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2010年7月30日 (金)

したり顔で教えるオジサン

 先日懇意にしていた方が新規開店した店に行って気分よく食事をしていたところ、一人で来た客がいろいろと店に注文をつけだした。

 あそこのスペースはこうした方がいいとか、その棚はこうしろとか、まあいろいろという。
 そんなに気に入らないなら食べに行かなければいいのだ。
 新規開店をするということは、その主人は自分の店をああしたい、こうしたいと考えて工夫して開店しているはずであり、自分なりの工夫をしたいところであろうし、すでにしているであろう。聞かれて答えるならまだしも、聞いてもいないのにしたり顔で指摘しているのである。

 だいたいこうした輩にろくな人物はいない。
 自分の感性に100パーセント合う店など中々ないし、少し合わないからといって自分好みに指摘することほど傲慢なことはないであろう。
 その人はくどくどと指摘して帰っていったが、居る間は酒がまずかった。
 
 私も聞かれたら自分の経験の範囲で思いついたことを言わせてもらうことはあるが、それも「自分の考え」として言うのであり、「こうしないとダメ」とはいわない。
 また、料理店においては様々な店側のもてなす工夫があるのであり、「こうあるべき」というのは一定レベルを超えるとむしろないと言ってもいいのではないかと思ったりするのである。

 知ったかぶりをして、こういうことを言うと周囲の客からは馬鹿にされるか、うとましい客と思われるのがオチである。
 自分の知識をひけらかすほど自らをおとしめることはない。
 本当に知っている人は、そうそう口を開かないものなのであるし、こうしないとダメというのを押しつけたりしないものである。
 また、中途半端な経験だと、聞かれない限り口を開かない方がいいというのも私が感じていることである。

 もちろん、私は中途半端であることが分かっているので、そうした分野には聞かれない限り口を挟まない。
 弁護士の業務についてはプロであるので、自信を持って答えられるが、それ以外では素人なのである。

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2010年7月29日 (木)

接見室

 被疑者国選弁護制度が始まり、私も何件か受任して接見しているが、警察の接見室が足りない。
 先日も、接見に行ったが、ほかの被疑者の家族が面会に来ていて、その後も別件で詰まっていて、相当待って欲しいといわれた。
 私の接見は事務連絡程度であったので、5分で済むので、警察の担当者にその旨告げて、割り込ませて貰えないか聞いたところ、次の方が譲ってくれてすぐに面会出来た。
 時間は本当に5分程度で済んだ。次の予定が詰まっていて、あまり待ってもいられなかったからである。

 被疑者国選制度が第2段階に突入して、必要的弁護事件にまで対象が拡大されたのであるから、接見が混雑することはわかりきっている話である。
 新しく建てられた警察署には複数接見室があるようだが、全ての警察で複数接見室は確保して欲しいものである。
 司法改革の過程で、制度だけ作ってハードが整っていない分野は接見室の問題もそうだが、裁判官・検察官の増員問題も同様である。人事予算がつかないため、弁護士ばかりが増えている。
 また、裁判官・検察官を増員すると、書記官・事務官、施設も拡充しないといけないことから、予算がないので出来ないということなのである。
 国が司法改革をするといって始めたのであるが、国はその職責を果たしていない。
 合格者を増やしても弁護士ばかりが増えるのであれば、全く意味はない。

 破たんだらけの司法改革である。誰だこんなことはじめたのは。

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2010年7月28日 (水)

読書日記7月28日

「ある運命について」中公文庫。司馬遼太郎。
 司馬遼太郎のエッセイ集。いくつかは以前に読んだ文庫の中に入っていた為、重複していたが、司馬遼太郎が人間について人生についてどう考えていたのかが記されている。
 そのまま取り入れるかどうかは別にして、歴史好きであれば司馬のこうした人間観を読んでおくべきであろう。

「リバー・ランズ・スルー・イット」本ではないが、映画を見たので書いておく。
 原作はマクリーンの川という自伝的小説であり、持っている。また、この映画も司法修習生の頃に見た。17年経って見返してみると、映画を見ての自分の取り入れ方や感想もずいぶん違っている。
 ブラッド・ピットも、ミーハー的に見てはいけないいい演技をしている。
 釣り好きでなくとも、観るべきいい映画だと思う。

