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2007年11月30日 (金)

11月も終わり

 11月も今日で終わりである。今年も残すところあと1ヶ月となった。

 弁護士業界でいうと、12月が近づくと相談が増える傾向にある。年内にもめ事を解決したいという意識が働くのかどうかはわからないが、裁判も年内に一度期日を入れたいと裁判所がいうので詰めて無理に入れたりするので、12月は結構忙しいことが多い。年内に解決しましょうよ、と年末特別和解のような勧誘を裁判所から受けることもある。
 日本人は和を尊ぶ民族であるので、紛争は日本人の伝統からいうと、「穢れ」であるから、穢れたまま年を越すというのは、出来るだけ避けたいということなのであろうか。結構年内和解が出来たりするのである。

 昔は新年を迎える時は、母親が新しい下着を用意してくれたものだが、あれも「穢れ」思想なのであろう。

 弁護士だけでなく、12月はだいたいどこも忙しいであろう。なぜか12月は車が混むが、あれは年末の集金に回っているのであろうか。タクシーで移動すると難儀することが多い。

 相談が増えるに伴って売上が上がればよいのだが、それが中々比例しなかったりするのが弁護士のつらいところである。

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2007年11月29日 (木)

ブログの限界

 ときどき出演する三条ラジオカフェの番組でもそうなのだが、「事件で出会った面白いこと話してくださいよ。」とラジオ局の人から言われることがある。

 しかし、弁護士は事件に対して守秘義務を負っているので、事件の内容を赤裸々に話すことは出来ない。依頼者の同意があればよいが、通常は依頼者はそのような開示は喜ばないだろう。当事者を特定することなく、事件の内容も抽象化して話すことしか出来ないので、どうしてもおもしろみにかけてしまうのである。

 雑誌の取材に応じて事件の内容や弁護団会議の模様を話されていた弁護士がいたが、あれは元依頼者である被告人に了解は得ているのであろうか。あるいは、弁護団の中であった議論を公開することの同意は得ているのであろうか。

 弁護士は事件のことに関しては、誤解をされたとしても、あまり自分のために弁明することは避けるべきであろう。重い守秘義務が課されているからである。

 私なども話せば面白い話もあるのだが、事件の機密に関わることもあるので、話せないし、ブログでは書けない。公開されているという性質のものである以上、そこに限界があるのである。

 赤裸々に自分の考えや出会った出来事を書くのであれば、ブログではなく日記をかけばよいであろう。ブログというものは公開している以上、第三者を誹謗中傷するようなことも書けないし(●●弁護士はアホである、依頼してはいけないと書ければよいのだけれど)、そこに書いたことで世の中に何かのメッセージを伝えることが意図されている必要があるように思うのである。

 中には弁護士のブログで品のないブログもあるようであるが、弁護士は品位を保たなければいけないので(私は個人的には全然品位はないが、仕事中は心掛けているつもりではある)、弁護士として書く以上、表現には気を遣うべきであろう。

 こうした制限の中、いかに面白いブログがかけるか、日夜悩むのである(日夜というのはウソであるが)。

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2007年11月28日 (水)

眼鏡

 私は仕事中のみ眼鏡をかけるのであるが、長いことかけていると眼鏡も合わなくなってくる。また、どうしてもレンズが傷む。

 合わなくなった眼鏡をかけていると、目が疲れて頭痛の元である。

 そのため、買い換えにいきたいのであるが、やっと時間が取れて先日眼鏡屋に行くと、老夫婦が遠近両用眼鏡を買うために2人で陣取っていて、少し待っていたが、お年寄りなので要領を得ず、中々終わりそうにないので待つことを辞めて結局買い換えられなかった。

 何をかけても眼鏡が似合う人はよいのだが、私は眼鏡が似合わないので、フレーム選びにも難儀する。
 今は自宅用に金縁で上のみフレームがあるものと、事務所ではフレームなしのものをかけているが、なんとなく眼鏡をかけているといやらしい雰囲気の弁護士になるのである。

 かといって、冒険嫌いな私は、目の中に異物を入れるということなど考えもつかず、コンタクトレンズにかえるということも考えられない。

 眼鏡が似合う人がうらやましい今日この頃である。

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2007年11月27日 (火)

NEWコート

 先日バーバリーで黒色のコートを買った。雑誌に載っていたのを見て一目惚れしたのである。
 あまり寒い日には着ることが出来ない薄手のコートではあるが、軽くて脇周りが大きく作ってあるので動きやすい。
 丈が短いので、軽快な感じのコートである。
  ただ、バーバリーのカーキ色のコートがかなりくたびれてきたので、真冬用のコートがもう一着欲しい気がしている。ただ、そうそうお金もないので、どうしたものか考えている。悩み中である。
 カードでボーナス払いも使えない。
そう。私は経営者なのでボーナスはないのである。むしろ支払う方なので、カードのボーナス払いなどもってのほかなのである。

