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2008年3月31日 (月)

関西カップ結果

 3月29日、大阪弁護士会サッカー部と兵庫県法曹サッカー部、京都法曹サッカー部から各2チームずつを出し合って、「法曹サッカー関西カップ」が開催された(開催されたというか、私が企画して参加を募ったところ、皆喜んで参加してくれたのであるが)。

 私もフォワードとして出場したが、花粉症のおかげで不調(原因はそれだけではないことは分かっていますが…)。
 ディフェンスの裏に立てパスで抜け出たときに相手のディフェンダーから後ろから捕まれて引きずって走っていたところ倒された際に後頭部を強打するなどのアクシデントもあったが(おかげで首がややむちうち状態)、たいした怪我もなく無事大会を終えることが出来た。まあ怪我のないことはいいことである。

 私の所属するBチーム(高年齢チーム)は残念ながら6チーム中最下位であったが、京都Aチーム(若手チーム)は見事優勝を果たした。
 Aチームは陣容を見てもこれで負けるはずがないという京都法曹サッカー部史上最強チームで、性格上主将はしているがサッカー能力は低い私などが入る余地はないチームであり、予定通り優勝を勝ち取った。
 フォワードのY選手(京都修習で現在は東京で弁護士)などは高校時代現ジュビロの前田選手とツートップを組んでいた猛者であり、そのほかにもふつうでは考えられない素晴らしい選手が多数いるのである。ちなみに、大阪の元Jリーガーの弁護士さんも大阪Bチームで参戦されていた。やはり上手かった。当たり前である。

 毎回大会があると、次の大会まではこうしよう、ああしようと考えるのであるが、しばらくすると忘れて「大会が近づいたらやったらいいわ」として鍛えたりダイエットをやめてしまう私なのであるが、やはり、今回の大会を終わって、秋の大会では是非とも思うようなプレーを少しでもしたいので、ああしようこうしようと再び思うのであった。

 嗚呼。人間って弱い。

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2008年3月28日 (金)

関西カップ

 明日は法曹サッカー関西大会(関西カップ)である。勝手に京都チームで企画して参加を募ったところ、大阪チームと兵庫チームが快く参加してくれた。

 ただでさえ走れないのにこの花粉症の状態ではどうなるか…。私はマスターズチームのフォワードとして出場予定だが、体調がよくない。

 サッカーの試合はたのしみであるが、やる以上は勝ちたいので、少しでも体調を戻そうとしているが、杉花粉アレルギーのおかげでどうしようもない。
 修習生が参加してくれるので、若い人に出来るだけ頑張ってもらおう。ゴホゴホ。

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2008年3月27日 (木)

調べ物

 弁護士をしていく上で、調べ物をするのが好きというか苦にならないという資質も重要である。検察官も裁判官も同じかもしれない。難解なところがある事件について、「ああでもない。こうでもない」と悩むのが弁護士の醍醐味であるともいえる。いつも勝つことが決まっている事件や同種の事件ばかりやっていては味わえない喜びである。

 事件のために類似した事件がないか裁判例を調査するのはもっとも典型的な調査だろう。今は判例検索があるのでやりやすい。昔は、加除式出版の各条文についての過去の裁判例の見出しが載っている本があって、勤務弁護士時代は随分書庫でこの加除式と格闘し、それから判例時報や判例タイムズの裁判例集にあたったものである。
 今は判例検索があるので、検索すればそこにいろいろと書いてあるので、関係しそうな裁判例をだいたいあたれるので大変ありがたい時代である。
 ただ、直接ばしっとあたる裁判例などないので、裁判例の考え方を研究して本件事案ではどうかというあてはめをするしかないのであるが。

 法律の専門書で調べるのもまた楽しみの一つである。論文集などを読んで研究して、論文のような準備書面を書くこともたまにある。裁判所にそれが受け入れられるかは全然別個の問題であるが、調査して突き詰めていく作業は愉しい。ドイツ不法行為記念論文集とか、転換期の取引法とか、およそ2度と読まないような論文集も買い込んで来て準備書面を書いたこともある(一つはそのおかげで和解出来るはずのない事件が和解でき、もう1つは現在進行中である。ちなみに、和解出来た事件は私の元ボスのせいで起こった事件である。内容はとても怖くていえない)。

 法律以外の専門書で調べるのもまた愉しいことがある。仮説を立てて、それに合う文献や合わない文献などを取捨選択して調査していく作業である。

 残念ながら、こうした作業は書面作成にどれだけ労力がかかったか依頼者に分からないのと同様、調査作業は依頼者には中々分かってもらえないと思う。主張を整理するためにつけた資料の何倍もの資料を読んでいることもあり、それらは依頼者に関係がないので渡さないことが多い。東京や大阪では、タイムチャージで請求する事務所などは、どれだけ仕事をしたかということを依頼者に説明するために(アピールも含まれている)、全ての調査した資料を渡すという話しも聞いたことがある。

 もう一つ残念なのは、一つ一つの事件が個別で全然種類も違うと、一つ一つの事件に極めて労力と時間がかかることである。私は特定業務の仕事が多いということがないので、効率は非常に悪い。時にはそれがつらいと思うこともあるが、調べ物をしている時はかえってそれが愉しく感じるのである。

