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2013年10月21日 (月)

優子

 リビングに戻ると、ソファに寝ていた女性は、ソファの前で立って私の方に顔を向けていた。ややぼんやりとした目で、私の方を見ている。小太郎が、その足下で丸くなってふさふさのしっぽの毛の中に顔を突っ込んで寝ている。もう深夜であり、そろそろ老境にさしかかる小太郎は目が開いていられないのだろう。
 その女性の身長は155センチメートルくらいだろう。私より身長はかなり小さいせいで、私を少し見上げるようにしている。下着をつけていない胸のふくらみに目が行ってしまうのは男の性だろう。彼女は腕を上に伸ばして大きく伸びをして、小さくあくびをした。
 「隆(りゅう)さん、帰ったんやったら、起こしてくれたらええのに。また飲んできたんやろ。」
 「ああ。よく寝ていたから。」
 「韓流のドラマ見ててんけど、おんなじような筋やから、寝てしもてた。」
 「そうだろうな。私からしたら、何がいいのかわからない。」
 私がそういうと、彼女は小さく笑った。寂しそうな笑顔だ。
 私は冷蔵庫から無糖の紅茶のペットボトルを取り出して一口飲んだ。紅茶のさっぱりした味が喉を通り過ぎていく。酔いがだいぶ回っていたが、紅茶を飲んで少し頭がすっきりした。
 彼女は両腕を後ろに回して、ストレッチをするような格好をした。そのせいで、下着をつけていない胸のふくらみが強調され、胸の形があらわになった。
 私はそれを横目に見つつ、ソファの下の下着に目を移して、
 「下着は脱ぐなっていってるだろ」
 と言った。
 「下着脱いでたら、隆さんが興奮するから?」
 と言って彼女は笑った。
 「・・・酔ってるな」
 「酔ってますよお。ちょっと隆さんのウイスキー飲んだだけやん。飲みにも行けず、家事を家でしているもうすぐ30歳の独身女性がウイスキーちょっと飲むくらいええやんか」
 「いや、飲むのが悪いと言ってる訳じゃない」
 「そう聞こえるもん」
 そういうと、彼女はぷっと頬を膨らませた。
 その表情を見て、私は彼女、そう、優子に対して劣情を感じなかったといえば嘘になるだろう。
 ただ、私には彼女を抱きしめられない理由があった。
 亡くなった妻の由紀だけが原因ではない。
 そう、彼女は私の亡くなった弟の婚約者だった女性だからだ。

2012年3月 7日 (水)

自宅のソファ

 小太郎は今年10歳になるパピヨンという種類の小型犬である。茶色と純白の毛並みで、額のところには白くまっすぐにラインが入っている。
 小太郎は私の足下でダンスを踊りながら、私の足に前肢をかけて激しい息づかいをしていた。深夜まで起きて待っていたのだから、ご褒美が欲しいというわけである。
 私はリビングに入ると、鞄を床に置いて、キッチンにある小太郎のおやつを取り出して、2本床に投げてやった。小太郎はおやつが放り出されると、おやつにかぶりついた。もう、私の方を見向きもしない。私を待っているのか、おやつを待っているのか怪しいところだと思うところだ。
 リビングの電灯はふたつともついており、リビングのテレビはついたままだった。音量は絞られていて、テレビでは、CSチャンネルで韓国のドラマがついていた。私が死ぬまでに絶対に見ないテレビのジャンルである。
 私からすると、見分けのつかない韓国のタレントが、何か話をしていて、字幕が出ている。緩く冷房がかかっているが、タクシーの冷房で少し身体が冷えたように感じていた私には、それでも少し涼し過ぎると感じるほどだった。リビングの中には、静かに冷房のファンの音が響いている。
 リビングの机の上は片付いており、今日の夕刊が読まれずに置いてあった。
 ソファの近くには、小型のサイドテーブルが置かれていて、その上にはロックグラスとハイランドモルトのボトル、そしてスナック菓子の袋が置かれていた。ロックグラスの中の氷は既に溶けていて、少し残ったウイスキーと混ざり合っていた。
 それから、私はソファの上に目を移した。
 ソファの上には、青色のショートパンツを履き、白色のTシャツ姿で寝息を立てている女がいた。私はショートパンツから健康的に伸びている彼女の足を眺めた。日焼けしていない、白い肌だ。髪の毛の色は栗色で、肩程度で切りそろえてある。Tシャツの下は下着をつけていないようで、豊かな胸のふくらみが分かる。ソファの下には、彼女がつけていたであろう、下着が脱ぎ捨ててあった。
 こう言ったが、彼女がいることは私にはわかっていたし、いない方がおかしいのだ。
 私は彼女を起こすか、先に汗で濡れたワイシャツとスボンを脱ぎ捨てるか一瞬悩んだが、汗で不快だったので、ワイシャツとズボンを脱ぐと、ズボンをハンガーにかけて、そのハンガーをポール状の上着かけにかけた。
 そのまま私は風呂場に行き、ワイシャツを洗濯物入れに入れると、裸になってシャワーを浴びた。少し身体が冷えたように感じていたので、5分ほど熱いシャワーを浴びて、出てくると、小太郎が風呂場のマットの上で私を待っていてくれた。どうやら、待っていたのはおやつだけではなかったらしい。
 身体を拭き、新しい下着とTシャツと短いパンツを履いて、リビングに戻った。