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2007年11月26日 (月)

モーターサイクルダイアリーズ

 チェ・ゲバラが書いた若い頃の南米をバイク(後半は密航やヒッチハイク)で旅した日記を元にまとめられた作品であり、角川文庫版を読み終えた。
 チェ・ゲバラは、カストロとともにキューバ革命で革命軍を率いて革命を成功させた伝説的革命家であり、ラテンアメリカ全体の革命を成功させようと活動を続けていたが、ボリビアで政府軍に捉えられて射殺されている(享年39歳)。
 今でも、ティーシャツやポスターなどで彼の写真を見ることがある。
 喘息持ちであったにもかかわらず葉巻を吸っていた。そうした写真も多く残っている。

 文庫版の書籍を読む前に、私は映画のモーターサイクルダイアリーズをDVDで買って見ていた。青年であれば、誰しも憧れるあてのない旅とラテンアメリカの真実を知っていく若いゲバラを描いた素晴らしい映画である。

 その後、ゲバラ役をモーターサイクルダイアリーズで演じた俳優がゲバラを演じた「ゲバラ&カストロ」もレンタルしてきて見た。キューバ革命を描いた作品であり、深夜まで見ていた記憶がある。

 モーターサイクルダイアリーズは、リバーランズスルーイットに続く名作である。

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コートの季節

 前にも書いたように思うが、私はコート好きである。12月並の寒さとなり、コートを大手をふって着ることが出来る。関西ではあまりコートは着ないということが言われていて、確かに12月並の寒さであるのに震えながらスーツ姿のサラリーマンも駅でよく見かける。

 私などは仕事着であるので、コートの傷みも早い。鞄と同じである。裁判所や現場の行き来に着るので、すり切れたりしてくる。風を通すと自転車に乗っている時寒いのでウールのコートは着ないようになってしまった。

 今は、五着あるコートをその日の寒さによって分けて着ている。4着がバーバリーで、一着はコムサデモードであるが、どれも気に入っている。ただ、一番気に入っているバーバリーのカーキ色のコートがかなりすり切れてきたので(ちなみにこのコートの黒色をK内弁護士が着ていて、おそろいである。別に一緒に買いに行った訳ではないが)、同じ型のものが欲しいところであるが、毎年型はバージョンアップされるようで、全く同じ型というのはないようである。あまりすり切れているコートを着続けるのもどうかとは思うが、気に入っているので悩ましいところである。
 ちなみに、私はトレンチコートは着ないし持っていない。日本人にトレンチコートは似合わないと思うからである。

 誰よりも早くコートを着だして最後まで着ている私としては、これからの季節はおおっぴらにコートを着られてありがたいのであるが、冬は風邪が流行るのがかなわない。

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2007年11月24日 (土)

頭痛もち

 頭痛もちの人は多いと思うが、私もその1人である。
 私の頭痛は理由があるようで、肩こり又は目の疲れからくる。

 独立前にあまりに頭痛がするので、脳ドックで診てもらったことがある。
 そうしたところ、「綺麗な脳血管です」といわれ、「それではこの頭痛の原因はなんなんでしょう」というと、脳外科医に肩を揉まれ、「肩こりですね。肩こりを10段階に分けたとしたら10か9です」といわれた。肩こりから神経が圧迫されてひどい頭痛になるようである。

 しかし職業柄パソコンを見ないで仕事をするということは不可能なので出来るだけ目が疲れないように工夫するしかない。パソコンの画面にフィルターをかけ、ちらつきを少し予防したり、私は右目と左目の視力に差があるので、仕事中のみ眼鏡をかけるようにする、などである(仕事以外では別に裸眼で全然問題がないので眼鏡はかけないのである)。

 そうはいっても時折頭痛はする。今日も今週パソコンを見ていた時間が長かったためか、昨日の夜くらいから兆候はあったのであるが、頭痛がして1日つらい思いをしていた。

 目の疲れは一種職業病のようなところもあるので時折こうした頭痛がするのもやむをえないかとは思うものの、やはり頭痛はうれしいものではない。

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2007年11月22日 (木)

反町ジャパンオリンピック出場おめでとう

 昨日はリアルタイムで応援していた。点を取って欲しかったというのもあるが、上に上がれたことが何よりもよかった。先に進めることと、進めないこととの差は非常に大きいものがある。

 もちろん勝負事には勝者と敗者がいるのでやむを得ないところがあるが、やはり勝者でありたいと思うのは当然であろう。
 サウジアラビアからしたら、1点がそこまで来ていたのに過ぎ去っていったので、悔やまれるだろう。勝負事には「たら」「れぱ」を言い出すときりがないが、しばらくサウジのハズした選手は眠れないのではないか。

