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2010年6月17日 (木)

印象派

 中々美術館に行くことも出来ないが、今年は印象派の年のようで(日本に印象派の絵画がたくさん来るのである)、特集が組まれた雑誌をいくつか見つけたので買ってぱらぱらと読んで見た。

 前にも書いたかもしれないが、私はゴッホが好きなのである。ゴッホは印象派そのものでは確かなかったようだが、まあ印象派といってよいだろう(芸術評論家でないので、適当なところはご容赦願いたい。)。

 他にも好きな作家はいるが、ゴッホはとにかく好きである。何で好きかと言われたら理屈では説明できない。好きというのはとにかくそういうものである。
 事務所にもゴッホの絵を写真に撮ってこれをポスターにしたものをいくつか飾っている。
 
 前に京都の駅の駅中美術館にゴッホの絵が来たので(確か、ドービニーの庭だったと思うが)、仕事を少し早めに切り上げて行ったことがあったが、ドービニーの庭の前で、確か15分ほど立ち止まってしまっていて、ぐるりと見て廻って結局また戻って5分ほど見ていた。
 残念なことに、生でゴッホの絵を見たのはそれだけで、他にも何度か機会はあったが見そびれているので、他の絵も来るなら是非見に行きたいと思いつつ雑誌を繰るのだが、ゴッホの絵ばかり見てしまい他の絵はほとんど目に入って来ない。

 裸婦像は嫌いで、また、あまりに写実的な絵も嫌いだし、宗教的な絵も嫌いである。ピカソも嫌いである。人物画よりははるかに風景画が好きであるが、ゴッホの自画像は好きである。
 ただ、その生き方といえばとうてい好きになれそうもなく、そばに居ればへきえきするような人間であったろう(簡単な史伝は司馬遼太郎もエッセイで書いている)。
 ただ、そういう異常性を持つからこそ、これだけの絵を描けたというところもあるのだろうかとも思ったりする。

 いずれにせよ、ゴッホの絵が京都に来るなら是非行きたいが、仕事とゴッホの絵をどちらを優先するかといえば当然仕事を取る人間なので、そのときの仕事の具合ではいけないかもしれない。でも見たいのである。

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