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2008年3月26日 (水)

花粉症は目・鼻の症状だけではない

 昨日は更新しようとしたら、サーバーがメンテナンス中であった。昨日はさすがに年度末で裁判も1件だけで昼から起案ばかりしていたので、ブログが書けないのはつまらなかったのである。

 さて、この時期杉花粉に悩まされる人は多いが、私もその1人である。以前アレルギー検査をしてもらったら、杉は5段階の4.5で、ハウスダスト(基本的にはダニ)は5以上(これ以上ないくらいのアレルギー)であった。

 そのため、杉花粉の時期はつらい。

 アレルギーは、簡単にいえば本来体に入ってきても問題がないはずの異物について、問題があるというように体が過敏に反応するようになってしまうことで発生する。この過敏な反応の中に様々な化学物質を体が出すことが含まれるが、その化学物質により炎症を起こしたり腫れぼったくなったりするのである。

 杉花粉の症状は目や鼻の粘膜が主だが、全身症状が出ることもあるようである。
 発熱したり、のどが腫れたりもある。また、消化器官にも粘膜があるので、胃腸の調子が悪くなることもあるようである。全身が重かったり、いろいろな症状が出るのである。
 思い当たる人もいるのではないか。

 私は今年はたいへん調子が悪い。いつもはここまでひどくないのであるが、今年は酒も控えて(本当は花粉の時期は飲まない方がいい)、暴飲暴食も出来るだけ慎んでいるのに、胃腸の調子もよくないし、鼻も目も喉も調子が悪い。
 あまり薬に頼るのはいやなのだが、対処療法として仕方なく先日のみ薬をもらってきたおかげで少しましだが、体がずーんと重く、仕事をしていてもキレがない。

 よくよく考えると、春先は昔から調子が悪かったようにも思えてくる。
 冬は寒くて下手をすればインフルエンザにかかるし(私は生まれてからインフルエンザになったことはないが)、春は花粉症があるし、夏は猛暑だし、秋は台風が来るし(喘息の人にとってはダニの死がいが舞う季節で発作が出やすい)、四季おりおりろくでもないことが多いのである。

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2008年3月24日 (月)

 私の隣の家には猫がいるのだが、この猫は私の家は自分のナワバリであると思っているようである。

 昨日はどこかの猫と私の家の敷地内で一晩中ケンカをしていて、そのため寝不足である。
 春は猫にとっては恋の季節(発情期)であるのでメスの取り合いをしていたのかもしれないが、迷惑な話である。
 だいたい土日は昼寝をするので日曜日の夜は寝付きが悪いのに、おかげで相当な寝不足である。

 猫にとっては、種の保存という本能に基づく行動なのだから、真剣なのであろうが、早く恋の季節が終わって欲しい。

 隣の家の人も、自宅の中で発情期特有の声で鳴かれるのがかなわないのであろうが、それにしてもうるさい。
 こう書いたからと言って、私が猫嫌いのように思われる向きもあるかもしれないが、私は猫好きである。普通に飼うもの(ヘビなどは除く)は動物全般好きである。

 ただ、春先の猫の声だけはかなわないのである。

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2008年3月23日 (日)

続・書面の書き方について

 最近、若手の弁護士さんの書面を見ていると、いたずらに品がなかったり、我田引水的であったり、判例の引用が適当であったり、抽象的な主張に終始していて何が書きたいのか分からなかったり、反論が自分のところの事実主張を前提にしてこちらの法律論主張を批判することばかりに終始したり(前提事実が異なれば、法律論は異なるのはあたりまえ)、頭をひねることが多いように思う。

 事務所であまりボスとか大きい事務所だと直属の上司に書面を見てもらえていないのかなと思う。大きい事務所を維持しようとすればそれなりに経費もかかるので、多くの事件を受けたり、大きい事件を受けた結果、弁護士が多忙になりすぎると、小さい(といっても訴額という意味であるが)、個々の仕事に目がいかないようになるようなきらいがある。
 書面の作成というのは弁護士の仕事の中で時間がそれなりにかかるものであるし、それなりに気を遣うものであるが、逆に、「こんな不利なこと書いていいんかいな」という書面もある。ある意味やっつけ仕事なのである。

 弁護士の役割と倫理という本を読むと、名誉毀損的弁論と懲戒というような話が詳しく書かれている。
 

 品のない書面は裁判官も読んでいていい気はしないだろうし、当然こちらもいい気はしない。また、和解をするときに、当事者が、「ここまで書かれたら和解なんてしない」ということにもなりかねない。たとえば、単純に否定しておけばよいところを、そのような主張をすること自体が相手方の性格の異常さを物語っているなんて書いたりしたら、当然相手の当時者は怒ってしまい、話し合いになった時に、「相手の弁護士は許せないから、謝罪させて欲しい」などと余計な説得作業が必要になったりする。時には依頼者との関係でやむを得ず書く時もあるが、出来ればあまり個人攻撃のようなことは書きたくはない。
 判例も原典にあたっていないとしか考えられない引用もたまに見かける(時には違うことが分かっていてとぼけて引用することもないではないが)。