 私も草サッカー(ないしはオジサンサッカー)の選手兼主将兼監督として、上に上がろうという姿勢は見習わなければならないと思った。
 とにかく、おめでとう。反町ジャパン。

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2007年11月21日 (水)

実務家の責任感

 実務家の責任感の一つとして、「締め切りを守る」ということがあげられる。提出期限を若干過ぎることはあるが、少なくとも期日にはそれなりの書面を提出出来る能力と言ってもいい。

 書面を作成する時、小説家であれば、100%を目指すだろう。ところが、多くの場合、80%~90%まで達する時間が仮に1とすると、残り10~20%を完全にしようとする労力は2か3、ヘタをすれば10かかることもある。

 法律実務家の書面は、100%のものを目指さなくともよいところがある。そこそこの書面を期限までに仕上げられる能力が重要である。限られた時間の中で複数の事件をこなしていくためには、そのような能力が必要なのである。以前にも書いた段取り力の一つであるといえるかもしれない。

 書面を期限を切られて「出来ていません」というのでは話にならない。徹夜してでも仕上げないといけないのだという責任感が重要である。
 多くの修習生の顔を見ていると、「責任感がない顔だなあ」という顔をしている。これはまだ事件に対しての最終責任がないからやむを得ないところがある。

 ところが、実務家になり、しばらく経過すると顔つきが変わってくる。責任感のある顔になってくるのである。

 ただし、中には、いつまでも責任感のない顔つきしかしない弁護士もいるが…。

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2007年11月20日 (火)

フィッツジェラルド「グレート・ギャツビー」

 最近、スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を読んだ。私は文学作品はあまり学生時代読まなかった人なのであるが(特に海外文学)、そのせいかわからないが最近は海外の文学を読むことが多い。

 村上春樹が、「今までで出会った作品の中でもっとも大事な作品」というくらいの作品であるので、逆に読むことが何となく畏れ多い気もしていたのである。

 そのため、先にフィッツジェラルドという作家がどのような作家かを知るために、フィッツジェラルド短編集を読んだ(この中では、「バビロン再訪」が好きであった)。
 その上で、村上春樹訳の「グレート・ギャツビー」を読み始めたのであるが、私は法律家ではあるが芸術的な文章を書くことは出来ないので、どのようにこの作品を褒め称えてよいかといわれると、出てきそうで出てこない。何を言っても陳腐に聞こえるのではなかろうか。
 なぜ、ギャツビーが、「グレート」であるのかはこの作品を読んだ者でないとわからないだろう。
 ギャツビーを利用するだけしてギャツビーのところに誰もいなくなった周囲のとりまき達に、彼の隣人であるキャラウェイは激しい憤りを感じる。それはエゴというものではないか。
 しかし、キャラウェイの言葉に対し、ギャツビーのしていたことはギャツビーのエゴではなかったろうかという気もするが、そこに対する答えは永遠に出てこないのである。

 私がナンバー1とする作品ではないが、ベスト20には絶対に入る。是非読んで欲しい作品である(特に心が汚れてきたおじさんに)。ナンバー1は決めがたいが、私はレイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」の方がグレート・ギャツビーよりは上位ではある(村上春樹は逆)。

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2007年11月19日 (月)

2009年からの被疑者国選

 平成21年(2009年)から被疑者国選の対象事件が飛躍的に増大する予定である。これがための対応体制をどのようにしていくかというのは多くの弁護士会にとって重要な課題であり、私も京都弁護士会において設置された2009年被疑者国選対応態勢確立推進本部の事務局長をしている。そのために多大な時間が消費されている。しくしく。

 具体的には、被疑者国選は、2009年(平成21年)4月よりいわゆる第2段階に突入し、死刑又は無期若しくは長期3年を超える懲役若しくは禁固にあたる事件(第1段階の重大事件のほか,窃盗,傷害,業務上過失致死,詐欺,恐喝など) に国選弁護人が選任されることになる。
  逮捕・勾留段階で弁護人が選任されていなければ、刑事手続の内容や自分自身の権利を十分に理解できないばかりでなく、不本意な供述調書に署名押印をさせられたり、被害者との示談交渉を行うことができないなど、様々な不利益が予想されるところである。親告罪などでは、示談が出来て告訴を取り下げてもらえれば、起訴自体がされず、前科がつくことが免れるが、弁護人が選任されていなければそのようなことも不可能である(先日も示談が出来てそのような事態が免れた事件があった)。

 ただし、被疑者国選の担い手が少なければ、制度だけ出来ても、こうした被疑者の受ける可能性のある不利益は解消されないことになる。それをどうしていくかということは深刻な問題である。

