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2008年6月30日 (月)

印紙代

 前にも書いたかもしれないが、訴訟をするには印紙代がかかる。これは我々弁護士が貰うものではなく裁判所に納めるものである。
 無料で訴訟を出来るようにすると、濫用的に訴訟が利用される可能性があるから、心理的なハードルを作るために印紙代が定められているとされる。
 また、上の裁判所に行くほど高くなる。

 例として、1000万円の訴額の事件だと地裁で5万円、控訴審で75000円、最高裁で10万円となっているのである。これ以外に郵便切手代(相手に書類を送る為)と、弁護士を依頼した場合には当然だが弁護士費用がかかる。

 私は日本の印紙代は高いと思っている。濫訴を防止するといっても、訴訟マニアのような人は何度も何度も印紙代を気にせず提訴してくるものだし、彼らに印紙代が歯止めとなっているとは考えられない。
 むしろ、印紙代が高い事件では、印紙代にお金が取られて弁護士費用をディスカウントしているケースもあり、訴訟提起に対する弊害の方が大きい気がする。
 訴訟救助といって、印紙代を猶予してもらえる制度もあるが、最後には支払わなければならない。代理人をしていて、本人と連絡がつかなくなったケースで、印紙代を訴訟救助でしていたケースで、裁判所から納付を求めらてやむなく立て替えたこともあった。本人からはその後支払もないので、完全に赤字訴訟となった。

 最近は訴訟事件が減っているようであるので(弁護士はアホ(失礼)ほど増やそうとしているが。事件が減って弁護士を増やしてどうするというのだろう)、益々印紙代を下げて、訴訟をしやすい環境を作っていくことも必要だと思うのである。

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2008年6月29日 (日)

読書日記6月29日

「武将列伝 戦国終末編」海音寺潮五郎。武将列伝の最新刊である。
真田昌幸、伊達政宗、石田三成などが登場する。真田昌幸は、真田幸村の父親である。幸村は大阪の陣で真田丸を築いて敵を寄せつけなかった大功をたてるまでは無名で、昌幸は「海道一の弓取り」である徳川軍を二度に渡り叩きのめしたことで声望があった。海音寺は、真田昌幸は局地戦では強いが、大きな意味での戦術家でもなければ政治力もそれほどではなかった趣旨のことを書いているが同感である。海音寺も、「幸村の見事さが父親にも好影響を与えた」という趣旨のことを書いている。歴史好きであれば絶対に落とせない作品であろう。

「Dの複合」松本清張。最近は松本清張にはまっているので、読んだ。法律相談の待機時間にほとんど読んでしまった(私はパソコンは持ち歩かない主義なので、外に出ている暇な時間は専ら本を読むことにしているからである)。最近の稚拙な推理小説と違い、最後に「何じゃこれ」というようなところがないのが昔の大家の作品のいいところである(横溝正史も同じ)。ただ、横溝正史の獄門島が、動機にやや弱いところがあるとされているところと同様、この作品も犯人の動機という点ではやや弱いのではなかろうかという気はした。ただし、作品としては素晴らしく面白い。

「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか」山本ケイイチ。パーソナルトレーナーが書いた新書。新聞ででかでかと書かれていたので購入してみた。内容的には目新しいところはなく、若干自らの職業を売り込むいやらしさも見え隠れするが、仕事をする上で体力が重要であることを再認識させられるという点では意味があった作品ではある。
 私もサッカーをするために多少はトレーニングしているのだが、中々鍛え上げるというところまでいかないのが現状であるが、この本を読むとそれも年齢的に仕方がないのかと思ってしまうところもある。それではいけないのだが。

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2008年6月27日 (金)

ネクタイ

 ここのところ身につけるものの話を書いているので、今日はネクタイの話。

 ネクタイも人によって千差万別である。どう見てもそのスーツには合わないであろうというタイをしている人もいれば、物凄く計算されている人、雑誌に載っていた組み合わせそのままの人などいろいろである。

 私はといえば、あまり流行や雑誌での組み合わせは気にせず、ネクタイは基本的に青系統と赤系統が好きで、大半はこの2色系統である。
 バレンタインの時にネクタイを事務員さんからプレゼントでもらうことがあるが、女性はよく見ていてくれるのか、私の好きな色を知ってくれているので助かるのである。
 後は黄色系統を少し持っているほかは、だいたい今締めるタイは赤系統と青系統である。