2012年1月 9日 (月)

橋をこえて

 人というものは、周囲で悲劇が起こったとしても、それが自分自身の身に現実に発生することを考えないものである。隣の国で国民が餓死していても、遠い国で自爆テロがあっても、隣人が交通事故で死のうと、「お気の毒に」と思うだけで、自分の身に置き換えて考えることは普通しない。
 社会の耳目を騒がせた事件も、しばらくすれば、忘れ去られてしまう。
 しかし、当事者はそういうわけにはいかない。事件当時の気持ちよりは落ち着くことがあっても、被害に遭ったことが心から消えることはない。いつまでも、いつまでもしこりのように心の奥底に沈んでいる。周囲の無関心と、自らの心の傷、そのギャップに被害者はさらに苦しむのである。
 加害者の方も、自己防衛本能があるので、自分の起こしたことを正当化しようとしたり、過失犯であれば、「わざとではない」ということを述べたり、加害者になった自分だって苦しいとか、自分が事件を起こしたのはこういう正当な理由があるなどと、被害者からすればとうてい容認出来ないことを述べたりするものである。加害者が心の底から被害者に対して慰謝の気持ちを持つことはないのではないかと私は思う。
 被害者と加害者の心が交錯し、分かり合えることはないのだ。

 「お客さん、近江大橋ですよ。」
 うつらうつらとしていた私に、タクシーの運転手が声をかけた。私が乗るときに走行経路を説明したが、そのときに、近江大橋を渡った時に私が眠っていたら声をかけると運転手から言われていたのを思い出した。
 私は目を覚まし、道なりにしばらくまっすぐいくように運転手に告げた。
 近江大橋を左に見ると、琵琶湖の湖面が見えた。
 湖面は暗く、遠くの光を反射して、鈍い光を放っていた。この湖面の下にも、沈んだまま見つからなかった死体が沈んでいるだろう。生きている時は、自分が琵琶湖の湖底に苔が生えた石とともに沈んでいることなど想像もしていなかったろう。湖面の鈍い光は、死者が生者を呼んでいる光のようにも見えた。
 遠くを見ると、琵琶湖を囲っている山々が、黒々と空に自らの存在を誇示するかのように浮かんでいた。