「気まずい二人」角川文庫。三谷幸喜。
 これはおもしろい。電車の中で読み出して、思わず顔がにやけたので、電車の中では少し読んでは笑いをこらえては読みの繰り返しであった。
 人との対談が苦手という三谷幸喜が自虐的に始めたそうそうたる女性タレントや女優さんたちとの対談であるが、対談なのに全く盛り上がらない。三谷幸喜は回数を重ねて対談上手になるのか。気まずい雰囲気を読んでこっちまでものすごく読んでいて気まずくなる。
 しかし、その対談下手さがまたおもしろい。

「IT 1」文春文庫。スティーブンキング。
 キングの最高傑作といわれているので、呪われた町を読んでキングを読んでみたくなったので、購入。おどろおどろしいキングの語り口が冴えているが、まだ一巻なのでデリーという古い小さい街で何が起こっているのか、起ころうとしているのかは見えてこない。
 最近は睡眠時間を削らないようにしているのであるが、続きを読むのを何とかこらえて2巻以下に続く。

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2010年7月27日 (火)

大雨のとき

 大雨がやんで夏がやってきた。豪雨によって被害を受けた地域の方や、亡くなられた方、怪我をされた方に対してはお悔やみ申し上げる。自然の力には人は勝てない。

 ああした大雨の時には鴨川も物凄い水量で水がどんどんと流れていた。
 ああいういわば洪水のような状態の時、河の中の微生物や小さい生き物(えびなど)、小魚はどこで嵐を避けているのであろうか。
 嵐が去ると、普通に小魚などは出てきている。
 うまく流れがないところを探しているのであろうか。
 しかし、増水してからでは間に合うまい。
 自然の察知能力で増水する前に逃げ出すのか。

 昆虫も同様である。小さいアリやチョウなどはどこでどうしているのであろう。ダンゴムシも同様である。

 不思議である。

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2010年7月26日 (月)

暑い

 暑い。暑すぎる。この暑さでは、走ったりすると、溶けてバターになってしまいそうである。

 最高気温は36度とか37度とか言っているが、実はこれは日陰で測っている。
 ということは、日中の路上は40度くらいにはなっているであろう。アスファルトの上は50度くらいにはなっているのではないか。

 テレビを見ていると、集中豪雨のあった岐阜県で復旧作業が行われていたが、あまりの暑さに休憩をたびたび入れないと作業が出来ないということで、作業が遅々として進まないという報道がされていた。
 この炎天下で、ずっと外で仕事というのは相当つらいであろうと思う。
 熱中症で亡くなる人がいないことを祈るばかりである。

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2010年7月23日 (金)

アニメ声の女

 先日電車に乗っていると、アニメの声優のような鼻にかかったありありと作った声の女性が話しをしているのが耳についた。私が電車を降りようとした時に目に入ったその女性は、フリフリのスカートをはいていて、いわゆるゴスロリのファッションであった。顔のことはあえていうまい。

 声を作っている女性ははっきりいってうっとおしい。
 うっとおしくないのは、一部のそうした女性を好む限られた男性だけではないかと思うがどうであろう。だいたい自分の幼女チックなところを売りにしているところ自体不自然であり、見るのも聞くのも不快である。

 降りる少し前で電車が揺れたので、その女性が私の方によろけたところ、一緒にいた男性はあたかもガケから落ちる女性を救うかのように抱きかかえてその女性が私に当たらないようにした。

 あのなあ。
 そもそも触らないし、電車が揺れて触れることくらい仕方のないことだし、私は触りたくもないわい。
 また、電車の揺れででも触られたくないなら、箱に入れておけといいたい。

 その男性の仰々しい仕草と、アニメ声に苛ついていたのは、決して突然の猛暑のせいだけではないと思うのだがどうであろう。

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2010年7月22日 (木)

読書日記7月22日

「塚原卜伝一二番勝負」PHP文庫。津本陽。
 津本陽お得意の剣豪小説。塚原卜伝を主人公に、卜伝の対決を描いている。
 ただし、卜伝が行った19度の決闘というのは詳細が伝わっていない為、全て想像によるものと思われる。私の知る限り史伝はなかったはずである。
 陰流と雌雄を決しようとして、上泉伊勢守信綱と対決して、上泉信綱が負けるくだりがあるが、これも史伝には伝わっていない。
 また、津本陽が描く主人公はどの作品も同じような人物になってしまう嫌いがあり、剣の描写には一日の長があるが、全体としては凡庸な作品にとどまっているといわざるを得ないと思われる。