 黒色のスーツに青系統をすると暗く沈むのと、黒には赤が合うと思っているので、たいていワインレッドのネクタイをしている。ワインレッド系のネクタイは10本はあるであろう。
 赤のネクタイはアメリカではパワータイといわれていて、勝負時に締めるものであるそうである。力強く見えるようである。勝負の世界に生きる弁護士にはパワータイはちょうどいいのかもしれない。
 シャツは薄いピンクにしたりして、赤系統でまとめることが多い。白地に少し柄が入ったものにすることもある。だいたい同系色でまとめるのは無難であるといわれている。

 薄い青色のシャツを来ている時は、同系色の青系統である。これも10本以上はあるであろう。青はその色目からクールな印象を与えるのと、誠実で好印象ということがいわれる。

 ネクタイでオーソドックスなタイとえばレジメンタルタイであるが、最近はあまり締めなくなった。小紋のものとか、ペイズリーとか、動物柄などが多い。ソリッドタイもある。オジサンが動物柄というのは、かえってねらい目であったりするといわれている。
 昔に買って締めなくなったネクタイはたぶん40~50くらいはあるであろう。若い頃は派手なネクタイをしてマジシャンのようであったが、そこそこの歳になるとあまり派手なネクタイは締められない。もう少し歳がいくと、かえって派手なネクタイは若々しく見せるということでよいようである。ただしそれも度合いというものはあろう。
 ネクタイもけっこう見られているようだし、やはり見かけというものも弁護士にとっては大事である気がする。

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2008年6月26日 (木)

お酒(手取川)

 私は酒なくしてなにが人生かというくらい酒は好きであるが、毎日は飲まない。おかげで肝臓の数値もおおむねよい(少し悪いのだが、それは理由は分かっているが書かない。病気ではないし、酒のせいでもない。なんでもええやんか。)。痛風の基準となる尿酸値も平均値で全然大丈夫である。

 周囲からは毎日へべれけに飲んでいると思われているが、週に2、3回しか飲まず、自宅でもビールすらほとんど飲まない。むしろ毎日飲むと体調が悪くなったので、自然とこの飲み方になったのである。皆と飲んでいる雰囲気がないとあまり飲みたいという気が起こらないタイプなのである。

 お酒も身体に合うものと合わないものがある。これは皆そうであろう。
 私はビールはあまり好きではなく、飲んでも1杯ていどである。時には小ジョッキで頼むので、知らない人は一瞬私がお酒が飲めないのかと思うようであるが、ビールはほどほどにしておいて、その後好きな酒を飲むのである。

 昔は焼酎が全然ダメであったが、歳がいってきてだんだん日本酒が翌日に残るようになり焼酎に切り替えてきた。しかし今も一番好きなお酒は日本酒である。ラムが身体に合わないようで、時々カクテルで飲むが、翌日調子がてきめんに悪い。しかし、たいていカクテルを飲むときにはほどよく酔っているので、「今日は大丈夫ではないか」と勝手に思って頼んでしまうのである。ワインもあまり得意ではない。私にワインはそもそも雰囲気的に合わない。

 一番酒が強かった時は、生ビールを2杯飲み、日本酒を1升半空けて、その後ウイスキーをダブルでロックで10杯くらい飲んでも平気で、翌日サッカーの試合で得点を上げたりしていたが、歳とともに弱くなり、今ではかわいく飲んでいる。

 それでもたまには酒を飲まないと調子が悪い。一つのストレス発散なのであろう。

 日本酒で一番好きなお酒は手取川のあらばしりという酒である。これはあまり市場に流通しておらず、置いている店がほとんどない。手取川は、織田信長軍と上杉謙信が唯一戦った手取川の合戦のあの手取川である(なにがあの手取川かわからない人もいるであろうが)。

 ちなみに、私がもっとも好きな戦国武将である上杉謙信は、馬上杯というもので日本酒を痛飲していたようで酒が強かったそうである。もっとも、暗殺でなければ謙信はどうも脳卒中で死んだようであるので、あまり痛飲するのもやはりよくないということなのであろう。
 私も父方の祖父が酒のおかげで早死にしているのであるが、一族の中で大酒が飲めるのは私だけであり、近い一族の中ではこの祖父だけが大酒飲みであったということのようであるので、飲み過ぎないように一族からは注意されている。
 手取川のあらばしりが久しぶりに飲みたい6月である(6月は関係ないという話しもあるが)。

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2008年6月25日 (水)