 道路を走る車はほとんどなかったが、タクシーは法定速度を少し超えた程度で走り続けた。運転手は、むっつりと前を向いて走っている。彼は、道順や用事以外のことを話すと、私に舌を切り取られると思っているのだろう。客もタクシーの運転手がどんな人間か分からないように、タクシーの運転手も、客のことは分からない。無用に話しかけて、突然怒鳴られるよりはましなのだろう。世の中には、いろいろな人間が居るのだ。
 私は自宅の近くの交差点の信号のところが近づいたので、停車する位置を彼に教えて、料金を支払い、領収書をもらった。むっつりとした彼に、多少小銭をチップとして渡した。
 「ありがとうございます」と彼はいったが、笑顔はなく、やはりむっつりとしたままだった。
 笑顔になると、彼にかかった魔法が解けてしまうと思っているかのようだった。
 私は礼をいってタクシーを降りて、時計を見ると1時20分だった。

 鍵を開けて家に入ると、飼い犬の小太郎が早速私に飛びかかってきた。

2011年11月29日 (火)

タクシーにて

 タクシーの運転手は、はきはきとした物の言い方をする男だった。髪を短く刈り込み、清潔そうな帽子をかぶっている。制服は糊がきいていて、手でこすれば糊の白い粉が出てくるのではないかという気がした。
 私が停めたタクシーは、京都では業界大手のNKタクシーだった。従業員への教育が厳しく、噂ではあるが、同じ運転手が3回顧客から苦情が来たら、理由はどうあれ解雇されるという話も聞いていた。労働法上そんなことが出来るのか私にも分からなかったが、少し酔いが回っている私の頭にとってはどうでもいいことだった。人は、他人の行く末にそれほど気を回さないものなのだ。
 行き先と行き方を告げると、運転手は黙って車を走らせた。話しかけてくる運転手は好きではない。こちらは人と話すのが商売で、その話の内容はほとんどの場合愉しい内容ではない。仕事に追われるほとんどの弁護士は夕方にはくたびれていて、自分の好みの相手としか話をしたいとは思わないだろう。ストレスを受けているのは、依頼人ばかりではなく、依頼人の向こうにいる相手方も多くの場合そうだろうし、依頼を受ける弁護士も、間に入ることがある事務員もそうなのだった。
 酔いが回っていたせいもあり、私はうとうととしていた。
 少し夢を見たようだった。
 妻の由紀の夢だった。

 妻の由紀が死んでから7年が経つ。7年という月日は、私の頭髪を薄くして、髪の毛を柔らかく、細くし、数キロ体重を増やし、私の弁護士としての経験を増やし、私は弁護士会の副会長をし、7歳だった長男の幸隆(ゆきたか)は14歳になり身長が私と変わらなくなるという変化をもたらしたが、由紀がいないという現実を受け入れるには足りないのだった。
 由紀は、私の弟の信綱(のぶつな)が、自動車で由紀を実家まで送っていく時に、国道で事故に遭ったのだった。大型のダンプで、加重労働により居眠り運転をし、センターラインを越えてきたのだ。そのダンプの飛び出しにより、10台の自動車が事故に巻き込まれた。その車の中に、信綱が運転する車が入っていたのだ。テレビで見ていた事故は、私にとって違う世界の出来事であり、自分の身にあのような事故が起こりうるはずがないという気持ちを持っていなかったといえば嘘になるだろう。人は誰しもそのように感じて生きている。
 どうして、どうして自分がこんな目に遭うのか?そう思うまでは。

2011年10月12日 (水)

四条通にて

 私は失望したが、これは由紀が死んでから7年間、ことあるごとに味わってきた失望だったから、ある意味私の生活の一部ともなっていた。人は失望することにすら慣れていくのかもしれないし、あるいは私は慣れてしまった風を装っていて、その実心の底では慣れていないのかもしれない。
 昼間はタフな弁護士を装っているだけで、夜になれば、死んだ妻の面影を道行く女性に重ねているセンチな男、それが私なのかもしれなかった。
 四条通りを南から北へ渡ろうと、信号待ちをしていると、私の周囲を様々な人が通り過ぎて行く。酔ってどうしようもなくなくなった女性に肩を貸している男性、大声でまだまだ行くと言っているサラリーマン風の団体等々。
 信号待ちをしながら、何気なく北の方を見ると、そこに昼間見た顔があった。
 それは山名恵子だった。