 あとは、事実が違うとだけ書くのはよいが、自分のところの事実からすれば、相手の法律的な主張はおかしいと書くのはおかしいのである。なぜなら、こちらはこちらの事実を前提にした法律論を組み立てているからである。こちらの主張する事実関係を元にしてもその法律論がおかしいというのであれば話は分かるのだが、そのあたりがごっちゃになっている。
 また、別の機会に書こうと思うが、個別にこちらが主張する論点を否定していく間に、個々の論点の主張が矛盾を来していたり、あるところで主張したものがほかの箇所では不利であったりする弁護士もいる。場当たり的反論だとこのような結果となるのである。

 トレーニングされた弁護士は一つの書面を作成するのに非常に考えているものである。それが習慣になっているといってもいい。これは、書面を作成しながら考えるだけでなく、常日頃から事件のことを考えているからである(その意味でワーカホリックである)。書面を書いている時だけその主張をどうしようかとか、書きながら考えているようではいけないのである。

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2008年3月21日 (金)

ようやくつながったイーモバイル

 先月の半ばにニフティサーブから勧誘を受けて、「あなたの住所地で高速データカード通信のサービスが始まります」ということで、イーパイルのデータカードを購入した。
 自宅ではウィルコムのPHSを繋げて長いことネット環境が悪く、「光を入れようか」と考えたが、「事務所で光があるのでいらないか」「ワイヤレス通信なんてなんか怖い」と考えて導入をちゅうちょしていたので、下り最大3メガという言葉にしびれて早速注文したのだった。

 しかし、カードはすぐに届いて、つながるように設定もしたが、全然アンテナが立たない。
 「何でやろ」と思い、私の部屋は携帯のアンテナすら立たないことがあるので、ここでは電波が悪いのかと思いノートパソコンを家の中で移動してみるも、全然アンテナが立たない。

 おかしいと思いつつニフティサーブの頁を見たら、私の住んでいるところを少しだけ外してつながる区域が設定されていたのである。がーん。
 こんなことなら買わなきゃよかったと思いつつ、頁をよく見ると、3月末日までには私の住んでいるところでもつながる予定とのことであった。

 1ヶ月分はデータ通信が無料ということで入ったのであるが、ちょうどまるまる1ヶ月分つながらないのである。無料の意味がないのである。
 ここのところ、メール中毒の私は、「今日こそはアンテナ工事が終わったのでは」と考えて毎晩接続にトライしていたのであるが、全くカードが反応しなかった。
 しかし、昨日の夜にカードが緑に光ったような気がして(電波が届いていると緑に光るのである。これまでは届いていない状態を示す赤であった。)、トライしてみるとようやくつながった。
 事務所の光と比べると遅いが、ウィルコムよりははるかに早い。たぶんADSLくらいの早さではないか。やったやった。無駄な1ヶ月を過ごして、ようやく自宅でも環境が整ったと思ったのである。

 しかし、今朝起きてすぐにメールチェックをしようとすると(こう書くとニューヨークのビジネスマンのようだが、単に私はメール中毒なだけである)、また赤色がついたのである。げげっ。と思いカードのアンテナをいろいろな方向に向けてみると緑がついた。とてもデリケートな状態の電波状況のようである。

嗚呼。喜びはつかの間であった。

 早くイーモバイルさん、電波を強くしてください。ユビキタッスって宣伝してるんだし。
 ニフティサーブも、つながらないのに宣伝するのはよくない(このブログもニフティだけど)。
 なんだか消費者被害に遭ってしまったような気分の私なのである。

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2008年3月20日 (木)

一喝じいさん

 美術館からの帰り、JRに乗って帰っていたが、若いアベック(死語ですね)が電車の中で抱き合ってベタベタしていた。最近はよくある光景である。私自身よいとは思わないし、家の中でやったらいいのになあと思う。もし、「私たち幸せ。うらやましいでしょ。」なんて考えでそうしているのだとしたら、完全な誤りである。
 みな、「こいつらアホや。●ルと変わらん奴らやなー。発情期か。」程度にしか思ってくれていない。

 周囲がそのように思っているとき、突然、「おまえらー。何をやっているんだー。公共交通機関の中でー。」と比較的大きい声で、ただし、あまり迫力がない声が響いた。
 そちらを見ると、どう見ても威厳がないじいさんがそのように声をあげて怒っているのであった。
 私は、「じいさん、迫力ないよ…」とげんなりしたのであるが、そう叱られた男女は相変わらずベタベタしているのであった。

 その後、このお爺さんはトイレに行きたくなったようでトイレを開けようとすると、中に誰かはいっていたので(私はトイレの近くに立っていたので人が入っていることは知っていた)、「誰か入ってる。長いな。」というとドンドンドンドンドアを叩いたのであった。
 それを見て、なんて自由奔放なじいさんだと思いつつ、このじいさんは思ったことをすぐ口に出す人なのだと思うと笑いがこらえきれなくなった。

 中に入っている人はこれはたまらない。やむを得なかったのだと思うが、すぐに出てきた。そうするとじいさんは「すいませんな。」と謝っていたが、私は「無理矢理追い出したんやんか…」と思っていた。