 弁護士の中には、「低廉な費用で被疑者国選など引き受けられない。そもそもそれは国の責務であるから弁護士会がボランティアを強いられるのはおかしい」「司法支援センターとの契約がネックである」との指摘をされる方もおられるようである。
 信念を貫かれるのは個人個人の思想信条の自由というところもあり、やむを得ないところもあるのだが、私はリアリストとして、そのような対応をすることには賛同出来ないのである。
 制度があり、そこに弁護人を必要としている被疑者がいるにも関わらず、個々の弁護士の思想信条を言っている場合ではないと思うのであり、我々弁護士に科せられた責務はそれほど重いものだと考えるのである。弁護士だけが唯一刑事弁護人となれるのであり、我々の資格というのはそれだけの社会的責務を負っているのだと思う。
 報酬の低額さについては、日弁連が努力をしているところでもあるし、支援センターとの関係については別のルートで大きく交渉をしつつ、生の事件ではそうした制度上の「ねじれ」は大きい議論に委ね、「私たちはこんなに努力しているではないか」として、いわば血の涙と汗を流しつつ生の事件に対応していくことでしか、今後の弁護士会の未来はないのではなかろうか。弁護士は特権階級ではない。

 なぜ自分だけ負担を強いられるのかという考えに対しては、「だからこそ多くの会員が登載しよう」ということで負担の公平によって解消していくべきであるし、国がすべきなのではという考えに対しては、「弁護士として溢れ出る能力をもってこの世に生を受けて、その能力を生かし切らないのはもったいない。国との議論はまた別途考えよう」とポジティブ思考で考えてはどうであろうか。

 理論を貫いて弁護士会が被疑者国選に対応できない場合、規制改革論者から、「ほら、やっぱり弁護士は足りないんだ。司法試験の合格者は9000人とすべきであるのだ。」との論拠に用いられたり、副検事に国選限定の弁護士資格を付与して、国選弁護人を引受けさせるというプランが現実のものとなりかねないという危険を孕んでいる。

 各弁護士が苦しい状況の中、被疑者国選に対応しなければ、益々弁護士という職業そのものがじり貧になっていく可能性の方が高いのである。

 ただし、私が時折聞く話だと、一般国民からすれば国選弁護報酬は「どこが安いのか」と厳しい指摘を受けることもあり、このあたりは唯一刑事弁護人となれる弁護士と世間とのギャップがあるかもわからない。こうしたギャップを埋めるためにどうしてくべきなのか、あるいは逆に弁護士の感覚がずれているのか、そのあたりは今後の課題でもある。

 年収300万円時代といわれ、世の中のサラリーマンが今夜の居酒屋代金をどうして捻出しようかと考えている横で、弁護士は飲みに行ったり、優雅な趣味に興じている人もいるではないか(もちろん全員ではありませんが)、それなのに何故被疑者国選が出来ないというのかと叱られるということもあるのではないだろうか。
 勤務弁護士の初任給が下がったといわれるが、それでも世間から見れば高額であると感じられるだろう。合格者が増大した結果、増大した以降の弁護士には、過去世間が考えてくれていたようなプレミア感はさほどない。
 これからの弁護士は甘い考えを捨てていくべきであろう。

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2007年11月18日 (日)

ハイソックス

 相続人さん、コメントありがとうございます。おかげさまで、風邪であったようで(インフルエンザで症状があまり出ていない可能性もありますが)、峠は越したようです。

 さて、私は冬場はハイソックスをはいている。夏場でも薄手のものであればはくこともある。
 一つにはイタリア紳士はみなすね毛を見せないようにハイソックスをはいているという雑誌の記事を見たからであり、一つにははいてみると靴下がずっておちてこないのでよいということがあるし、何より冬場は暖かいからである。

 ところが、このハイソックスであるが、なかなか売っていないし、売っていたとしても気に入らないものが多い。私は高価な物を買いそろえたいというようなこだわりはないが、気に入らないと全然物を使わないという性格であり、気に入らないものだとはかない。

 ビジネスマン用に売っている薄手のソックスはそもそも私は嫌いなので、一枚も持っていない。靴下には、ある程度厚みが欲しい。ただし、冬山登山をするような靴下ではない。ビジネスマン用に開発したとされているハイソックスは、みな薄手であり、「どうせ開発するなら、生地が少し厚めのものも開発せんかい」と思っているのである。

 この中で、ポロラルフローレンのハイソックスは気に入っているのだが、私と同じような考えの人が他にもいるのであろうか、シーズン当初に買いに行かないと売り切れるのである。
 突然寒くなったので、ハイソックスが欲しいのであるが、中々買いにもいけないのである。