 昼間よりも化粧が濃くなったような気がしたが、やはり、私が昼間感じたように、水商売の店で働いているのだろうか。しかし、服装は昼間見た服装のままだった。ただ、店が終わり、店で着ていた服と着替えて出てきたところかもしれないから、これはどちらともいえなかった。
 四条通の南に居ながら、北を行く女性の顔をこれだけ正確に見ることが出来るというのも、また私なのだった。パソコンの画面と毎日数時間はにらみ合いをし、目が悪くなってもおかしくないのだが、不思議と視力は落ちなかった。未だに両目とも2.0のままなのだった。
 ただし、山名恵子には連れがいた。山名恵子の隣には、山名恵子よりも幾分若い男性が居て、山名恵子はその男性と腕を組んでいた。表情も昼間見た表情とは違い、楽しそうな表情をしていた。少なくとも、男性を上から見下ろすような表情ではなかった。
 隣に居る男性は、学生とも見える若さだった。ワックスで髪を散らしている髪型のほか、来ているものもジーンズ生地のハーフパンツにTシャツという出で立ちで、そのあたりにいる若者と特段代わり映えがする格好ではなかった。
 顔は、相当な二枚目と言っていいだろう。ジャニーズにでも入れるのではないかというくらいのかわいらしい顔立ちだった。心なしか山名恵子に似ている気もしたが、これは私の気のせいかもしれなかった。
 私が山名恵子に昼間感じた違和感はこれだったのかもしれない。彼女には若いツバメがおり(山名恵子もまだ若いが、彼女に比べてという意味だ)、その若いツバメと一緒になりたくて別れたがっているという構図もあり得た。彼女が受けた暴行も嘘なのかもしれないという考えもちらりと頭をよぎった。
 依頼人は、常に本当のことを言うわけではない。全てが嘘のこともあれば、一部が嘘のこともある。また、嘘ではないが、事実を欠落させていることもある。人には誰しも一つや二つ言いたくないことはあるだろうし、その全てを弁護士が見通せるほど世の中は甘くない。ただ、ある程度弁護士をやってくると、依頼人が何かを隠しているとか、依頼人の話がつじつまが合わず、どこかの部分で嘘をついているとかということは分かるようになる。
 また、論理的ではなく、弁護士としての経験上何かが違うとどこかでシグナルが鳴ることもある。
 この男性が、山名恵子の嘘、あるいは隠しておきたいところなのかもしれなかった。
 ただ、これは私の思い過ごしで、彼女は水商売で働いていて、そこの客とたまたま店がはけた後飲みに行こうという話になっただけなのかもしれなかった。
 今それを考えても仕方のないことだということも分かっていた。
 彼女は昼間たまたま法律相談に来たというだけの関係だし、依頼があるかどうかも分からなかった。
 東西の方向の信号は青色だったので、山名恵子とその男性は、にこやかに笑いつつ四条通りを東から西に沿って歩いていった。
 信号が変わり、私は四条通の北へと渡り、タクシーを停めた。

2011年8月31日 (水)