 背広のような服を着ていたので、どこかで働いておられるのだとは思うが、職場でも自由奔放なのだろうか。職場でも若い職員にあのように怒っているのか。色々と想像して笑いそうになったのであった。

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2008年3月19日 (水)

ひろしま美術館展

 昨日は弁護士会の総会だった。京都弁護士会の総会は往々にして長くなるので、長くなることを覚悟して行ったところ、2時間程度で終わった。

 その後事務所に戻っても急ぎの起案もなかったので、ここのところ気になっていけなかった京都駅の駅ビル7階の美術館の「ひろしま美術館展」に行って帰ることにした。

 仕事帰りのビジネスマンも結構立ち寄っているようである。
 入場料900円を払って中を見る。

 このように書いたからといって、私が絵に造詣が深い訳でもなんでもない。たまに美術館には行きたくなるという程度のことである。作家についてもあまり知らない。昨年夏ころに大阪高裁の近くの美術館でやっていたどこかの国のなんとか展には仕事の都合でいけずじまいであったので(デルヴォーという作家の絵に魅せられた。思わずデルヴォーの画集を買ったほどである)、久しぶりの美術館である。

 好き嫌いはあり、ルノアールは好きではない。モネもいまいち。
 ゴッホは好きで、ドービニーの庭は少し時間をかけて見た。1890年のものだということだが、こうした絵には何かが込められているのだろう。

 あとはカミーユ・ピサロという作家の風景画が気に入った。
 だいたい私は風景画が好きなのである。ルノアールが好きでないのはそのせいだろう。

 ゴッホの作品のポスターなどもいくつか持っているが、やはり実物はいい。
 所有したいと思う人がいるのはわからないではない。
 

 たまにはこうして命の洗濯をしないと仕事も出来ないのである。

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2008年3月18日 (火)

弁護士業務マニュアル(裏)

 弁護士4年目くらいから、少し経験を積んだ弁護士が新人のために裏マニュアルを作ろうということで、私の事務所に集まって、テーマを決めてテープに録音し、2年ほど経ってからそれを反訳して少し手を入れて、皆で弁護士裏マニュアルを作ったことがあった。

 新人弁護士限定で実費以下で配布してきたが(反訳費用だけで15万円くらいかかったので赤字である)、残り部数も少なくなった。

 ボスとのつきあい方、仕事の処理について気をつけていること、弁護士会の会務活動について等々様々なことについて書かれていて、自分たちで作っておいて何だが、大変役に立つものである。我々の時代であっても司法修習をしただけでは使い物にならなかったのに、修習期間が短縮された今日では、益々一人前になるには弁護士になってからの修行が重要となる。そんなときに、一服の清涼剤のように新人弁護士の灯台となりうるのがこの裏マニュアルである。裏マニュアルなので、新人弁護士以外には販売出来ないところが残念ではあるが(ヤバいことが書いてある訳ではないが…。業界内部向けなので、一般には売れないのである)。

 この裏マニュアルを作った後、ノウハウ会に名前を変えて未だに続いている。
 このノウハウ会に来ていればおかしい弁護士にはならなくて済むのである。

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2008年3月17日 (月)

身柄拘束からの解放

 刑事事件においてもっともやっかいなのは、逮捕ないしは勾留により被疑者・被告人の身柄が拘束されていることである。
 アメリカにおいては、刑事被疑者・被告人となることと身柄拘束とは必ずしも同義ではないが、日本では微罪などを除いては基本的に拘束されるといってよいし、捜査機関も裁判所も身柄拘束から生ずる不利益について、おおむねあまりにも無頓着である。

 弁護士からすれば、また一般常識からすればあり得ないような理由で身柄拘束が継続されるということを多少なりとも刑事事件を扱ったことがあれば感じるであろう。

 身柄拘束からの解放は、その被疑者や家族が受ける不利益からして、刑事弁護においてはもっとも考えなければならない点ということになる。

 事実関係に争いがない場合には、勾留されている間に出来うる限りの弁護活動をしなくてはならない。
 告訴がなければ起訴が出来ない事件(強制わいせつや強姦)では、被害者と示談し、告訴取消書をもらうことで起訴出来なくなるので、その時点で身柄が解放されることになる。
 こうした形で解放できた事案も多い。

 事実関係に争いがある事件であれば、「嫌疑不十分」ということで不起訴に持ち込むことが考えられるが、検察官はだいたい嫌疑不十分で不起訴は嫌がるようである。この場合、一度でも自白をしていると、後に裁判官が「信用できるし任意性もある」とされると有罪になってしまうので、やってもいないことは「やっていない」というべきである。

 こうした場合のいろいろなノウハウは私の企業秘密であるので書くことはしないが、いかにして身柄拘束から解放するかということを常に念頭においての活動がもっとも重要になることが多いのである。

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2008年3月14日 (金)

 花が咲く季節となってきた。

「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞむかしの香ににほひける」は百人一首の中の紀貫之の歌だが、ここで歌われている花は梅のようである。