「呪われた町(上)」「呪われた町(下)」集英社文庫。スティーブン・キング。
 今は絶版になった作品で、古本で入手した。
 小野不由美の大ヒット作品の「屍鬼」がモチーフとした作品であり、設定がそっくりである。
 アメリカの小さい町、セイラムズ・ロットに引っ越してきた曰くのありそうな人物二人。
 彼らが来てから、町では謎の失踪が始まる。
 吸血鬼ものを現代によみがえらせたエンターテイメント性抜群の作品である。
 どうしてこれが絶版なのであろう。もったいない。
 屍鬼がこの作品に対するオマージュであるのであれば、復刻すれば売れると思うのだが。
キングのストーリーテラーとしての色々な伏線の張り方が素晴らしい。
 どれもこれも、後で「ここにつながるのか!」と思わせる。

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2010年7月21日 (水)

スランプ

 副会長が終わって、しばらく裁判の書面が中々書けなかった時期があった。
 今ではそうした時期は脱出したのであるが、副会長時代、いかに事件を勤務弁護士にしてもらっていたかのあらわれであろう。

 しかし、誰しも書けなくなる時期がある。私もこれまで、書けなくなる時期が何度かあった。
 これを脱するには、とにかく表題だけでも書くことだというのは経験で知っている。
 一気に書き上げようとせず、構成だけでも考えるのである。

 交通事故の訴状でも、後遺障害の等級が重くなると中々書けないが、とにかく表題だけでも書いて行くのである。
 そして、少しずつ中身を増やしていく。
 時には、ある程度進行させて詰まったら、気分を変えるために他の書面を書いてみるなどをすると、終いには完成している。
 相当難解な訴状を最近完成させたが、最初は副会長終了のリハビリ期間中のようなものでどこから手をつけてよいか呆然としていたが、とにかく書き始めたところ、総時間は5時間ほどで完成した。
 とにかく書いてみるのが書面作成のこつである。
 病気で書けない時には、病院に行った方がいい。私は周囲から最後にうつ病になる男と言われているが(そんなことはきっとなく、繊細なんだけど)、弁護士でうつ病の病歴を持つ人は意外に多い。

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2010年7月20日 (火)

弁護士のツール(筆記具)

 弁護士のツールとして非常に重要なものは筆記具であろう。
 手帳に書くのは細身研ぎというセーラーの万年筆で、細いのに詰まりも起こさず、快適に書ける。普段の打ち合わせや証人尋問の際の筆記には、パーカーのデュオフォールドというのを使っている(パール&ホワイト)。
 事務所で事務員に指示を出す時はセーラーの長刀研ぎ、デュオフォールドの黒色、メーカーは忘れたがY弁護士が海外に行った時に買ってきてくれた万年筆をそのときの気分で使い分けている。
 モンブランは何回か使ってきていて、先日久しぶりにインクを入れてみたが、私にはやはり合わない。これが絶賛されるのはどうしてなのだろう?私の使い方が悪いのであろうか。
 
 シャープペンシルはあまり使わず、依頼者などから電話がかかってきた時のメモは鉛筆で書いている。あとは事件記録への書き込みも鉛筆でする。
 私はほかに三色ボールペンをカバンの中に入れている。
 手帳に予定を入れると、その下に赤で線を引くのであるが、これは勤務弁護士時代、他の弁護士の予定も手帳に事務員が書き込んでくれていたので、自分の予定をわかりやすくするために赤で線を引いていた為、今でも赤線を引かないと自分の予定のような気がしないためであり、まねをする必用は全くないと思う。
 尋問の際、相手の尋問で出てきてつっこんでやろうと思ったところはそのメモの箇所に赤で丸印を書くので三色ボールペンをカバンに入れている。黒色はまあ何か使うことがある。しかし、青は尋問の際に微妙なところに○をつける程度にしか使用していない。

 最近は万年筆購入欲を押さえ込んでいる。まだ、事務所の机には使用していない新品の万年筆が5本くらいあるからである。
 

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2010年7月19日 (月)

日焼け

 梅雨明けが宣言された17日の土曜日はサッカーの練習であった。
 前日の夜がリース被害弁護団の暑気払いで、よせばいいのに二次会で出前のラーメンを取り寄せたおかげで胸焼けがする。
 やはり練習の前日は体調を整えておくべきであった。

