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2006年11月 8日 (水)

全国法曹サッカー大会優勝!!!!

 毎年秋になると、持ち回りで「全国法曹サッカー大会」が開催される。弁護士、裁判官、検察官、裁判所職員、司法修習生その他関係者で開催されるサッカー大会で、年々その規模が大きくなり、参加人数は150名を越える。
 その全国法曹サッカー大会で、私が率いる京都チームは、実に14年ぶりの優勝を果たした。
 全国から、東京から2チーム、横浜、静岡、名古屋、京都から2チーム、大阪から2チーム、広島、福岡、九州選抜の12チームが11月4日(土)、5日(日)の二日間にわたり熱闘を演じ、京都第1チームの優勝という最高の結果であった。
 大会当日に、京都1の正キーパーであるS弁護士が発熱のため欠席というアクシデントに見舞われ、キーパーなしでの戦いとなった。フィールドからキーパーを出さないといけない。今回の大会は12のチームを4ブロックに分けて、各ブロックの同じ順位同士が翌日対戦し、勝てば上の順位決定戦に、負ければ下の順位決定戦に臨めるというルールである。
 京都1初戦は地元広島。相手は休養十分であり、完全にアウェイの試合である。
 皆5時とかに起きて京都発6時53分の新幹線に乗り込んできただけに、さすがに初戦は身体が重い。私の一番弟子修習生で検察官になったW君がフォワードとして飛び出していく。そのW検察官の妻となった元マネージャーのIさんも夫の走りに熱い視線を送る。Iマネは、福岡の実家からご両親と妹が私と鷲野君の応援に来てくれるほどの熱心ぶりである。
 裁判所書記官のKさんがボランチとして相手の攻撃を中盤で封じたあと、怒濤の上がりで強烈なシュートを放つも、広島のすごいキーパーに阻まれる。このキーパーは今大会ベストキーパーかも知れないほどの動きを見せていた。
 その後裁判所のF君が見事なヘディングシュートを放つもこれまたキーパーに阻まれる。
 前半は0-0。嫌な展開である。しかし、後半に入り、東京から遅れてやってきた京都修習のY弁護士がU会員(58期)がゴール前に落とした(ミスキック?)球を押し込んで先制ゴール。
 これを守りきり、1-0で広島に勝利した。驚喜。
 第二戦は横浜戦である。横浜は爆発力こそないが、堅実なパスをつないでくるチームである。中々苦戦したが、私の弟子である京都修習のM野弁護士からのディフェンスの裏へのパスをノールックでボレーシュートをY選手がたたき込んで1-0。ただし、終了間際に元京都修習で京都チームから出たこともあるにもかかわらず、横浜に寝返ったY丸選手にゴール前の混戦から押し込まれて1-1の引き分けとなった。
 ただ、このリーグでは広島が横浜を1-0で下したので、京都1が1位でリーグを突破した。翌日の初戦の対戦相手は名古屋であり、名古屋を倒せば久しぶり(平成11年以来の)の決勝である。
 初日京都第2チームは初戦が大阪1(主力組)とであった。過去何度も優勝している強豪チームであるが惜しくも3-0で破れた。元第1事務所の事務員のHさん(女性、現ロースクール生)が左サイドを走り、私の友人のK建築士がフォワードとして前線を走り回り、裁判所のO塚君が敵ディフェンスの裏を狙う。60期京都修習のN田君も相手の攻撃を堅実に止め、裁判所書記官のH多君も髪を振り乱しながら攻撃を防ぎ、未だ足にボルトが入っているY田S司会員(第2チーム主将)もボルトをきしませながら走ったが残念な結果であった。
 第2チームの初日2試合目は福岡とである。これまで、京都は福岡と対戦して敗戦したことがない。負ける訳にはいかない。しかし、惜しくも2-0で敗戦。やはり他のチームもどんどん戦力を強化しているのであった。
 神戸修習だが京都チームが好きで修習生時代から参加しているY田弁護士の懸命のディフェンスにも関わらず悔しい敗戦である。

