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2019年12月12日 (木)

宮本武蔵その2

 突然これを読み返したいと思うことがあるのだが、先日、突然「バガボンド」を読み返したいと思った。バガボンドは、講談社から出ている井上雄彦が吉川英治の宮本武蔵を原作に描いた劇画である。
 アマゾンの電子書籍で購入したいと思ったのだが、あいにく電子書籍化されていなかったので、やむなく全巻購入した。
 そして、これを全巻読んだあと、原作も読み返したくなり、吉川英治時代文庫の宮本武蔵全8巻を読み返した。
 吉川武蔵を読んだのは、大学生の頃であったから、実に30年近く経って読み返したことになる。
 筋はだいぶ忘れていたし、井上雄彦のバガボンドも原作というよりは原案くらいになっていて、かなり内容は違う。
 佐々木小次郎は吉川武蔵では敵役のように描かれているが、井上武蔵では、佐々木小次郎は耳が聞こえない設定であり、敵役とは描かれなかったり、吉川武蔵のヒロインであるお通と武蔵の関係も違う。

 宮本武蔵ほど作家が食指を動かされる歴史上の人物も中々いないと思われ、吉川武蔵以降、司馬遼太郎の「真説宮本武蔵」、津本陽「宮本武蔵」、小山勝清「それからの武蔵」(佐々木小次郎との決闘以降の武蔵が描かれる)など、私の蔵書だけでも他にも5冊くらいある(私が武蔵に興味があるからかもしれないが)。
 武蔵の生涯が謎につつまれていること、二刀流の創始者であったこと、その強さに比較して生涯幸福とは縁遠かったと考えられることなどから、描いてみたいと思わせられるのかと思われる。

 武蔵に関しては、渡辺幸庵という人物が130歳を越えていたので、加賀藩主前田綱紀がそれほどの高齢の人は珍しいとして、家臣に昔の話を聞き取りさせたものが残っており、「渡辺幸庵対話」として家臣にまとめさせた。
 その中で、「自分は柳生新影流で印可ももらった。竹村武蔵というものがいて、但馬守(柳生宗矩)と比べた場合、囲碁でいえば井目も武蔵が強い」というくだりがある。
 竹村は武蔵の母方の姓で、江戸にいた時、武蔵は母方の姓を名乗っていたと、戸部新十郎は、日本剣豪譚、戦国編(光文社文庫)の中で述べている。
 柳生新影流の一子相伝は、柳生石舟齋の孫である柳生兵庫が受けたので、柳生宗矩は一般的には剣の腕では柳生兵庫に劣ると考えられているが、将軍家の指南役である。それと比較して、井目も強いというのは、恐るべき強さであるといえる。
 もっとも武蔵の生涯を読むには、戸部新十郎の日本剣豪譚がもっともよいと思っているのだが、武蔵の生涯の戦いを見ても、彼が日本の剣豪の中で屈指の強さを持っていたことがわかる。
 つづく。

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