シャツについて

 仕事で着るシャツについてもいろいろ着た結果、完全なホワイトシャツは着なくなった。結婚式のときと法事の時くらいである。

 普段は色のついたシャツか、ホワイトでも織り柄が入っていたりするシャツを着ている。

 ところで、クールビズが流行る数年前から私はノータイ使用のシャツを見つけたのと、「暑いアジアの夏でネクタイをしているのは日本くらいである。そもそもネクタイは防寒着である」という考えから夏はノータイで過ごしていた。当時は、周りのオジサンから「中君ええなあ。楽そうやなあ。」と言われていた。
 その後小泉さんがクールビズを提唱した結果、夏場のネクタイは随分減り、私がノータイでも何も言われなくなった。猫も杓子もクールビズだと、逆にネクタイをしたくなるのが私の性分なので、今のところ裁判がある日はネクタイをしたりしている。
 しかし、町中のオジサンを見ると、単に普通のワイシャツのネクタイを外しただけという人が多い。せっかくネクタイをとるのだから、ノータイでも見栄えのするようなシャツを着ればよいと思うのである。

 ちなみに、私はドレスシャツの下に下着を着ている。着ないと汗を吸わないからである。本当のドレスシャツは下に(冬でも)下着は着ないもののようだが、冬は冬で着ないと寒いのである。

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2008年6月24日 (火)

 ミッフイーさん、こぐまさんコメントありがとうございます。鞄は増えると置き場に困りますから私も最近購入をぐっとこらえています。他のサラリーマンが使っているのを見てマンハッタンパセージは使用をやめました。また、ふなままさん、老眼にはほど遠いオトシだと思いますが、女王蜂は面白いですよ。

 さて、鞄についで靴の話である。
 前にも書いたが、弁護士はけっこう移動するので、靴にも皆こだわりがあったりする。
 たまに男性雑誌で東京の弁護士が物凄く高い靴を履いて「今日はジョンロブをセレクトしました」なんていう記事があるが、東京の企業法務をしている弁護士は明渡の臭気漂う現場に行くだとか、泥だらけの現場に雨の日に行くとかがない為高い革靴が履けるのである。

 私は基本的には柔らかい靴を履いている。K藤S一郎も同じである。高級革靴を買いたい気持ちもあるし、買って買えないことはないのだが、現場に行ったりたくさん歩くので、あまり高い革靴を買うのはもったいないと思ってしまうのである。
 今はだいぶはきこんだおかげで、スペインのヤンコというメーカーの黒と茶のウイングチップを1つずつ履いているが、これは裏にラバーが貼ってあるので雨の日にも履けるのでよい。値段は5万円前後だったと思う(持っている靴の中では一番高い部類)。ただ、伊勢丹には最近ヤンコが置いていないので、また自分の足に合う靴ブランドを探さないといけないので憂鬱である。
 後はフランスのパラブートというところのUチップ(茶色)を履いている。これは登山靴のように頑健という触れ込みであったので購入した。値段は6万円弱であった。裏がラバーなので雨の日にも履けるので気に入っている。
 他には国産メーカーの柔らかい靴をいくつかもっているが、皆値段は2万円くらいである。
 自分へのご褒美として高い革靴を買いたい気もするが、一般弁護士である私は事務所で「ジョンロブをセレクト」なんて気取ったことはいえず、現場や裁判所を駆け回るので、そうした靴は生涯買えそうにないと最近思うのである。
嗚呼。貧乏性。

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2008年6月23日 (月)

 前にも書いたが、弁護士の鞄は総じて大きくて重たい。
 私の鞄も大きい。マチが20センチ以上ある。雑誌などで紹介されているマチがせいぜい10センチ前後の鞄の特集など弁護士には無用の特集である。

 昔は日本に入り出した頃のトゥミの鞄を持っていたが(そのころはほとんど弁護士は誰もトゥミは持っていなかった)、トゥミが流行って弁護士を含めてみんながトゥミを持ち出したことと、鞄自体の重さに耐えられなくなってきて(トゥミの鞄は重いのである)、いろいろと鞄を変えてきた。ラガシャ、ハートマン、タケオキクチ、マンハタッンパセージなどを持ってきた。
 今はP社(まねされると嫌なので正式名称は書かない。他の人と同じ物は出来るだけ持ちたくないのである)の物を使っているが、先日P社の鞄が潰れたので同じ型番を買った。
 ジッパーの金具が壊れたので、何とか直そうとしていたが、根本的に壊れてしまっていたので、修理に出す間も待てないのでやむなく同じものを買った。
 しかし、今度のモデルはマイナーチェンジされていて、内部のポケットの構造も少し違えば、金具も改良されていた。やはり私と同じように金具が壊れた人が多かったのだと思う。あと、何となくであるが生地が薄くなっているような気がしている(軽量化か。あるいは不況の影響?)。