 太陽が顔を出す季節になると、すぐに日焼けして、「どこかに行かれたんですか?」と聞かれるのが常の色黒の私であるが、たいていどこにも行っておらず、サッカーと日々歩いているだけで日光を吸収して黒くなるのである。

 小学校の頃、誰が一番日焼けしているかをクラスで先生が選んだことがあったが、常にベスト3には入っていた。

 今もブログを書きながら日焼けをしたせいか顔が火照っている。
 サッカーの練習の合間に被疑者国選の打診が来ていて、全く携帯の着信に気づかず、慌てて練習後かけなおすと被疑者国選の打診であった。
 謹んで引き受けたが、民事の新件の事件で動かないといけないことがあるので、正直時期がずれて来て欲しかったとも思うのであるが、被疑者国選本部の事務局長が断るわけにもいかないのである。
 また、警察まで少し歩かないといけないところなので、日焼けしそうである。。

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2010年7月16日 (金)

弁護士のツール(パソコン)

 弁護士のツールはいろいろあるが、今ではまずはパソコンであろう。
 昔は手で訴状とか準備書面を書いていたようであるが、今はパソコンを使わないというのはあり得ない話である。途中、ワープロ専用機の時代もあったが。

 私は独立までは机のスペースの関係でノートパソコンを使用していたが、デスクトップの法がやはり入力が楽なので、独立を契機にデスクトップに変えた。
 今使用しているパソコンは2台目であり、初代のデスクトップは今は判例検索とホームページの改訂に使用している程度である。

 そろそろ五年が経過するので、今のデスクトップも正直交換したい。ただ、交換した時に業者では限界のある、細々とした設定をいじらないといけないので(一太郎の画面とか)、それが相当面倒である。
 とりあえず文書の保存先をDフォルダにしたのでしばらくは使えるが、メールソフトの検索が重く、買い換えたいのである。
 また、ネット検索をして、画面をスクロールさせていると、突然画面に虹色の線がいくつも出て固まってしまい、勝手に再起動してしまうことがある。
 ネットで調べてみると、ビデオデバイスの不具合らしいが、日常の仕事にものすごい影響があるわけでもないので、5年間時々再起動することにぐっとこらえて来ている。
 弁護士の仕事で通常使う機能といえば、ワープロ(私は一太郎)、表計算(今はほぼみんなエクセルですね。私もそう。)、メールソフト、インターネットのブラウザ、PDFくらいがあれば事足りるので、そんないいパソコンも必要ないともいえるが、しかし、パソコンは使用していく尻から陳腐化していまうので、購入時にはやはりいいものを買っておきたいものである。
 来客の話を聞きながら打つというのは、マックブックエアーですることがあるが、なれていないため入力がぎこちない。

 私はちなみにパソコンは持ち歩かない。今はネットブックとかがはやりであるが、パソコンを持ち歩いてまでする仕事はないし、外に出ても携帯でパソコンに来ているメールをチェック出来るので、それで十分である。
 自宅ではノートパソコンを使用していて、それで仕事をすることは多々あるが。

 事務所で使用しているデスクトップは、時々衝動的に買い換えようかと思うのだが、いくつかのイライラを除いては使えるので、ぐっとこらえる日々である。

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2010年7月15日 (木)

吸血鬼

 吸血鬼の伝承が残っている国や地域は多いが、多くは土葬の国のようである。
 日本でも石器時代には死者が甦らないように、足の骨を折ったりして埋葬されている例がある。
 
 吸血鬼のイメージを確立させたといえば、プラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」であろう。これは実は小説であり、ドラキュラの名前じたいは、ルーマニアの実在した貴族の名前である。串刺し候、ブラド=ドラキュラである。
 ルーマニアに対してオスマン・トルコ軍が侵攻した際に、その侵攻経路に多くのトルコ兵の串刺し死体を並べたててトルコ軍の士気を萎えさせて撃退したこともある名将でもあるが、ドラキュラ候じたいは当時の貴族としては国や領土を守るために敵に対して残虐な殺し方をしたまでで、特段吸血鬼であった訳ではない。しかし、彼の串刺しにして殺すという残虐な行為から着想を得たのではないか。

 吸血鬼に襲われたものは、死んだ後に吸血鬼となって甦るとされる。
 土葬の習慣があった国では、死者が吸血鬼となって甦っているという噂をあると、掘り返して確認するということもされていたようである。
 そのときに、死者が吸血鬼とされたのは、
 ①口から血を流していた。これは血を吸ったためである。
 ②生きている時よりも髪の毛や爪が伸びていた。
 ③とどめを刺すために、心臓に杭をうったときに、叫び声をあげた。
 などが理由とされているようである。

