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2011年3月 1日 (火)

鹿児島大学生の凶行

 鹿児島大学の学生が、高速バスの運転手のハンドルを突然奪い、左に切ったおかげでバスが横転し、乗客が怪我を負ったという事件の報道に接した。就職のことで悩んでいたという。
 殺人未遂で逮捕されたということである。

 責任能力がある状態であったかどうか分からないのだが、報道を前提にし、責任能力があるとすれば、身勝手な犯行である。

 死にたいから他人を殺して自分も死のうと思ったとか、死刑になりたいから他人を殺したという犯行の動機が語られることが多くなったように思える。
 こういう報道に接すると、「そんなに死にたいなら、他人を巻き込まず、人知れず富士の樹海でのたれ死んで欲しい」と思うのは私だけではあるまい。
 本当に死というものを真剣に考えているのであれば、他者の命を奪って間接的に死刑になるとか、一緒に無関係の人を巻き込もうとするはずはないと思うのである。

 こうした人は、(歪んだ)自己愛が過ぎているように思われる。
 

 他人をバカにする若者が増えているといわれているようだが、こうした若者も、世の中に出ると、「自分が何者でもなかった」ことがわかり、その乖離を受入れることが出来ず、いや、受け入れたくはなく、間違っている世の中に自分がいることがおかしいと思うのであろうか。
 そして「死にたい」と思うのであろうか。
 しかし、彼らは自己愛が過ぎているがゆえに、自分で自分を殺すということは出来ず、間接的に自分を殺そうとして死刑に該当するような行為をしたり、自分だけが死ぬのはおかしいと考えて、世の中に対する復讐として、無関係な道連れを探そうとするのではないか。

 小さい頃から競争をさせないようになり、運動会で順位もつけず、叱ったり、ダメなところをダメといわないようになったことが、こうした人間を生み出しているのではないか。
 鹿児島大生がどのような生い立ちでどうであったかは知るよしもないが、こうした報道に接するたび、暗たんとした気持ちにさせられるのは私だけではあるまい。

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