 ともあれ、気に入った鞄は中々ないのと、しばらく使うと気も変わるので、中古の鞄が自宅と事務所にたくさんある。しかし中々物が捨てられない私としてはいつまでも置いてある。中には二度と使わない鞄もあるかもしれないのだが。

 中には鳴り物入りで日本に入ると即完売という人気のB社の鞄はいつか使おうと思ってとってあったのだが、先日P社の鞄が壊れた時にこれに換えようとして荷物を入れていたらしきりが意外に邪魔をして全然入らないことが判明してしまったので一瞬でお蔵入りである。まあ、これはある程度マチもあるのでもちろん使う機会はあるであろうが。それにしてもしくしくである。

 裁判所や弁護士会と事務所を行き来するときはステファノマーノというところの黒い鞄を使っている。前はフェリージの茶色い鞄を使っていたが、フェリージは小物を入れるポケットがないので少しポケットがついているステファノマーノにかえたのである。
 裁判所に行くくらいだと、鞄にはそれほど物を入れる必要もないので入れ替えているのである。このときは携帯と財布と手帳と筆記具くらいしか入れない。入れ替え忘れるのではないかと聞かれるが、事務所から自宅に帰る時には必ずこの鞄の中身をチェックして入れ忘れがないか確認するように習慣づいてしまったし、入れるものも決まっているのでほぼ大丈夫である。

 気に入った鞄で仕事をしているとやる気も出てくる。
 目下、P社の鞄を越える通勤用の鞄を探しているところである。しかもあまり人が持っていないブランドで。

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2008年6月21日 (土)

読書日記6月21日

読書日記。

「信長と消えた家臣たち」中公新書。谷口克広著。
信長の天下統一の過程で消えていった家臣について書かれた著作。
統一の過程で戦死したり、信長に粛正された為、後世ではあまり知られていない家臣にスポットをあてている。森蘭丸よりも気に入られていた信長の小姓の万見千千代が戦死した為あまりしられていないであるとか、佐久間信盛という本能寺の変直前に突然放逐された武将は丹羽長秀よりも数倍の大身であったにもかかわらず今では丹羽長秀よりも下に見られているであるとか中々興味深い。
 史料に基づいて、家康が岡崎信康を殺したのは信長の命令などではなく、家康自身が父や家老に対して反抗して抑えが効かなくなったことから信康を殺したとある点も興味をひかれた。この説が正しければ、家康が跡継ぎに全くこれといって取り柄がなく、父に従順な徳川秀忠を選んだのも分かる気がする。戦国時代は邪魔になれば父やきょうだい、子殺しは日常のことであったのである。

 「日本歴史を散歩する」海音寺潮五郎。PHP出版。ハードカバーである。先日のブログでも紹介した「長谷川なほ」の話が秀逸。他にも秘剣示現流であるとか、盗賊皇室の話であるとか史料に基づいた様々な逸話が納められていて大変参考になった。歴史好きであればやはり海音寺の著作ははずせないであろう。

 「ゼロの焦点」松本清張。新潮文庫。最近清張の文庫などが再編集されたりしているところであるが、あまり清張の作品を読んでいなかったので興味がありぽつぽつ購入している。戦後の混乱期とそこから生まれた悲劇について、淡々と描かれている。最後の謎解きでは少し夜更かししてしまった。

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2008年6月19日 (木)

モンスターピアレンツ

 少し前に警察に「鍵をかけたか見てきて欲しい」というふざけた理由で110番をしているというケースを紹介したが、モンスターピアレンツもこれと同系統に属するものであろう。
 自らは義務を履行していないにもかかわらず、他人には自らの権利を主張しまくるというところが共通している。
 鍵をかけたか見てきて欲しいという110番をした人間が多額の納税(納税は国民の義務。ただ警察は各都道府県の公務員だが)をしているとはとうてい思われない。そんな性根では仕事をしてもうまくいくはずがないからである。
 