 先日、ナショナルジオグラフィックチャンネルを見ていると、これに対して科学的に回答が出されていた。私が昔に読んだ本でも同様であった。
 ①体の中の体液が死んだ後にあふれ出ているものである。
 ②皮膚が水分を失って落ち込むので、それとの比較で伸びたうに見えるだけである。
 ③死体の体の中にはガスが溜まっていて、杭を打たれた瞬間にガスが出て、それが叫び声を出したかのように聞こえるのである。
 というものである。

 吸血鬼を描いた作品として秀逸なのは、小野不由美の屍鬼(全五巻。新潮社文庫。読み出したらおもしろすぎて止まらないので要注意。)だと思っているが、そのほかには早すぎた埋葬というのもあったろう。
 現代の医学でも人の死に対して誤った判断を下すことがありうるのだから、医学が発達していない当時であれば、後に蘇生する場合もあったであろう。
 そうした蘇生した死者が、墓の中から棺の蓋を掻いて外に出ようとする声は、事情を知らないものからすれば、死者が甦ったものと思われたであろう。
 ヒストリアンという海外の作品も確か吸血鬼を扱った作品としてはおもしろかったが、屍鬼は、スティーブン・キングの「呪われた町」という作品へのオマージュのようだから、キングの原点を今度是非読みたいと思っているところである。

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2010年7月14日 (水)

読書日記7月14日

「帰りたくない 沖縄少女連れ去り事件」新潮文庫。河合香織。
 新刊のところにあったので購入。
 はたからは親子のように見え、しかも10歳の少女の方が主導権を握っているように見えた二人。しかし、二人に血のつながりはなく、男は未成年者誘拐で逮捕されてしまう。
 弁護人は本件は少女が主導したものであると弁論をする。
 少女は保護されたとき「帰りたくない」と言ったという。
 なぜ少女は帰りたくないと言ったのか。少女の生い立ち、家庭環境か。
 男は逮捕されるかもしれないにも関わらず、なぜ少女と先の見えない逃避行をしたのか。
 これはノンフィクションとして相当おもしろい事件である。
 弁護士としても、事実をいろいろと考えさせられる。

「おれは権現」講談社文庫。司馬遼太郎。
 笹の才蔵として、剛勇の名を恣にした可児才蔵。彼には郎党がおり、常に禄をその郎党と折半しているというのだがー。
 可児才蔵の生涯を描いた短編である表題作が秀逸である。
 あと、大阪の陣で家康に対して製紙の血が薄いとして押しなおさせたことで歴史に名を残した木村重成などが描かれている。好短編集である。

「金田一耕助に捧げる九つの狂想曲」角川書店。
 金田一耕助生誕100周年を記念して発刊されたアンソロジー。
 様々な作家が金田一耕助に着想を得た短編を寄せている。
 正直、出来はすべて悪い。金田一耕助そのものが登場する作品もあるが、やめてくれーと言いたくなる。
 未完の大作である、磯川警部と等々力警部が合同捜査をする金田一耕助ものが読みたかったのは私だけではないであろう。

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2010年7月13日 (火)

クマ

 先日穂高ロープウェイに行ったと書いたが、そのときに道で野生のクマを見ていたのを書くのを忘れていた。
 ツキノワグマである。
 まだ小熊であって、こっちは自動車に乗っていたので怖くもなかった。
 カーブを曲がると道をトコトコとクマがこっちにお尻を向けて歩いていて、車中から、「クマや!!」と皆で叫ぶと、「エッ?」という感じでこっちに振り向いて、そのままトコトコと森の中に消えていってしまった。
 その後車内ではクマ談義をしていたのであるが、ヒグマなどは賢くて芸もするし、野生の熊は猟師に追いかけられると、何歩か自分の足跡をたどって戻り、横の藪に飛ぶという技も持っていたりする。
 漁師が後をつけて、クマの足跡がとぎれたところで後ろを振り向くと、クマが「ガオーッ」と攻撃してくるというのである。
 ヒグマは100メートルを7秒で走るというし、30メートルのガケから落ちても平然と歩き出すという頑丈さがあるので、人間がまともに戦える相手ではないが、ツキノワグマは(安全とはとてもいえないが)、まあかわいらしい。