 梅の花がちらほら咲いているのを見るのも風情がある。

 ただし、咲いて欲しくないのは杉の花である。私も杉アレルギーなので、国策で杉を植えた当時の官僚を訴えたいくらいである。
 過ぎたるは及ばざるがごとしとはよくいったもので、何でも偏るとよくないのである。杉を植えすぎたおかげで杉花粉症が出ているし、そのほかにも日本は極端に走りすぎるきらいがある。

 弁護士を急激に増員することに反対する決議にバッシングがさかんだが、その論調はみな同じである。
 何でも「過ぎたるは及ばざるがごとし」である。
 徳川家康は好きではないが、人生において手本にすべきは家康であろう。

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2008年3月13日 (木)

ハリボーイⅡ

 肩凝りがひどいのと、爪揉み健康法をするのに、五木寛之が「ハリボーイ」というので爪先を刺激すると気持ちいいというので買ってみた。

 仕組みは針が本当に飛び出すのではなく、ボタンを押すと発電して電流が流れて、針刺激と同じ刺激が与えられるというものである。

 これで肩や首に刺激を与えているのだが、確かに気持ちがいい。
 爪先にビリッと刺激を与えると気持ちがいい。
 ただ、首などで何かのツボだとは思うが、腕がびくんと跳ね上がるツボがありなんだか怖い。

 3000円程度で買える。
 時代はハリボーイⅡである。

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2008年3月12日 (水)

はまる

 小さいころ、釣りにはまり、父親に頼み大阪城以外にも出かけた。

 あるとき、どこかの緑地に出かけて、そこの溝のような川でフナがよく釣れるのて釣り人も多く、私も釣っていた。

 その川の釣る場所の後ろ側には、あちこちに泥状のところがあった。ヘドロのようなもので、見るからに底がなさそうで恐ろしい。
 私はそのヘドロのようなところにはまらないよう気をつけて釣っていたが、表面の泥が乾いていて、実はその下がヘドロというところがあったのであった。

 子どもなので表面だけ見て大丈夫と思い移動すると、見事にその下はヘドロで、はまってしまい、死ぬかと思った。
 あがいたが、ああいうのはあがけばあがくほど沈むのである。
 胸まで沈んだところで、釣りをしていた知らないオジサンに助けられ(父親は私そっちのけで釣る人なので)、引き上げてもらもらい御礼を言って父親のところに行くと、父親は心配するどころか泥だらけの私を見て大爆笑するのであった。
 帰り道、ヘドロまみれの体を公園の冷たい冷たい水で洗い、ぼとぼとの体で車に乗って帰った記憶がある。

 あのとき、ヘドロに沈んでいたら、今の私はなかったのである。
 釣りは楽しいが、水辺であるので危険とも隣り合わせである。

 N村T雄のようにヤマビルに喰われたり、自分で自分の指を釣るくらいであれば命に別状はないが、水や汚泥に沈むと死んでしまう。

 私は父親が自分の釣りに没頭する男で、小さいときから何度となく危険な目に遭ったので、釣り場では物凄い慎重に行動する男になったのである。

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2008年3月11日 (火)

釣りの原体験

 釣りに行ったのは小学校1年生の時だったように思う。父親と、(タテマエ上釣りは禁止されているがみんなしている)大阪城の堀にフナとコイを釣りにいったのである。

 父親は和歌山の田舎育ちのため釣りは得意で、ミミズをつけてもらいフナ釣りをした。
  当時はまだルアーフィッシングをする中学生もおらず、大阪城の堀はよく釣れた。

 私の父親は子どもを喜ばせようとするよりもまず自分が楽しむ人なので、父親も嬉々として釣っていた記憶がある。私も子どもながらエサの付け方を覚えて、フナを釣っていた。

 これが記憶にある初めての釣りである。
 このとき、フナだけが釣れていれば、後にそれほど釣りにのめり込まなかったかもしれない(厳密には釣れてはいないが)。

 しばらく釣りを続けるうち、フナも釣れなくなり、そろそろ帰ろうかと話をしていた矢先、父親の竿が大きくしなり、何かに引っかかったように上がってこなくなった。
 しかし、父親は、「魚や」というので食い入るように見ていた。
 数分格闘したあと、かかっていた魚が顔を出した。
 それは大ナマズであった。
 物凄い大きい口を空けて、釣り上げられようとしているナマズ。それは小さい私にとって衝撃であった。1メートル近くあったように思うし、父親もそれくらいあったとよくその後話をしていた。本当にでかかった。
 しかし、私と父親が釣っていたところの大阪城の堀は石垣がある程度高さがあり、低い石垣の方に寄って行くにもそちらには大木が遮っていたため、抜き上げることが出来なかった。当然フナ程度を釣りに行くつもりであったので、タモアミも用意していなかった。
 いつまでもそうしていても仕方がないので、父親はナマズを抜きにかかったが、フナを釣るための細いハリスではナマズの重さに耐えられず、ハリスが切れて大魚を逃がしたのであった。

 あのとき見たナマズの大きさに魅せられて釣りにその後のめり込んでいき、釣りキチ三平もほぼ全巻読んだ(ただし、K事務所のTさんのようにストーリーはもはやあまり覚えていないが…)。