 モンスターピアレンツも自らの子が義務を履行していなかったり、親の方も履行していないにもかかわらず、自らの権利だけは主張するのである。

 日本人はそもそも、要求だけして自らは何もしない人物像を否定し、主張するからにはその裏できちんと自らがなすべきことはしているということが模範であったはずである。これは、「恥アル者」すなわち、恥を知る心ということもできよう。

 しかし、今のモンスターピアレンツに「恥」を知るということは期待出来そうにない。学校でことなかれ主義で運動会などで順位をつけなくなったりしていることが、その人物の社会における位置というものを勘違いさせたまま成人になってしまい、自らは権利主張だけしていればよいという勘違いをさせているように思えてならない。
 マンガなどもよくない。全くダメそうな子が実はすごい能力を秘めていたというようなマンガが多すぎる。

 実際の社会ではダメそうな人はたいていそのままダメである。努力をして一人前になるのであるが、マンガの世界では少し努力をするとめきめき上達する。そんな話は一般社会には存在しないし、あったとしてもレアケースである。
 何も努力しないまま権利主張をするというような風潮が日本を席巻すれば日本人というもののアイデンテティは崩壊するであろう。

 モンスターピアレンツに学校がびしっと言わない「事なかれ主義」で来ていることも問題に拍車をかけているようである。弁護士を学校の苦情解決依頼をすることで、学校側の教師の負担なども相当軽減されると思うのであるが…。

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2008年6月18日 (水)

即独の弁護士が増えていくのか

 大阪弁護士会が即独立を支援するという記事をみた。
 京都の就職状況について聞かれたり、京都はわかりづらいという声も聞かれるところであるが、京都は弁護士の人口比が東京、大阪についで日本第3位である。日本の中でも実は弁護士が過密な方なのである。
 先日地方にいったら、会話の内容から察するに京都よりも開業している弁護士の生活は相当余裕がある模様だった。まだもう少し地方はいけるのかもしれないが、修習生は中央思考や大弁護士会思考が強いようである。また、京都も何となく雅というところが好まれるのかもしれない。

 これからは就職できない人はもの凄い数で増えていくだろう。即独立する弁護士も増えるだろう。しかし、即独立ということは、実務家になってから手本とすべき弁護士がそばにいないことを意味する。
 私は勤務弁護士を6年半やっていたが、勤務して勉強して本当によかったと思っているし、逆に勤務しないでいきなり右も左もわからない状態で独立をしたとしても絶対に失敗するか、依頼者がわかっていないだけで他の弁護士からしたら、「あいつが相手方でよかった」と思われるに違いない。司法修習で得られるノウハウなどたかがしれている。ローもしかりである。実務家になってから私は普通の人であれば、勤務弁護士として働いたことを前提にいわせてもらえば一人前になるには3~5年はかかると思っている(しかもきちんと切磋琢磨した場合)。
 即独立したくてしたい人はいないであろうが、そうであればまだどこかの事務所に机だけ置かせてもらうノキ弁の方が周囲の弁護士の仕事ぶりを見ることが出来るのでまだよいと思う。

 弁護士は、実は医者と比べると経済的にも恵まれていたとはとてもいえないのだが、今後はさらに経済的魅力のある職業ではなくなってしまうであろう。
 

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2008年6月17日 (火)

長谷川なほ

 いま海音寺潮五郎の「日本歴史を散歩する」PHPを読んでいるのだが、その中で感動した話がある。以下の記載は海音寺の同著からほぼ引用している。

 那珂川の河口には港町があり、殷賑をきわめていたが、明治7年に海からの風により河口が土砂で埋まり、河口が南の方に移動してしまったことがあった。そのためにこの町はさびれ、人口も減っていってしまった。

 長谷川なほという女性は、埋まった土砂を少しずつ鍬で掘っていき、海まで細い細い道筋をつけた。もちろん途中にはせっかく掘った溝が雨で埋まったり、「そんなことが出来る訳がない」と町中の人からあざ笑われ、家族のものからも「恥だからやめるように」と言われてもやめなかった。狐憑きとまでいわれたようである。
 そのうち、周りであざ笑う人もいなくなり、なほが掘っていることも忘れていたある秋の豪雨の日、なほが「河口が開ける」と叫びながらやってきた。町の者が驚いて出ていくと、なほが掘った溝を中心に水が勢いよく流れている。町の者も皆鍬を持ち豪雨の中溝を掘り拡げた結果、流れは土砂を押し流し、元の河口が戻り、那珂湊は元の繁栄を取り戻したという。