Photo

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2010年7月12日 (月)

ノータイスタイル

 夏らしくなって蒸し暑くなってくると、ノータイスタイルのサラリーマンが増えてきた。
 私はクールビズが流行する3年前にネクタイが元々嫌いであったのでノータイで着られるシャツを伊勢丹で見つけて購入し、ノータイで歩いていた。
 当時は周囲から、「涼しくていいなあ。でも、中々ネクタイは外せない。」という声が聞かれた。
 しかし、今やネクタイをしていたり、上着を着ている人の方が少ないのではないか。

 前にも書いたが、だいたいネクタイは防寒具であって、マフラーの代わりに首周りに巻いたのが発祥と言われているから、亜熱帯に近づいていると言われている日本の夏にネクタイは基本的に必要ないのである。
 東南アジアの大統領などが、たいてい開襟シャツでいるのを思い起こすといい。

 そうであるのに、他の人がやらないからという理由でノータイにしていなかったのであるが、政府がクールビズということでやり出すと皆ノータイになってしまった。日本人らしいといえば日本人らしいが、単に普通のワイシャツでネクタイを外しただけというのは、ただ単にだらしないようにしか見えない。
 また、ノータイで胸元を開けているところに下着が見えているのもいただけない。

 この夏はまだ私は上着を着ている。ここのところ上着を着ていなかったが、どこまで着ることが出来るか試してみようかとも思っている。

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2010年7月 9日 (金)

一週間

 仕事をしていると、一週間があっという間である。
 昨日は朝10時から新件の打ち合わせをし、11時半から裁判の期日に出て、その後、12時35分京都駅発の近鉄特急に乗って、今度奈良地裁で行う被害者参加の打ち合わせに奈良地検に行ってきた。
 奈良地検の担当検察官は私の大学のゼミの同期生であった。
 そうして、帰ってくると夕方の五時前であった。

 それから不在の間に来ている電話や郵便物、メールの処理をし、依頼者に問い合わせていた事項がファックスで送られてきていたので、それで新件の訴状を完成させて事務員に依頼者に見てもらうようファックスの指示を出したり、先日行った集中証拠調べの尋問調書を読み込んだりし、新件の相談の電話予約などをしていると、あっという間に夕方7時前である。

 することはまだあるが、私は基本的に7時を仕事のめどに昔からしているので、事務所を閉めて出た(たいてい私が最後になることが多い)。
 

 だいたい毎日いろいろとすることがあって、こんな感じで一日が過ぎていくので、時間が経つのが早い。これからは弁護士が大量に増えて仕事が減っていくであろうから、閑をもてあます弁護士も増えるのかもしれないが、たいていの弁護士はこんな感じではないか。
 昨日は朝から胃が不調で、夕方まで調子が悪かった。
 コーヒーを飲むとこんな感じになるのだが、コーヒーは飲んでいないので、他に何かおととい私の胃に合わないものを食べてしまったらしい。

 今日で一週間も終わりである。今日は仕事が終われば3ヶ月に一度のK事務所との食事会がある。焼肉に行くのだが、胃の調子は戻るだろうか。

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2010年7月 8日 (木)

炭酸

 免疫療法の大家である安保徹先生の著作をいくつも読んでいるのだが(先生の著作によると、私のように薬に頼るのはいけないのだが、中々薬を手放せない)、その中で、夕方になると、体が酸性になり、それをアルカリ性に戻すために、炭酸が欲しくなるというくだりがあり、自然の欲求であると書かれているくだりがあった。

 これを読みながら、仕事終わりにビールが飲みたくなるのは自然の欲求であったかと我が意を得たりという気持ちになった。まあ、私の場合毎日は飲まないし、ビールは最初の一杯だけなのだが。

 最近暑いが、やたら炭酸が欲しくなる。たぶんゼロカロリーというのはウソであろうと思いつつ、コカコーラ・ゼロか、ペプシのゼロカロリーのものを飲んでいる。体が酸性なのだろうかしらんと思いつつ、やはりゼロカロリーのわけがないので、減らさねばと思いつつ、一度炭酸を飲み出すとやめられないのである。
 しばらくは炭酸は飲みたい気持ちもなく、たぶん弁護士になってから炭酸は飲んだことがほとんどなかったはずである。15年近く経って、炭酸を欲する体になったのは、何か原因があるのであろうか。
 コカコーラ・ゼロのカロリーは本当はどれだけあるのか。
 気になって仕方がないが、またペットボトルを買ってしまうのである。
 うう。
 炭酸が入ったミネラルウォーターでは我慢が出来ないのだ。