花見小路通り

 私はアイラモルトを空にすると、チェックをして店を出た。里内さん達が見送りに出てくれようとしたが、店も混み合っているので私の方でこれは遠慮した。
 「真田先生が来てくれると、いつも店が繁盛しますから。」
 別れ際が里内さんがそう言ってくれたが、一人で寂しく飲みに来ている私に対するお世辞だろう。
 「そう言われても困るな。」
 と私は行って店を出た。狭い路地を抜けて、花見小路通りに出た。
 外に出るとさすがに熱気は和らいだようだった。空気が少し肌に優しくなったようだった。それは私にだけ優しいのではなく、花見小路通りを歩いている人全てにそうだったし、それは京都に今居る人全てにそうだったろう。
 時計を見ると、時間は12時45分になっていた。帰るには頃合いだろう。一人酒をした真田隆一郎は、家に帰るとしよう。それに、私にはもう一人で行くことの出来る店も残っていなかった。
 そう思いながら、ぶらぶらと石畳の道を北に上がった。通りを行く人はまばらだったが、皆酔っているようだった。一人で歩いている人はあまりいない。タクシーもあまり走っていないようだった。花見小路通りのここでタクシーを待っても、先で捕まえられるのがオチだろう。四条通りまで少し歩くことに決めて、私は、訟廷日誌、財布、携帯電話、折りたたみ傘、思い出、その他いろいろなものが入っている黒く重い鞄を肩にかけ直した。
 そのとき、前を一人で歩いている女性の姿が目に入った。彼女は地味な色のタイトスカートに、淡い色のサマーニットを着ていた。髪の毛は肩よりも少し長い程度だった。
 酔っていたせいもあるが、着ている服も、髪型も妻の由紀に後ろ姿がよく似ているように見えた。
 私は淡い期待を抱きながら、少し足を速めて、彼女の少し前に出た。10メートルほど前に出ると、さりげなく振り返ってその女性を見た。
当然のことだが、それは妻の由紀とは似ても似つかない女性だった。美しい女性ではあったが、妻の由紀ではなかった。
 それは当然のことだった。
 死んだ人間が生き返るはずはないのだ。

2011年8月16日 (火)

バー「月」Ⅱ

 カウンターで葉巻に火をつけると、ギムレットが私の前に出された。
 私がバーで最初に飲むのは、ギムレットと決まっているのだ。
 あまりにも安易とはいえるが、ここでは、私の注文を聞かずともカクテルが作られるのだった。

 少し甘めのギムレットを少しずつ飲みながら、葉巻を何本か吸い、灰にした。その間に買うウンターにも客が入り、あまり織田君たちとの会話を楽しむことは出来なかったが、それでもビールを数杯ずつおごり、ギムレットの後はアイラモルトのロックを2杯空にした。
 今夜の私には、テリー・レノックスは現れそうになかった。店に入ってきた客はいずれも知らない客ばかりで、男女のペアばかりだった。男の方は、どうやって気の利いた台詞をいって、この後女性をその気にさせようかとやきもきしているようにしか見えなかった。
 また、女性の方は、気のないふりをしながら、それでも男が歯の浮くような台詞で自分をどうやって落としてくれるのかを待っている、そんなペアが二組だった。

 何となく一人でいる私はばからしくなってきて、2杯目のアイラモルトを空にして、席を立とうかと考えた時に、私の隣にすとんと座ったものがあった。
 私はそちらをちらりと見ると、奥のテーブル席で団体で話をしていた客の一人だった。
 女性で、年齢は20台後半のようだった。髪は肩のあたりで切りそろえている。赤く、胸の開いたワンピースを着ていて、自分の酒を片手に持っていた。最近流行の化粧をしているので、私には顔の見分けはつかない。
 「横、よろしいですか?」
 彼女は少し酔っているようだった。
 「私が拒否する権利はないね。空いているのだから。」
 そういって、私は織田君に「同じものを」といってアイラモルトを注文した。
 「私、奥のテーブルに居たんですけどぉ、一人でバーで飲んでいる男性ってかっこいいなって話してたんです。ちょっと話をしてみたいなぁと思って、勇気を出して横に座ってみましたぁ。」
 完全に酔っているようだった。もう一杯酒を注文したことを後悔したが、注文をとめる訳にもいかない。
 「それは光栄だが、私には友達がいないだけかもしれないし、変態的な趣味があって、女性にもてないのかもしれない。一人で飲んでいるのは別にかっこいいことではないとは思うがね。興味を持ってもらえるような男ではないよ。家では金魚を飼っていて、金魚に話しかけるしか会話がない暗い男かもしれない。」
 「なんですかぁ。それ、おもしろぉい。」
 「おもしろいかどうかはわからんがね。」
 「ますますかっこいいですぅ。何関係の人なんですかぁ?」
 「何関係と言われても困るな。」
 「お仕事ですう。」
 「もめ事のただ中に入っていって、それを解決してお金をもらう仕事だな。」
 「えー。探偵さんですかぁ。」
 「探偵はよかったな。違うよ。もう、自分のテーブルに戻った方がいいんじゃないかな。お友達が寂しがるよ。」
 「はぃ。。。あの、よかったら、私たちのテーブルに来ませんか?」
 「いや、せっかくのご厚意だが、遠慮しておこう。若い女性と話をすると、緊張して手が震えるんでね。」
 そういうと、彼女は、「そうですかぁ。すいませんでしたぁ。」といって気にする様子もなく、席に戻っていった。奥のテーブルでは、若い女性客たちが嬌声をあげて彼女を迎えているようだった。どうやら、私は彼女たちの話のタネにされただけのようらしい。
 オーナーが来て、私の方に身をかがめながら、「すいません。真田先生。」といってきた。
 「いや、誘われるとは光栄だね。私もまだまだ捨てたもんじゃないってことかな。」
 「真田先生はモテるでしょう。」
 「モテてみたいね。でも、実際にモテると、きっと邪魔くさいもんだろうな。」
 と言って、私はまた葉巻を吸い、アイラモルトを一口飲んだ。