 4日の夜は懇親会があり、酒もそこそこに皆明日に備える。
 第2チームは翌5日、初戦は九州選抜と戦う。私の一番弟子修習生のM島弁護士が2日目から来てトップ下に入り、中盤に厚みが出た。もう1人の中盤のタレントである神戸修習だが京都チームに入っているS検察官と中盤を支配。また、札幌からわざわざ広島まで1日の参加のためだけにかけつけた京都修習のT中判事補が正キーパーとして守りに安定感が出た。私が過去面倒を見たことがある大阪修習だが京都チームに入ったI加田弁護士も前線でボールを追う。チームに入った時はほとんどボールも蹴ることが出来なかったが、もっとも伸びた男、T中T春弁護士が右サイドを何度も何度も縦横無尽に走り回る。M澤修習生も相手の俊足フォワードと渡り合い攻撃を潰す。
 4日が自分の結婚式・披露宴であったにも関わらず、奥さんともども来た私の弟子、O修習生も結婚式の疲れを残しながらも左サイドを駆け上がる。
 しかし、惜しくも0-0でPK戦にもつれ込んだが、ここで敗退した。
 次は最下位決定戦となった。相手は静岡である。
 静岡戦も皆一様にボールを追う。金沢から毎年参加してくれるY腰弁護士(京都修習)はディフェンスラインを統率し、獅子奮迅の働きをする(京都第2チームのMVP)。
 裁判所のT橋君が懸命にボールをクリアする。右サイドを少しスタミナに衰えが出たB弁護士が駆け上がる。
 しかし、相手フォワードの見事なボレーシュートが決まり、惜しくも最下位に。
 後は、第1チームが優勝するしかない。

 そして、決勝への道を切り開くための第1チームの名古屋戦だが、Y田選手が2点を取り、2-0で決勝に残れた。相手のスーパーエースを、中盤から蛇のようなしつこいディフェンスでH尾会員が潰したことが大きかった勝利である。

 そして、大阪1と決勝へ。皆ピッチへ飛び出していく。私の弟子のM野弁護士がトップ下としてゲームを作り、前線から相手に激しいプレスをかける。裁判所書記官のO田さんの惜しいシュートが外れる。その時、右サイドを駆け上がりシュート体勢に入っていたT田弁護士がペナルティエリア内で倒された。
 これをY田選手が決めて1-0。先制されたため大阪は怒濤の攻めである。しかし、左サイドでT山弁護士が風邪を物ともせず相手の攻撃を止める。ボランチとしてU先生が相手のスペースを潰す。神戸地裁判事のH裁判官が汗だくになりながら懸命のクリア。俊足K島会員が相手のフォワードよりぬきんでたスピードでクリアする。
 こうして前半を1点リードで折り返した。しかし、このままでは大阪の怒濤の攻めの前に点を取られることは必至である。追加点が欲しい。
 そして後半へ。後半も大阪は攻めてきた。右サイドで甲高い声で裁判所書記官のN波さんがボールを呼んで走る。裁判所のF井君が懸命のヘッドでのクリア。
 急遽キーパーに回ってもらった裁判所職員のS田さんは持ち前の運動神経で大阪のほとんどのシュートを阻む。A井会員も長髪を結んだひもががほどけそうになるほど走りクリアする。
 そして。
 大阪が攻め上がっていたところへ、ディフェンスの裏に抜けたY田選手へパスが通りそうになった。相手キーパーが飛び出してパンチングするも、Y田選手の身体に当たりゴールへボールが転々とした。これを相手のディフエンスが戻り懸命にクリアするが、無理な体勢でのクリアしか出来ないので、強いボールでのクリアはないと見た私がゴール前に詰めていた。そのクリアボールに寄せて、ゴール左隅に右足のインサイドキックで流し込んだ。
 京都チームは驚喜である。今まで弱かった時代からチームを支えてくれた裁判所のHマネ、Oさん、書記官のYさんも飛び跳ねて喜んでいる。今まで苦労をかけたが、やっとマネージャーにチーム全体の格好いいところを見せられた。
 自分で言うのも何だが突き放すこの得点は大きい。ガッツポーズをして、ベンチへ走る。体調が万全ではないが、大会に出てよかった。京都チーム全員の思いが取らせてくれた得点であると思う。
 その後1点を返されたが、終了間際にM野選手のコーナーキックを下がりながらの難しい体勢でK弁護士がヘディングでゴール。これで3-1である。ディフェンスに攻撃にK選手のセンスが光った大会でもあった。
 残り時間はわずか。少しずつ時間が経過する。審判が時計を見る。早く笛を吹いて欲しい。
 そして終了のホイッスル。皆驚喜してグラウンドへ走り込む。
 14年ぶり、そして私が主将になって8年目の悲願の優勝である。
 帰りの新幹線でのビールがこれほど美味しかったことはない。

 来年は京都1は狙われる立場になる。京都2は上を目指さないといけないが、チーム一同一丸となって頑張るのみである。

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