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ダイエット

 副会長になって4キロ肥えてしまい、元々別段スリムではないので、夏物のスーツが入らないであろうと戦々恐々としていたのであるが、弁護士ワールドカップに行くために強制ダイエットをした結果、4キロのダイエットに成功した。
 目標がないと中々人間やらないので、弁護士ワールドカップがなければ多分夏物のズボンを全て作り替える必要が出ていたであろう。経済的でもある。

 夏になって、食べないと夏バテする(普通に食べていても夏バテしそうなのに)という信念があるので、今は増えもせず、減りもせずというところで何とか耐えている。ともすれば、夏になってビールがおいしいので、暴飲暴食してしまいそうになるところをぐっとこらえている。
 夏が終わると、11月に法曹サッカー全国大会があるので、それに向けて9月から2ヶ月ダイエットしてみようかと思っている。
 ただし、ダイエットをすると、夕方不機嫌になってしまうのだが。。。

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2010年7月 7日 (水)

読書日記7月7日

「悪人列伝 近世編」文春文庫。海音寺潮五郎。
 悪人列伝の近世編。武将列伝の形式で、日本史上の悪人が語られる。
 加賀騒動で悪人の烙印を押された大槻伝蔵については、海音寺は、列藩騒動録でも悪人ではなかったと談じているが、ここでも悪人ではなかったという見地から、史実と伝わっている史料をひとつひとつ論破していくのである。
 そのほか、殺人犯の高橋お伝についての記述が秀逸である。お伝の供述について、逐一検討し、その虚実を解きほぐしていく。
 これを読まずして歴史ファンとはいえない海音寺作品である。

「それもまた別の話」新潮文庫。和田誠。三谷幸喜。
 映画監督である和田誠と、脚本家かつ映画監督の三谷幸喜が映画について語り合う対談集。ハンフリー・ボガート主演のカサブランカが掲載してあったので購入したのだが、それ以外の映画について書かれているのを読んでいると、他の映画もたまらなく見たくなってきた。とりあえず再びジョーズを見たのだが、この中で掲載されている作品でまだ見ていない作品を見たい欲求にかられている。しかし、日曜出勤して仕事をしているような私には時間が・・・。

「探偵ガリレオ」文春文庫。東野圭吾。
 短編集なので読みやすいかと思って購入したが、いまいちであった。なんでこれが売れるんだろう。福山雅治のおかげか?

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2010年7月 6日 (火)

明神池

 土曜日は朝から宿の温泉でひとっ風呂浴びて、上高地をてくてくと歩く。しばらく歩くと、河童橋というところに着いて、そこからの眺めでパチリ。曇っていたが、ガスが出ているのがまた幻想的ということもいえる。後は明神岳という山の麓にある明神池を目指す。だいたい道程は4キロくらいあり、手頃なトレッキングコースである。
 1時間くらい歩いて、明神池に着く。しばらく池を散策して、明神池の隣にある山小屋で岩魚の塩焼きを食べる。これは頭から全て食べられる絶品であった。絶品であったので、事務所にくんせいをお土産で購入。空も何とかもってくれて、バスに乗って宿近くまで帰ってきたところで雨になった。外湯のあるところで温泉にもう一度入り、飛騨牛の焼肉を食べて帰京。山登りはする気があまりないが(大山くらいしか登ったことがないが)、こうしたトレッキング程度だと偶にするのは健康的だし中々楽しい。
 ただ、サッカーをする時間を削ってトレッキングをする気にはなれないので、まだまだ趣味になるのは先のことだろう。
 画像を貼り付けておく。上から河童橋から見た眺め。後は明神池と明神岳。

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2010年7月 5日 (月)

高山ラーメン

 先週の金曜日・土曜日と、昨年の理事者で慰安旅行に行ってきた。1年間同じ釜の飯を食べたいわば戦友である。

 朝早い電車に乗って高山について、高山ラーメンを食べに行く。甚五郎ラーメンというのがお勧めとレンタカー会社の人に聞いて、食べに行くと、11時30分なのにもう満席に近い。昼飯時はどうなるのだろうか。

 100702_113001 これが高山ラーメン。チャーシュー麺にした。男5人なので、生ニンニクのすりおろしを入れて食べる。濃厚ながらあっさりとした醤油ラーメンで、人気があるのもうなづける。