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2007年11月16日 (金)

発熱

 昨日やたら寒気がすると思って少し早めに帰って熱を測ると38度5分あった。39度を越えるとさすがにふらふらするが、その一歩手前であったようである。

 札幌出張から日帰りしようとして飛行機が遅れて名古屋泊まりになったり、その翌週はサッカー大会とハードスケジュールが続いて、「乗り越えられるか?」と危ぶんでいたところであったが、「無事乗り切れた」と思った矢先、この発熱である。

 今朝医者に行ったところ、風邪であろうとのことであったが、滋賀県では既にインフルエンザが流行し始めているとのことであり、「その可能性はないとはいえないし、気をつけて下さい」と言われた。
 私は生まれてこの方インフルエンザに罹患したことがないと医者にいうと、「かかっても症状があまり出ていないだけだと思いますよ」と言われた。
 むう。私は何故かインフルエンザに対しては絶対の自信を持っていたのだが、その自信が打ち砕かれる。

 しかし発熱していても電話はかかってくる。話をするのも結構しんどいのだが、仕事はしなければならない。

 薬が切れてきて寒気が増している夕方である。

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2007年11月15日 (木)

電車の中で化粧

 朝電車に乗っていると、電車の中で化粧をしている女性がいる(まあ大体若い子である)。
 朝早く起きてすることは出来ないのであろう。

 化粧をすることは勝手であるが(あながちそうとばかりも言えない面もあるが、ここではそうした論点には触れない)、そうした女性の隣に座ると閉口する。

 せっせと化粧をしているので、手をよく動かすのだが、肘がガンガンあたるのである。私は朝の電車では寝ているか、読書をしているので、肘でがんがんやられるのは閉口する。

 そして、ガサガサとカバンの中を化粧品を探すので、また肘ががんがんあたるのである。

 化粧をするのはまあ許せるとしても、もう少し静かに出来ないものかなあと思う。
 周囲に対する気配りがないことが丸わかりである。自分のことしか考えていない。
 そして、それだけ電車の中でまで化粧をしなくてはならないので、大体が化粧が濃いのであるが、そこまで塗らないといけないのかとも思う。

 おじさん丸出しのボヤキである。

 しくしく。

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2007年11月14日 (水)

連絡のつかない依頼者

 連絡のつかない依頼者は困る。事件を依頼した瞬間、「自分の事件ではない」「頼んだから任せておけばよい」と思うのかもしれないが、あくまで事件自体は依頼者にふりかかったものであるので、依頼者から事情を聞いたり意向を聞いたりしないと出来ないことから、連絡のつかない、ないしはつきにくい依頼者は本当に困る。

 それが原因で事件自体を辞任することもある。

 過去、行方不明となって辞任の意思表示も出来ないのでそのままにしていた事件があるが、相手方などから「どうなっているのだ」という問い合わせに対して、「行方不明だ」という回答をすること数10回に及び、担当者が変わるたびに同じことを聞かれるので、やむなく、簡易裁判所で意思表示の公示送達(行方不明の人に書類を送ったことに出来る手続である)をして、辞任したこともあった。

 ただし、辞任するときはあまり詳細に事情を書いてはいけない。元依頼者になるとはいえ、過去依頼者であったことは間違いがないから、依頼者にとって不利益となるような事実を事件の相手方に伝えるのは極力避けなければならないからである。

 ときどき、自己を正当化するためであろうと思われるが、辞任の理由をくどくどと書いてくる弁護士もいるが、ヘタをすれば元依頼者から懲戒をされるおそれがある行為である。

 でも、連絡がつくようにしてくれていたら、辞任などもしなくて済むのであるが。

 やれやれである。

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2007年11月12日 (月)

列藩騒動録(下)

 海音寺潮五郎著、列藩騒動録の下巻を読んだ。
 こちらでは宇都宮騒動ほかが取り上げられている。

 江戸時代に起こったお家騒動や各藩の騒動を読んで何が楽しいのかと思われる向きもあるだろうが、こうした騒動には必ず人と人との確執があり、人の考えることや行動パターンはそう江戸時代と現代も変わらないから、現代を生きる我々にとっても参考になるのである。海音寺潮五郎も、そうした趣旨でこの作品を書いたと言っている。もちろん人間であるから私も失敗を今後していくであろうが、こうした歴史に学ぶということは出来るだけしていきたいと思うのである。

 宇都宮騒動では、栄華を極めた本多正純がいかにして没落するかが書かれている。有名な話でもある。本多正純の父親は本多正信といい、家康の謀臣として有名であるが、諸国を流浪した末に家康のもとに帰参した苦労人であったことから、権力の座にいることが人のねたみやそしりを受けることを知っており、徳川家康から加増を申し出てもこれを固辞して受けず生涯小身のままであった。ところが、正純の方は父親のような苦労をしていないので、加増を受けたばかりか、生まれてこの方失敗をしたことがないため自らを恃むところが多く、老中の中で孤立し、挙げ句失脚して全てを失うことになるのである。現代に通ずるところが多々あるであろう。