 ナマズを見たおかげで、しばらくは大物釣りに凝っていた。その後何度か同じ場所でナマズを狙ったが、当然のごとく釣れるのはフナ程度であった。

 そのうちにルアーフィッシングブームが到来して、大阪城の堀でもおよそブラックバスがいそうにないところで子ども達がルアーを投げる姿が見られるようになったが、それからはやはりフナすらも釣れなくなったような記憶がある。

 ルアーが流行った頃、近所のゴルフショップの息子が持っていた15000円するベイトリールが欲しかったが、貧乏人の小せがれにはとうてい買える代物ではなかった。そんなのを持っているのはその子だけだった。私は安物のルアーセットについていたスピニングリールだった。

 大人(というかオジサン)になった今は逆にルアーフィッシングをしようと思えばそれなりに高いリールも買えるのであるが、今は渓流釣りと投げ釣り以外はあまりしたくないのであまりルアーはやらなくなった。
 さすがにこの年齢になると、いくら道具に凝ってみてもしょせん限界があると思うようになり、安いリールしか買わなくなってしまったが、時々むらむらと小学生時代を思い出して、釣り道具屋で高いリールを手にとってみたりするのである(でも結局買わないのだが。…万年筆を買うお金があるならリールも買えそうなもんであるが、それはそれで優先順位が変わったのである…)。

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2008年3月10日 (月)

読書日記3月9日。

 最近読んだ本。

 「信長」プレジテント社発刊のハードカバー。最近新装丁になったということで購入した。信長は津本陽の「下天は夢か」まではあまり書かれていなかった戦国武将だが、最近は信長を書いた作品が多い。この中で、隆慶一郎が信長について書いているのがうれしい。隆慶一郎は、武士を「恥アル者」と言っている。恥を知らない日本人が増えた昨今、武士が減ったということだろう。ローマ人の物語で有名な塩野七生が信長について評している一文も一読の価値有りである。単に表面だけ信長を真似る経営者が多いことに痛烈な批判がされているハードカバーである。

 「家康の父親は武田信玄だった!」(ぶんか社文庫、武山憲明、杉山光男著)。
 表題どおりの本。書店で見つけて表題の三流さに惹かれて購入。まず、以前からある徳川家康=影武者であり、本当の松平元康はとっくに三河統一の頃に死亡していて、徳川家康は影武者であり、それ故に岡崎信康を信長の命令に仮託して殺したのという説をベースに、徳川家康の父が坊主で、この坊主こそ信玄だという仮説に基づいて議論が展開する。本の謎に関する部分なのでどうして信玄が父親たり得るのかは書かないが、まあいろいろな仮説仮説の積み重ねでここまでよく書くというたぐいの本であるが、読み物としてはとても面白い。
 家康が岡崎三郎を殺した経緯についてもっとも私が納得がいくのは、司馬遼太郎の「覇王の家」に書かれた説である。
 なお、家康=影武者説では同じだが、家康が関ヶ原の戦い直前に暗殺されたという説をベースに書かれた、隆慶一郎の「影武者徳川家康」も読まずには死ねない傑作である。歴史小説好きなら読まないで死んだら後悔するだろう。それほど面白い。ただし平日の夜に読まないことである。

 「健康問答2」(平凡社、五木寛之、帯津良一、著)。喘息が発覚して以来、時々健康に関する本を購入して読むのだが、これの前作の健康問答がよかったので、本屋で見つけてこれも購入してあったのを夜にちびちび読んでいたのが読み終えた。
 西洋医学一辺倒では病が治らず、余計に増えている現状を踏まえて、西洋医学だけではないそのほかの医学はどうなのか、本当のところはどうなのかについて対談した作品。
 私も西洋医学は身体に副作用が出るので、西洋医学だけではいけないと常々思っている人なので(私はたぶんガンになっても切らないで、山ごもりして治すことを試みたいと思っている。父方にも母方にもガン患者がいるので、ガンになる可能性がある。私の父親も同じような考えである。どうでもいいが、父親は死んだらモンゴルで鳥葬にして欲しいと言っているような男である。)、この本の説くところは非常に納得出来るところがある。
 病気に悩んでいる人は、是非この健康問答2と前作は読むべきである。

 今はメルヴィルの白鯨を読んでいる(大作)ので、しばらく他の本が読めそうにない。

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2008年3月 8日 (土)

普通電車

 昨日は福知山で夜間多重債務相談の担当だった。3時から6時の予定で、4名の相談者の話を聞いた。そのうち3名は受任。
 少し早い目に終わったので、駅に向かうと特急がない。夕方の中途半端な時間だと特急に乗る人もいないので、特急と特急の発車時間が空くのだろう。

 時刻表で見ると、次の特急に乗って帰るより、普通電車で福知山から園部に出て、園部で普通電車に乗り換えて京都に行く方が3分だけ早く着く。特急を待つ間することもないし、居場所もないので、電車の中で本でも読むかと考えて乗り込む。

