一部の読者(K藤S一郎君であるが)から大好評の釣り・キャンプシリーズである。
この記事は法律漫遊記というタイトルからは外れるような気もするが、まあ普段の弁護士がどんなことをしているかが分かってもらえるのもいいだろう。
修習生になる少し前から渓流釣りを始めた私であったが(釣り自体は小学校一年生からしているので、もう30年のキャリアである)、弁護士になってからもちょくちょく渓流釣りに行っていた。
高校時代の友達で、体重が100キロあるN田とともに、弁護士に成り立ての頃に奈良県の十津川に行ったり、天川に行ったりしていた。
このN田という男がとぼけた男で、この男と釣行するといろいろなハプニングに出会うのであった。
奈良県の天川に行った時のことである。ちょうど天川伝説殺人事件か何かが映画でやっていたか、私が文庫で読んだか何かと(だいたい私が思いつく理由はこのように単純である)、いいアマゴが釣れるということで私がN田を呼び出したのである。
深夜にN田に迎えに来てもらって、自宅を出て、一路奈良県へ向かう。
私は助手席で座っていたのだが、どうもライトの様子がおかしい。「N田、ライトおかしくないか?」と聞くも、「そうか?」との返事。
しばらく走り、信号で停止すると、前の車から明らかにヤンキーのような男が2人降りてきた。ひょえ~。なんか悪いことしたやろか。
そり込みの入った頭のお兄さんが、運転席のN田に一言。「ライトまぶしいやんけ。あおってんのか。」
明らかにお怒りである。そりゃ怒るわ。やっぱり、N田はライトを上げて走っていたのだ。おかしいと思った。
これに対し、N田は、「そうですか。この車は、そういう車なんです。」
ウソつけ。そんな車あるかい。
この言葉に返す言葉を失ったのか、ヤンキーは頭を振りながら自動車に戻っていてくれた。あるいは、少しおかしい人だと思われたか。
慌てて助手席からライトを下に下げる私。「こんなんで走ってたら、あおってると思われるやんか」というと、N田は、「ライトって上げたり下げたり出来るん?」との返事。
こいつの運転で大丈夫なのか…。不安である。
しばらく走ると、渓流ということで川の上流であるから、山の上へと走る。ブラインドカーブが続く山の道を走り天川を目指す。
ところが、向こうから自動車が来ているにもかかわらず、N田はそのままカーブにつっこもうとするので、「N田、自動車来てるで。」と慌てて声をかける。
この声にN田も速度を落とし、うまくやり過ごせた。
そこでN田は一言。「なんで向こうから車来てるの分かったん?中ってすごいな~。耳ええのん?」
私「え?カーブミラーに映るやんか。」
N田「あっ。そっか。カーブミラーって、そのためについてたんか~。ミラーなんか全然見てへんかったわ。見えへんカーブで向こうから車来たらどうしようかって思っててん。」
…。こいつと来たのは間違いだったかも知れん…。俺が運転した方がええかも知れないけど、保険がなぁ…(かかっている保険の関係で家族以外は乗れなかったのだ)。
まあそんなこんなはあったけれど、何とか無事に午後6時頃現地に到着し、お互いに仕掛けを作って釣り始める。しかし、中々釣れない。
川に流れる目印を見ていると食いつきに来ているのだが、針にのらない。食いが浅いのか…。
私とN田は、相談して場所を移動することにした。
停車していた自動車をバックさせようとするN田に、後ろを「見ようか」と聞いたが、「広いから大丈夫」との返事。
私も大丈夫と思っていたが、勢いよくアクセルを踏み込んだN田車は、突然「ガコン」という音と共に車体が大きく後ろに傾いた…。
慌てて降りて見ると、物の見事に後輪が脱輪し、道路から川側に落ちていた。そこは階段状になっていたので、何とか川には転落せずに済んだ。N田の自動車はFFだったので(前のタイヤが駆動輪)、前の駆動輪で引っ張れば持ち上がる可能性もあると考えて、川側に降りて自動車の後ろを持ち上げて何とか元に戻そうと苦闘すること1時間。
しかし、自動車は全く動こうとしない。自動車って重いもんである。
やっぱり、降りて後ろを見るのだった…。悔やんでも仕方がない。
JAFを呼ぼうにも、当時私が持っていた携帯は圏外である。どこに電話があるかも分からない。途方に暮れていたそのとき、突然、作業車にのったおじさんが来てくれた(救世主である)。N田が転落した場所はキャンプ場だったのであるが、キャンプ場の係のおじさんが、近所の人から転落している自動車があると聞いて来てくれたのである。
日本っていいなあ。
無事ウィンチで引き上げてもらい、別の場所で釣りをする2人。
しかし、自動車を持ち上げようと悪戦苦闘したせいか、へとへとに疲れていてそれからの釣りでも釣れず、とぼとぼと天川を後にしたのであった。
帰りのブラインドカーブでも、ややもすればミラーを見ないN田を叱咤しつつ、「もうこいつとは釣りに行かない」と思っていた私であった…。