 ところで、私の父親は、山岡荘八の徳川家康の三巻くらいまで読んで読書は挫折したという人なのであるが、最近仕事の待ち時間があって暇だというので、宮本武蔵好きであるから「父も武蔵は読むのではないか」と思い、吉川英治の宮本武蔵を貸したところ、いつの間にか私の本棚からどんどん本を借り出して4巻まで読み進んでいた。父親はほとんど読書をしたことがない人であるため、かえって読書が新鮮であるようである。読書はいくつからでも始められる趣味であるということなのであろう。

 いっぽう、私自身は歴史物ばかり読んでいると頭が戦国時代になりそうであるので、歴史ものを読んだ後は理科系の本や文学も読むようにしているのだが、学生時代文学作品をほとんど読まなかった私にとっても文学作品は新鮮でよい(推理小説と歴史ものばかり読んでいた)。
 少し前にフィッツジェラルドの短編集を買って読んだが(代表作は大いなるギャツビーであるが、実はそちらはまだ読んでいない)、世界文学は私にとってまだまだ未知の領域が多く、楽しみでもある。

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2007年11月11日 (日)

提出期限と判決の延期

 裁判所に提出すべき証拠や書面などの期限を切られることがある。
 そして、提出期限の一週間前になるとFAXが送られてきて、提出期限を過ぎるとまたFAXが流れてくる。時には裁判所から連絡が入る。

 私は1日、2日の遅れであれば特に連絡はしないが、大幅に遅れるときには裁判所に電話かFAXを入れるようにしている。依頼者が病気であるとか、そのほか様々な理由で書けないことがある。

 一方、裁判所も指定した判決期日を延期することがある。こちらは一方的である。
 しかし、判決がたびたび延期された結果、控訴審継続中に相手の会社が倒産してしまい、回収できなかったケースもある。
 代理人弁護士にはスピードを要求しておきながら、裁判所の判決の延期には(正統な理由があるときはあるであろうが)、特にサンクション(制裁)はなく、裁判所内部での出世などに響く程度である。2ヶ月以内に言い渡しをするようにとの努力義務規定はあるが、あくまで努力義務である。

 裁判所も判決を遅滞したときには、様々な問題が発生しうることを認識して欲しいものである。
 

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2007年11月 9日 (金)

過払い今昔物語

 私が弁護士登録をしたころ、クレジットサラ金相談で債務整理の人を受任してきた。兄弁に聞くと、「あまり経験がない」ということであったので、本を見ながら手続を進めていく。

 そうしたところ、貸金業者から怒号で電話。「何で取引経過出さないとあかんのじゃ」とか取引経過は説得して出てきたものの、それを利息制限法で計算すると、「うちは利息制限法は認めへん。京都でそんなこというのアンタだけやで。」との回答。「利息制限法を主張しない弁護士なんていない。他の弁護士がおかしいのであって、私は間違っていない」と電話でケンカをした。今では考えられない話である。

 その後、大阪高裁に行く京阪電車の中で、偶々ベテランの先生方2人と同席したので、「債務整理って難しいですね。中々合意出来ないですわ」というと、あるベテラン弁護士は、「中君。そんな難しいかなあ。まだまだやな。相手の主張する金額を認めて、1万円ずつ支払ういうたったらすぐ合意出来るがな」とのこと。
 「えっ。先生は利息制限法を主張されないんですか」
 「あれはほら、貸金業者やったら40.004(注、当時の出資法の上限金利)%まではとれるやんか。だから仕方ない」
 「先生、あれは貸金業規制法みなし弁済の規定という条件が整わないと取れないんですよ。そんな条件整えている業者ほとんどいませんし、仮に50万円残っていて10年間取引があったら過払いが出て、弁護過誤になりますやん」
 「ウソー。でも大体みんなそれでやってるで」

 と隣のベテラン弁護士を見ると、そのベテラン弁護士も「手で計算するの面倒くさいしな」とのことであった。業者の言っていることはあながちウソではなかったのか。物凄いショックを受けた。

 これではまじめにやっている私の仕事がやりづらいと考えて、私は表計算ソフトで利息計算のソフトを作り(当時はそんなもの市販されていなかったのだ。しかも私の当時のソフトはロータス1-2-3。その後エクセルでも作った。)、弁護士会で配布をするとともに、当時の消サラセンター運営委員会委員長に進言して、「研修をするべきだ」として消サラセンターの委員になり、大阪から講師を招いて債務整理に関する研修を開催したのであった。そのときの研修会を元に、「債務整理の実践的ノウハウ」という小冊子を作り会員の配布した。