 17時48分に福知山を出て、京都駅に着いたのは20時5分であった。私は鉄道マニアでは全然ないので、普通電車に乗って感動するというようなこともないので、普通電車を乗り継いで出張というようなことは滅多にないのである。
 今はメルヴィルの「白鯨」を読んでいるので白鯨を読み、少し眠くなると眠るということを繰り返し京都駅に着いた時はおしりが痛かった。山陰線は揺れるのである。

 そこから飲みに出る気力もなかったので京都駅で冷え切った駅弁を買い帰宅した。

 しかし、福知山から京都まで普通電車に乗っている人は結構いて、同じ車両に乗っていた人が園部で乗り換えてまた私と同じ車両に乗っていた。いつもそうしているのか、あるいは私と同様偶々なのか。
 超スピードの時代であるから、逆に、普通電車を乗り継いで出張というようなこともたまにはありかもしれない。

 

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2008年3月 6日 (木)

コーヒー

 私はここ数年コーヒーを飲むと体調が悪くなる。胸焼けがして、胃の調子がてきめんに悪くなる。特に缶コーヒーやインスタントコーヒーを飲むと後がひどい。

 コーヒーは割合好きで、以前はドリップをして飲んでいたし、缶コーヒーもよく飲んでいたのだが(ダイドードリンコのデミタスが好き)、胃の調子が悪くなることが分かってから、ほとんど飲まなくなった。時々飲みたくなるので「もう大丈夫か?」と思って飲むのであるが、やはり調子が悪くなる。
 体質が変わったのかもしれない。私の元ボスもコーヒーが体に合わないと言って絶対飲まなかった。

 ところが、割合外に出ると、飲み物としてコーヒーが出るのである。喉も渇くし、せっかくだし大丈夫だろうと思って飲むと後が苦しい。最近は煎れてもらう前であれば、「コーヒーがだめなんです」ということにしているが、突然出されると言う機会もないので困るのである。紅茶は大丈夫なのだが。

 やはり日本人はお茶である。

 

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2008年3月 5日 (水)

織田秀信

 織田信長の嫡子は織田信忠であるが、信忠は本能寺の変で明智光秀に討たれた。
 織田家の嫡流としては、本能寺の変の際、まだ幼子であった信忠の嫡子である織田秀信がこれにあたる。

 信長・信忠の死後、天下は秀吉によって統一された。その中で織田家は一大名として存続し、関ヶ原の戦いの時点で岐阜城を有していた。当然当主は織田秀信である。

 関ヶ原の合戦が起こった際、木造具正ら家老は、「海道一の弓取り」である徳川家康につくことを勧めたが、石田三成より岐阜に加えて大加増を約束されて秀信は西軍につくことを決意する。

 関ヶ原の戦いの前哨戦で、関ヶ原に近い岐阜城は東軍の先鋒である福島正則と池田輝正に攻められた。岐阜城は斉藤道三が築き、信長も居城とした天下の名城である。家老は籠城を進めたが、秀信はこれを一蹴し、「余の祖父は織田信長である。織田家の家法には籠城はない。常に領国より1歩でも外に出て戦うのが家法である」として、野戦を挑んだ。

 しかし、秀信軍は数的に圧倒的不利な状態で蹴散らされてしまい、やむなく籠城することになる。野戦で戦死者も出たため、籠城する手勢も少なく、福島正則と池田輝正に攻め立てられて落城は間近となってしまった。

 そのときに池田輝正が降伏を勧め、家老の木造具正もこれに従うよう進言したところ、織田秀信はこれを受け入れるのであるが、降伏開城の前に、彼は「墨と紙をもて」と命じた。木造具正は、切腹して辞世の句を書くのかと思いきや、彼はそのような切迫した時点で、生き残った家臣に対し、その戦功を聞き、感状を書き始めたのである。

 感状は、今後家臣が他の大名に仕える際に、有力な証拠となるものである。秀信は、落城に際し、自らのことはおいて、最後まで戦ってくれた家臣のために感状を悠然と書いたのである。
 それまでは、名家の御曹司として、全く秀信を尊敬していなかった家老の木造具正は、このときになって、秀信が名君となりうる資質を持った人物であったことがわかったという。

 降伏後、斬首すべしという声があったが、福島正則は、秀吉が使えた織田家の嫡流であるからと激怒してこれを拒否した為、秀信は一命を取りとめ、わずかな家臣と高野山に上り、2年後病死したと伝えられている。

 なお、改正三河後風土記には、福島正則が、「さすが信長の嫡孫也」と表したという逸話も載せられていることからして、関ヶ原の前哨戦である岐阜城攻防戦は相当の激戦であり、秀信は織田家の嫡流として恥ずかしくない戦いをしたという見方もある。

 以上も基本的に司馬遼太郎の関ヶ原のエピソードに基づいて書いたが、織田秀信といえば、信長の孫であるのに信長の名を辱めた孫であり、岐阜城で籠城すれば関ヶ原の戦いもどのようになっていたか分からないともいわれていたので、世間的(歴史通の人という意味だが)にはあまりいい印象はない人物であるが、そのような人物にも、暖かい目を向けて挿話を入れる司馬遼太郎の手法には感嘆させられる。

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2008年3月 4日 (火)