2011年6月27日 (月)

バー「月」

 通りを行く人は金曜日にしては少ない方だったろう。酔っぱらって大声でもう一軒行こうと騒いでいるもの、酔いつぶれた女性を肩にかついでいるものなど、思い思いの酔い方で金曜日の夜を楽しんでいる。
 宮前と板尾は明日仕事があるのでここで切り上げて帰るということだった。私は、少し飲み足りない思いでいたのと、昼間あった山名恵子の件が小骨のように引っかかっていたので、一人でもう一軒行くことにした。

 「また、誘ってくださいね。」
 と桜ちゃんに言われ、適当にあいづちを打つと、私は一人で花見小路通りを南に歩き出した。その間に、宮前と板尾はタクシーに乗り込んで帰って行った。
 花見小路通りを南に歩き、四条通も越え、石畳の道を歩いて、歌舞錬場の手前の小さい路地を左に折れて、バー「月」に入った。
 京町屋の作りをそのままのバーで、私が月に1、2度通うバーだった。
 ドアを開けて入ると、6人ほど入れるカウンターには客はおらず、テーブル席と、奥の小部屋に客がいるようだった。

 「いらっしゃいませ。」
 カウンターに居た三名がめいめい声をかけてきた。皆、黒い前掛けに白い襟の立ったシャツを着ている。一人は無精ひげ風のあごひげを生やしていて、背が高く、鋭い目をしている。これがオーナーの里内さんであり、細身で、最近テレビに出ている俳優のような優しい顔立ちをしているのが、バーテンダーの織田君である。もう一人がっちりとして、黒縁眼鏡をかけている優しい顔をしているのが、長谷君といい、料理を作る担当であった。
 淡い薄暗い光の中で、彼らはカウンターに客がいないので、手持ち無沙汰そうであった。
 バーでテーブル客ばかりだと、カウンターの中のバーテンダーは会話もせず、注文を聞くだけの存在となってしまう。また、テーブルの客は自分たちの会話に夢中であり、彼らに酒をおごることもないだろう。
 「一人だよ。」
 と私がいうと、三名ともに、「珍しいですね。」
 と言った。
 あまり、私は一人で飲みに行く方ではないからで、ここはよく来るので、三名ともそれはわかっているからだった。
 私は酒じたいが好きというよりは、酒を飲む場の雰囲気や、会話を楽しむ方であるので、一人ではあまり飲みに出ないのだった。
 私はカバンを席の左側に置いて、カウンターは一人だけのようなので、真ん中に座った。
 織田君は、何もいわず、カクテルを作り出した。

2011年6月 6日 (月)

麻亜子(2)

