も見たくない。

 あと、先日駅を降りて雨が降っていたのでタクシーに乗ると、また色っぽい咳払いをする運転手さんだった。10台くらいしか台数がないので、その時間帯に乗ると、1/10の確率でとてもつらい帰路となってしまう。
 ウッウ~ン・・・。しばらく声が耳について離れないのである・・・。

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2009年10月29日 (木)

踏切にて

 私が通勤している経由駅である山科駅に遅くなるとタクシーに乗るのだが、JRの乗り場まで行くと車が詰まっていたりするので、だいたいその前の交番の前で降りて、京阪電車の踏切を越えてJR山科駅に歩いている。

 先日、踏切が降りていて一番前で待っていたところ、隣に居たサラリーマンがやたら前に出てきた。
 「おいおい、そんなに前に行くと・・・」と思っていたところ、踏切の棒があがると、棒はまともにそのサラリーマンのあごを直撃したのである。顔が跳ね上がった。
 サラリーマンは、「グッ」と言ったが、しかし、何事もなかったかのように、JRの方に走り去った。

 私は息が止まるほど笑いたかったのだが(イジワルかな?)、そういう訳にもいかず、笑いをこらえて呼吸困難に陥りながら、山科駅のトイレに駆け込み、誰もいないところで声を殺して笑ったのであった。
 
 みなさん、踏切の棒には注意しましょう。

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2009年10月28日 (水)

メールと仕事

 もはやメールは仕事のツールとしてなくてはならないものであろう。
 ファイルを添付して依頼者に送ることもあれば、共同受任している事件でこちらが担当の書面を添付して送る等々、様々な使い方がある。私は備忘録として使用していることもある。するべきこととかを思いついて、メモをするとそのメモを見ない可能性もあるので、仕事で必ず見るパソコンのメールに送るのである。

 最近は会務で出ていることも多いので、携帯のメールに私が不在中にあった電話やファックスの概要を事務所のパソコンから事務員さんから送ってもらっている。メールだと手の空いた時に見られるので助かるのである。
 メールで指示を返すこともある。

 私はパソコンを持ち歩くのが嫌いなので、副会長になったら必要かと考えてパナソニックのレッツノートというモバイルパソコンを買ったのだが、会にも副会長用のパソコンがあり、結局持ち歩かなくともなんとかなるので、自宅のパソコンが古くなっていたので、自宅での仕事用としてしまっている。

 その代わりウィルコムというところから出ているパソコンのメールが見られる機種(だいぶ機械じたい古くなったが)を持ち歩いている。一応返信も出来ないことはないが、あまりにもキーボードが小さいので実用性は乏しい。
 もっぱらメールの内容を確認しておくだけになっているが、それでも空いた時間に外でメールが見られるのは大きいメリットがある。

 ここのところ、携帯のNIFTYのサイトからパソコンに来たメールを見ることが出来るサービスを設定したので、ウイルコムも必要ないかとも考えているのだが、やはり様々なツールを使うにしろメールがないと今の弁護士の仕事は出来ないであろう。

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2009年10月27日 (火)

三ついすがあるのに・・・

 三つ席のあるイスが駅などにおいてあるとき、日本人は体の接触を嫌うので、たいていの人は端と端に座る。真ん中の席が空いていることになるので、たいていそこは空いたままである。電車でどんな隙間にでもお尻をぐりぐりと入れて座ってくるオバサンとかが座りこまない限りは。

 ところが、三つ席があるのに真ん中に座っている人がたまにいる。日本人の特質からすると、両端が空いていても、どちらかのサイドがふれそうになることになるので両端が空いていたりする。
 端っこに座らんかい、と思いながら、私も電車待ちの間立っているのだが。

 あと、私は体の左側に立たれたり触れられたりすると左肩が凝るので(ここ数年で発見したのである)、歩くときもなるべく人の左側を歩いているし、電車などでは出来るだけ左側が窓側になるように座る。
 何でそうなのかはわからないのだが、左に心臓があるからか、はたまた左は利き腕でないため弱いからなのか。

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