調停と訴訟

 調停も訴訟も裁判所を利用して行われる裁判手続だが、調停は「話し合い」の手続である。訴訟は話し合いで解決することもあるが、基本的には主張と証拠を出して白黒はっきりつける手続であり、話し合いが出来なければ最後は裁判所が「判決」を出して終わることになる。

 訴訟をする前に調停をしなければならない事件の類型があり、これを調停前置という。離婚などの身分関係の事件や、賃料増額などの事件がこれにあたる。基本的には、「裁判官の手を患わせる前に、もう1回自分たちで裁判所を通じて話し合いをしてみなさいや」ということである(と依頼者には説明している)。

 ただ、基本的に、私は調停は嫌いである。調停は話し合いの手続なのでお互いの意見を交互に聞いて、「相手はこう言っているがどうですか」と調停委員から言われ、場合によれば調停委員から相互の意見を聞いた上で一定の方向性の呈示がされるという手続であるが、出頭しなくとも罰則はないし、話し合いであるから強制力もない。そのため、調停を何回かやったが、結局時間の無駄であったということの方が経験上多いからである。

 待ち時間が時間の無駄でもある。いつ呼ばれるか分からないので待合室にはいなければならない(トイレくらいにはいける)。1人だと本を読んだり、座りながら仮眠を取ることも出来るが、依頼者がいるとそういう訳にもいかない。このスピードが速い時代になんとも悠長な手続ではある。

 時には、訴訟を出しづらい事件で「不可能だ」といくら説得しても本人がどうしてもやって欲しいということと、紹介者の関係でむげに断れない事件で、調停を利用することもあるし、依頼者が調停を出されて内容を見ると、とうてい成り立たない事件なので、ほかの弁護士も同じような目にあっているのかと思うこともある。

 そういう時に、相手方にいい弁護士が就けば、紛争が継続するよりはよいだろうということで、一定の解決で解決が図られることもあるが、相手方が空気の読めない弁護士だと、正面切って戦ってきて(態度だけそうであればよいのだが、書面などからそうでないことは明らかである)、調停を出すよりもよけいに険悪になることがあり、紛争が拡大してしまうことがある。こういう、「紛争拡大屋」みたいな弁護士にはけっして依頼してはいけない。

 ちなみに、偉そうに言ったり、ブログをしている弁護士でもその実は大馬鹿ものであったり、弁護士の中では吐き捨てられるように「あいつアホや」と言われている弁護士がいるが、だいたいそういう弁護士は空気が読めなかったり、事件の筋をはき違えていたり、言っていることとやっていることが違ったりする弁護士であって、そんな弁護士が相手方に就くともう全てが終わりである。そのような弁護士が依頼者によって駆逐されるかというと、依頼者の方はそこまでの情報力を有しておらず、「何となくこの弁護士へんだな。でも弁護士さんだしな」ということで依頼をしてしまうのである。

 かなり話が逸れたが、一定の事件で調停で本来解決出来ない事件が解決することあるし、訴訟をするよりは話し合いで解決する方が依頼者にとってメリットがあることもあるから、調停がまったく無駄などというつもりはないが、訴訟を出して和解が出来る可能性のある事件であれば、調停前置主義の事件でなければ私はたいてい訴訟を勧めている。

 ただ、時間が解決することも時にはあるので、調停で少し時間を置いて、それから訴訟をしたら難しい事件が依頼者、相手方の心がほぐれて和解で落ち着いたというケースもあるので、もちろんいちがいには言えないところがあるが、基本的には私はあまり調停は好きではないのである。
 50歳近くになると弁護士で調停委員をしないかという誘いがあるようである。長いことしたら確か勲章を貰えたような気もする。
 私は調停が嫌いだし、勲章にも全く興味がないので、たぶん歳がいっても調停委員はやらないだろうなと思うのである。

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2008年3月 3日 (月)

訴えの提起と不法行為

 裁判を出された被告側の事件を受任する際、「こんなことで訴訟を出されるなんて納得がいかないから、反対に相手を訴えることは出来ませんか」と依頼者から言われることがある。趣旨としては、訴訟の当事者にされたことじたいを精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求をしたいということなのである。場合によれば、私に支払う弁護士費用も請求したいといわれる。

 しかし、相手方が裁判をすることは憲法上の権利なので、これを制限することは原則的に極めて難しいし、こちらからすれば裁判をされたことはばかげたことでも、相手からすれば、それなりの証拠でもって訴訟が維持出来ると考えているかしれない。また、結果としてこちらが敗訴するかもしれないので、なかなかそのような訴訟は難しいですよという説明をしている。
 また、弁護士については、弁護士を依頼することが強制されているわけでもなく、本人でも訴訟は出来るタテマエとなっているので、それが損害とはなかなか認められないという説明もしている。ただ、交通事故などの被害者側の場合一定金額が弁護士費用として損害の一部で認められる場合があるのみである。

 最高裁でも、訴えの提起が違法とされる場合は、「当該訴訟において提訴者が主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くときに限り」訴えの提起が相手方に対して違法な行為となるとしている。

 訴訟の当事者となることはやむを得ないことの方が多いということである。

 

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