 その後、新穂高ロープウェイで北アルプスを見に行くが、山オンチの私は自分がどこに居るのかもあまりよくわかっていない。
 昨年の理事者のうち2名が山好きであった為このコースになったのである。私が幹事をしていたら釣り旅行になっていたであろう。
 あいにくの天気でガスがかかり、山頂が綺麗に見えるという訳にはいなかったが、それでも北アルプスの山々の姿をある程度堪能することが出来た。

 それから宿にチェックインをして、後は酒盛りである。飛騨牛を食べ、何もない宿だったので、酒屋から酒を買ってきてひたすら飲む。

 ワールドカップ観戦で寝不足だった私にこの酒盛りが聞いて、21時過ぎには寝てしまい、翌朝6時までそのまま寝入って、ブラジル対オランダを見逃したのであった。
 結果、部屋で酔いつぶれてネコのように丸まって寝ている姿を激写されてしまったのであった。

 翌日は早起きして上高地でトレッキングの予定である。あまり何も考えずにテニスシューズを履いてきたが大丈夫であろうか?

 つづく。

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2010年7月 2日 (金)

思い出の味

 薄暗い病院だったことを覚えている。
 私の年齢は小学校3年生であったか4年生であったか。
 

 朝起きると父親も母親もおらず、父親が死に瀕するような状況で入院していると聞かされた。
 その後、父親は回復し、今は殺しても死なないような顔をしているが、この病院に母親とまだ小さかった妹と一緒に電車に乗って通うことになった。

 前にも書いたが、その病院の地下室には、うどんの自販機があり、母親に数百円貰ってはそこのうどんを食べに行くのが病院に行った時の私の常となった。
 今となっては味も思い出せないが、そのうどんが旨かったということは覚えている。
 薄暗く、父親が死ぬかも知れないといわれ、まだ小学生であったので漠たる不安を抱えて通っていた病院であったので、余計にその味が凝縮されているのかもしれない。

 人それぞれ思い出の味があると思うが、それはきっと幼少の頃の記憶だろう。

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2010年7月 1日 (木)

湿気、そしてワールドカップ日本代表

 梅雨の時期で、湿気がすごい。同じ気温でも、湿気があると暑さが倍増する。
 地中海でサッカーをしていた時期は、気温はあがるが湿気がないので、日陰に入ると涼しかった。
 今年は少し前まで湿気もあまりなく、気温も高くなかったので、日本の夏も過ごしやすくなったかなと思っていたらこの湿気と暑さである。
 いやはや。

 ワールドカップで寝不足の人も多いだろうが、暑さと湿気は更に寝不足状態を加速させる。
 あまりに暑いので冷房をつけて寝たが、タイマーにするのを忘れていたのでここ数日喉の奥がヒリヒリする。湿気を取ると乾燥するのだ。
 ちょうどいいようにはならないものか。

 そんな暑い中、パラグアイ戦は残念だったが、一番悔しいのは選手たちだろう。。ワールドカップの現場に行っても出番がなかった選手もいる。あの場に行けば、たとえ数分でもいいから出たいと思うであろう。出られない悔しさは想像を絶する。

 駒野のポジションはサイドバックで、試合中もっとも過酷な走りを要求されるポジションである。疲労が溜まると、キックが浮くのである。岡ちゃんの采配もそこまでは見ることが出来なかったか。どんな名手でも名選手でもPKは外すことがある。駒野のトラウマにはなるかもしれないが、そうしたことを乗り越えてまた活躍して欲しい。

 彼は4年前のドイツで出場機会が最初の試合だけで、今回はフル先発で出てその雪辱を果たした。PKを外したことで、年齢的には厳しいかもしれないが4年後にまた宿題を残してきたといえるのではないか。駒野は知り合いの弁護士にちょっと顔が似ているということもあり、親近感もあるので、頑張って欲しい。
 遠藤もドイツでフィールドで唯一出場出来なかった選手だが、先発として出場して、フリーキックも決めた。感無量だったろう。
 1人で局面を打開出来る可能性のある森本を使わなかった采配にもどうかという声もあるだろう。
 選手それぞれの体調のこともあるだろうから、部外者が適当なことを言っていてもいけないのだが、サッカーが好きなだけに、色々と考えてしまう。
 4年後こそは、また予選リーグを突破して、ベスト4を目指して欲しいものである。

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