 その後も私も業者との衝突はあったが、多くの弁護士がソフトを使い交渉を始めるようになると、業者の方もどうしようもなく、現在のような情勢となっていったのである。

 その後はソフトが市販されるようになり、より簡便に計算出来るようになっているが、現在京都でも過払訴訟が普通にされているという状況は、私が登録したわずか12年前には見られない光景だったのであるし、利息制限法を主張する弁護士も数が少なかったのである。

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2007年11月 7日 (水)

日本人と香水

 電車などに乗っていると、もの凄い香水というかオーデコロンの匂いをさせている女性がいる(最近は男性もいるし、私も時々夏場はオーデコロンはつけるが)。

 日本人は(たいてい)湯船に入るので、毛穴から老廃物が流れ出るから、体臭がない民族であるといわれる。もちろんワキガなどで例外はあるが、大半は体臭がないのである。人種的なところもあるし、食生活的なこともある。

 欧米で香水をつけるのは、湯船につかる習慣がないので体臭が残りやすいこと、肉類を食べるので体臭がきついため、香水をつけるといわれている。

 通常の日本人であれば、あれほど香水をつける必要はないのである。もちろん、湯船につからないとか、完全に食生活が欧米化しているというのであれば別であるが…。

 平安時代などに、貴族が自分の着物に香を焚きしめたのも同じ理由である。当時はまだ風呂に入る習慣がなかったから、匂いを消すために香を焚きしめたのである。

 体臭が気にならないのであればあまり香水をつけすぎるとかえって敬遠されるのではないであろうか。

 ものには適量というものがあるのだ。

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2007年11月 6日 (火)

渡辺勘兵衛了

 歴史小説で取り上げられる人物は共通していると前に書いたが、この人物もそういう人物である。
 司馬遼太郎の「軍師2人」に収録されている渡辺勘兵衛を描いた「侍大将の胸毛」という短編によると、渡辺の姓で一字の名前を持つものは、鬼退治で有名な「渡辺ノ綱」の末であり、すべからく武勇に秀でているとされている。

 槍の勘兵衛として名を馳せた人物で、信長から激賞されたこともある。山崎の戦いや賤ヶ岳の戦いでも功を上げている。
 生涯に主君を何回も変えている人物でもある。主君が死亡したり、家が取りつぶしになったりしたためもあるが、どの主君と一悶着起こしているようである。しかし、なぜか武将というよりは文官の増田長盛には素直に仕えていたようである。このあたり、増田長盛は独特の威風を持っていたのかもわからない。

 勘兵衛は関ヶ原の戦いには従軍できなかった。増田長盛は奈良にいた自らの手勢を参戦させることなく温存していたためであり、勘兵衛は城の留守居であった。この長盛の行動は謎である。
 戦後、増田長盛は徳川家康により所領を没収され高野山に入れられたが、そのような情勢下になっても、「主君より預けられた城である」として、東軍が取り巻いても一顧だにせず城を明け渡そうとしなかった。ようやく増田長盛自らの開城命令書が届いて城を開けわたしたが、その際の進退のすばらしさに東軍からも賞賛の声があがり、仕官の誘いが跡を絶たなかったようである。

 その後同郷の藤堂高虎に2万石で仕えるが、大阪冬の陣で戦い方で主君の藤堂高虎と意見が食い違ったところ(絶好の攻める場面であったが高虎は家康・秀忠に使いをよこしてその指図を仰ごうとしたのである)、勘兵衛は自らの手勢で攻めかかってしまったのである。
 このとき、池波正太郎の勘兵衛を描いた「戦国幻想曲」という作品では、ロマンチックな場面が出てくる。さすがに池波正太郎である。

 このときのことを恨みに思われた結果、勘兵衛は藤堂家も退転することとなる。

 藤堂家ではよほどこの退転を恨みに思ったのか、「奉公構」を出した。これが出ていれば他の家が仕官を求めることをとめてしまうのである。その後何回か藤堂家と和解のチャンスはあったものの、ことごとく失敗した。意地があったのであろう。

 その後は彼の才を惜しむ大名から捨て扶持を貰い、京都で睡庵と称して没した。

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2007年11月 5日 (月)

サッカー大会連覇ならず

 平成19年11月3日、4日と第20回全国法曹サッカー大会が静岡・御殿場で開催された。
 当然京都第1チームの主将兼第2チーム監督の私も参加した。
 その前の週にいろいろとあって過労気味のため、どうなることやらと危ぶまれたが、どうにか出場は出来た。