 「ふられたかい。」
 と私は麻亜子さんに笑いながら言った。
 「うん。やっばり男の人は若い子がいいみたい。」
 と言って、麻亜子さんはけらけらと笑った。
 「そうか。今出て行った人、歌も若かったしな。」
 「ほんまやわ。ようあんなに若い子の歌たくさん覚えてきはると思うわ。すごいよね~。」
 「よく覚える時間があるねえ。時間もそうだけど、私は昔の歌の方がいいけど。最近の歌は、コレってのだけ覚えたいと思うくらいだなあ。」
 「うん!昔の歌はいいよね~。私、最近の歌歌われてもわからへんもん。」
 それを聞いていた板尾が、たばこを片手に、その煙が煙たいのか、目を細めながら、
 「歌い、ますか」
 と小さい声でいった。
 「歌おう歌おう。」
 と、麻亜子さんは明るく言って、カラオケの機械を持ってきた。
 そこへ、桜ちゃんが戻ってきた。
 「モテモテだね。」
 と私が笑っていうと、桜ちゃんはにっこりと笑って、
 「うふふ。やや高齢の人にはモテるんです~。」
 と言った。
 そのとき、音楽が鳴り出した。この間に、板尾が歌を入れていたらしい。
 曲は、ミスターチルドレンの「HANABI」だった。
 桜ちゃんは、私の横に座ると、少し薄くなっていた私のロックグラスを持っていき、新しいロックを作って、自分にも小ぶりのグラスにロックを作って来た。
 この間に、麻亜子さんも自分のグラスにロックを作っていた。
 板尾が熱唱しているのを聞きつつ、みんなで、「乾杯」といって再度グラスを掲げた。
 酔いどれ連中は、一夜のうちに、何回乾杯してもいいのだ。何に乾杯しているのかわからなくとも、とにかく乾杯をするものである。
 桜ちゃんは、私の横で耳元に口を近づけてくると、
 「今も、さっきの人にエレベーターで迫られちゃった。真剣に交際して欲しいって。。。」
 とはにかむように言った。
 「へえ。あの人、独身?」
 「奥さんが死んで、2年経つんですって。」
 「桜ちゃんはどうなの?」
 「まさかー。無理ですよお。真田先生ならいつでもオッケーですけど。」
 というと、軽く肩を叩かれた。
 「オジサンに冗談をいうと、本気にされるぜ。」
 と私は言って、葉巻に火をつけた。
 「冗談じゃないですよお。」
 というと、桜ちゃんは少し怖い顔で私をにらむ真似をした。
 「だめー。隆ちゃんは、私のものよ。うふふふふ。」
 それを見ていた麻亜子さんが、笑いかけてきた。

 その後、こうしたたわいのない話をしながら、私は2曲ほど歌い、板尾は10曲ほどを歌い、宮前純が一曲歌った頃に、どやどやと団体客が入ってきた。
 何度か見たことのある一部上場企業のご一行様だった。
 私たちがいると、全員が入りきらない様子だった。
 私は時計を見た。
 12時少し前だった。
 ショットバーで飲み直すのも悪くないし、団体客が入った方が、麻亜子さんも儲かるだろう。
 そう考えて、板尾と宮前を見ると、二人とも「出た方がいい」という顔をしていた。祇園で常連客は、こうした時は店のために開けてやる方がいいのである。スマートに酒を飲むには、そうしたあうんの呼吸が求められる。
 「行くよ。」
 と麻亜子さんと桜ちゃんにいうと、麻亜子さんは、
 「隆ちゃん、そんなん。まだいいやん。」
 と言ってくれたが、私たちが出て行った方が店にとってありがたいことは私には分かっている。
 麻亜子さんの方も、店を空けてくれると言われて、すぐに、「ありがとう」というのでは、あまりにも常連客に取って、また、自分にとっても味気ないので、儀礼的にされるやりとりだということは私も分かっている。
 「いいさ。また来る。」
 そういって、私と板尾と、宮前はそれぞれカバンを取って店を出た。店を出るとき、麻亜子さんが片目をつぶって、声に出さず、ゴメンという口の動きをし、片手をあげて謝罪するをしていた。私は片手をあげて、ドアを開け、エレベーターホールに向かった。
 後ろで、入ってきた団体客が、我々にわびている声が聞こえた。
 「長居してますから」という板尾の返答も聞こえてきた。これも、先ほど同様儀礼的なやりとりである。しかし、世の中には儀礼的なやりとりが必用なこともある。
 エレベーターに、私と板尾、宮前純、桜ちゃんが乗り込み、下に降りると、通りの熱気は少しましになっていた。