 直前にチームの主力3名が怪我や仕事のため欠席を余儀なくされてしまい、2日の夜は深夜までメンバーのハーフ割りをしている状態であった。

 京都第1は初戦大阪3と戦い、3対0で快勝した。2戦目は広島と戦い、4対1でまたもや快勝。しかし、準々決勝で名古屋と対戦し、PK戦の末敗れてしまった。この名古屋戦の審判のジャッジには物凄くいいたいことがあるのだが、これもサッカーであろうかと考えていわないことにする。この時点で連覇の夢は絶たれた。
 京都第2チームは初戦大阪2と戦い、激戦の末1-0で敗れる。その後、優勝候補の東京1と戦い、1-0で敗れた。京都2はポテンシャルが高いのであるが、相手が強豪揃いであったのが厳しかった。組み合わせが悪かったといえよう。

 翌日、京都第1は兵庫チームと対戦するも、3-0で快勝(3-1だったかもしれない)。これで5位6位決定戦に臨むことになる。

 5位6位決定戦は東京2とであった。激戦であったが、アーリークロスからヘッドを見事に決められて1-0で敗退。悔しい試合であった。

 京都第2は、2日目初戦福岡と戦うが、長身のフォワードにヘッドを決められて2-0で敗退。あと2戦はどうしても勝ちたいところである。続くは札幌戦であるが、こちらは4-1で快勝した。今までのフラストレーションが一気に爆発したゴールラッシュだった。
 最終戦は九州選抜戦である。去年はここに負けて最下位となったのである。しかし、今年の京都2はひと味違った。3-1で快勝した(確か3-1だった)。

 私自身は、過労気味であったとはいえ、決定的チャンスを外したことがあり(勝敗には関係ない試合だったので良かったのであるが)、来年の大会へ向けて本当に1年間なんとかしないといけないと思った大会であった(昨年決勝ゴールを上げてやや浮かれていた感がある)。

 しくしく。

 

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2007年11月 2日 (金)

本代

 六法の入れ替えの時期なので六法を入れ替えるのだが、法律事務所だけに打ち合わせ室というかスペース(2つある)に2冊、自分の机に1冊、勤務弁護士の机に1冊、修習生用に1冊というとこれだけで2万円くらい必要である。

 その他も事件で調べ物をしたい時に本が古くなっていたり、事務所にある本だけで対応できないと考えると割合がばっと買い込む方なので本代がかさむ。また、事件で調べ物をするときにもその分野の本を買い込んでくることが多いので本代がかさむのである。

 アマゾンへの支払が月額すごいことになる月もある。まあ仕事上仕方がないし、本で調べないといけないのに調べないというのも問題であるから、購入しているが、もう一つ難点は場所が足りなくなってくることである。

 やむなく、終了記録と古くて普段使いそうにない本を置くために少し離れたところに地下倉庫を借りているが、湿気が多く夏場は心配である。

 このようなことからも、同じビルのどこかの階が空けば借りたいのであるが、1階は空く話を聞いた時には既に花屋さんに貸す話になっていた。大変残念である。

 もう少ししたらサッカー大会へ出発である。この土日は御殿場で全国法曹サッカー大会があるのである。今年はどこまで戦えるか。なんとなく落ち着かない。早く夕方にならんかしらん。

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2007年11月 1日 (木)

過払いとか破産・整理ばかりしている法律事務所

 表題のような事務所があるようであり、事務員さんをたくさん雇用して売上を上げて自慢している弁護士もいる模様である。
 しかし、多数の案件を受けていれば、当然所長の弁護士は全ての案件には立ち会わないであろうし、事務員さんに任せきりのところが出てくるであろう。

 こうした事務所に行って不信感を抱いた人の事件をすることもあるが、事務員さんのことを「先生」と呼んでいた。
 中には面談もせず(本人確認義務はどこにいったのか)、事件を受ける事務所もあると聞くが果たして真相はどうなのか。

 弁護士以外は費用をもらって法律事務を扱ってはならないのが原則なので、事務員に任せきりにしていると非弁で逮捕される危険性がある。西村議員はそれで逮捕されたのである。
 これは事務員さんに能力があるとかないとかという問題ではない。事務員さんに能力があっても任せきりにしていると問題となる。弁護士という職業がそれだけ倫理的にも重い仕事だということである。

 私などは全ての多重債務事件の内容を把握していないと嫌なタイプであり、事務員に任せられる部分は限られている。全ての事件の動きを全部把握していないと気が済まないのである。私のボスは勤務弁護士に丸投げしても全然平気なタイプであったが…。

 こういう私のようなタイプは表題のような事務所をすることはとうてい不可能であるが、お金儲けだけで弁護士をするのであれば、そもそもその人は弁護士をやめた方がいいであろう。

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