2011年5月 9日 (月)

麻亜子

 麻亜子は夏休み期間ということもあってか、空いていた。客は1人だった。たまにここで見かける初老の男性で、歌を歌っていた。自分に酔う歌い方であった。こういう自分が大好きな初老の男性は、私は好きではないし、おそらく世の中のほとんどの人はそうではないだろうか。初老にしては、コブクロを歌っている。
 電話をせずに行ったので、ママの麻亜子さんは驚いた様子だった。
 「あらー。来てくれたの。隆(りゆう)ちゃん、2週間ぶりやんかー。他にいい店出来たのと違うの?」と愛嬌たっぷりに出迎えてくれた。
 「そんな店ないけど、たまにはショットバーくらいは行くさ。」
 彼女はここの経営者で、確か年齢は私と一回り程度違うはずだった(もちろん彼女の方が上である)。細身でスタイルがよく、ミニスカートから見えている太ももはかなり扇情的である。若い頃は相当もてたらしい。
 1人だけいる女の子の桜ちゃんは、初老の男性の歌の相手をさせられていたので、こちらを見て手を振って、にっこりと笑ってくれた。彼女はふっくらとした顔立ちで、こちらを安心させるところがある女性だった。彼女目当ての男性も多いようだが、彼女自身はそういう男性と食事くらいは行くようだが、男女の仲になることはないようだった。年齢は確か私より10歳程度下であったかと思う。私は、女性の年齢を記憶するのが苦手なのだった。
 我々は初老の男性と何となく横に座るのはどうかという雰囲気となり、宮前純と板尾と私は、奥のボックス席に座った。
 麻亜子はそれほど広い店ではなく、13坪ほどだったが、客筋はよく、我々弁護士の業界か、大手企業の客くらいである。店はほどよい暗さで、私と板尾は座るとすぐにタバコと葉巻に火をつけた。
 麻亜子さんがいそいそと横に座って、板尾君に「板尾ちゃんはもっと久しぶりやね。1ヶ月ぶりかな。」と板尾に笑っていた。
 板尾は、「忙しかったっす。」とぼそりというと、たばこを煙そうに吸って、「さっき、あまり食べなかったから、なんか喰いたいっす。」とまたぼそりといった。
 相談の末、たこ焼きと専門店の餃子を取り寄せることにした。
 その合間に、歌は終わり、桜ちゃんも側まで来た。
 私は入れてある4種類のボトルの中から、ボウモアのロックを選び、宮前は自分が入れている麦焼酎の水割りを頼み、板尾は余市のロックを頼んだ。
 「麻亜子さんと桜ちゃんはどう?」と私が聞くと、彼女達は、「いただきます」といい、それぞれが頼んだものを作ってくれ、我々が先に乾杯している間に、自分たちのお酒を作って、再び乾杯をした。
 初老の男性は相当前から1人で歌っていたのか、今日は帰ることにしたようで、私達が話をし出すと、帰ることにしたようだった。
 麻亜子さんが外まで送っていったが、すぐに帰ってきて、「桜ちゃん。」と桜ちゃんを呼んだ。どうやら、初老の男性は桜ちゃんに送って欲しいらしい。
「すいませーん。」というと、桜ちゃんは初老の男性を送るために出て行った。彼女が私の側を通る時、銘柄は分からないが、ほのかに香水の香りがした。
 麻亜子さんがボックス席に戻って来ると、うふふ、と笑った。

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