 海音寺もこの話しに感動したとしているが、当然私も感動した。なほにどのような見通しがあったのか分からない。しかし、「元の河口を取り戻す」というその信念で、周囲から何と言われようと自らが出来ることをやり続け、しかも結果を出したというその逸話には感動しないものはいないであろう。

 我々弁護士も時に相手方や依頼者から誹謗中傷を受けることもあり、誤解されることもある。紛争のただ中に入りこむことからある程度やむを得ないところがある。
 そのときに、なほのように自らの信念を貫くことが出来るよう日々精進したいものである。

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2008年6月16日 (月)

危機管理能力

 弁護士には危機管理能力が求められる。相手方との関係でもそうであるし、依頼者との関係でもそうである。危機管理能力とは、想像力であるといってもよい。こういう行動をした時に、後々どうなるか、どう展開していくかということを瞬時に考えられる能力が求められるといえる。

 そのためには、どこかで自分を客観的に見ることが出来る能力が必要である。仕事などでいっぱいいっぱいの時は自分を客観化など出来ないので、出来ればいつも少し余裕が欲しいものである。

 短絡的な犯罪が多いが、それも想像力が欠如しているためという一面もあるであろう。想像力を働かせれば、逮捕された後の自分の人生がどうなるか、相手の人生がどうなったか、その家族がどれだけ悲しむか、犯罪を犯した自分に関わる家族がどのような眼で一生見られるかなど、少し想像しただけでも考えられることはあるはずである。
 こうしてみると、危機管理能力というか想像力は全ての人に本来必要なものであるだろう。

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2008年6月15日 (日)

ルーキーズ

 最近、久しぶりにドラマを見ている。
  土曜日8時のルーキーズ。先週は日本代表戦の試合をさすがに優先したので見なかったが。
 原作も大人買いしてみた。原作も中々面白い。原作を読むと中々それぞれのキャラが忠実に再現されていることが分かりなお面白い。
 野球はあまり見なくなったが、野球のいいところはタイムアウトのないところであろう。サッカーは残り時間との兼ね合いで、点差が開いていれば勝てる見込みがほぼなくなるけれど、野球は最後のアウトを取るまで分からないからである。あだち充のH2も全巻持っている。
 ただ、野球漫画はだいたい投手がよいことが設定の前提である。投手が悪いと話にならない。主人公はたいてい150キロくらい投げるが、そんな投手はなかなかいないので設定自体がありきたりといえばありきたりではある。
 主題歌もいいので買った。あまりにも奥のなさ過ぎる自分が情けない(仕事の時はいろいろ戦略を練ったり出来るのですが)。
 

 ところで、表題とは話が逸れるが、日本代表はタイ戦で勝ててよかった。自分もまだオジサンサッカーとはいえ選手なので分かるが、40℃近い気温で90分走りきるなど人間業ではない。みな「足が止まっている。走れ」と解説者はいうが、実のところ解説者もここまで走ったら走れないことくらい分かっているのだと思う。
 岡田監督は中村憲剛が嫌いなのかなんなのかわからないがあまり使わなかったのだが、タイでは途中から出て得点まであげたのでよかった。私はボランチとして使うのであれば、遠藤と憲剛の方がよいと思っているのだが。憲剛もアシストもして今回点も取っているのに次の試合で使われなければ「何で」と思うだろう。
 スポーツは何でも監督の考え一つで起用されたり起用されなかったりする。
 私の目から見て結果を残していても、監督の考えに合わないということで控えにされたりするということもある。本人としては悔しいであろうし、見ている方も「何で?」と思うことがある。
 私が監督兼主将の京都法曹サッカー部では、基本的に全国大会や普段の試合は出場ハーフ数に傾斜はあるが全く出られないということはないようにしている。プロではないので、勝利だけを目指していると失うものもあるからである。

 

 

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2008年6月13日 (金)

本代

 私は自宅と事務所がそれなりに離れているので、仕事を持ち帰ることがある。そのときに参考文献があると助かるのだが、それまで入れているといかに巨大な鞄でもぱんぱんになってしまうし腰に悪い。
 そのため、基本的な書籍は自宅にも置いておくことに最近したのだが、条解刑法とか条解刑事訴訟法とか会社法の本とかけっこう高いのである。

 法律書も購入する候補が決まっているものはアマゾンで買っている。
 会社法などは次々に新しい本が出るので油断すると古い版になっている可能性がある。時々版が新しくなっていないか確認するのにもアマゾンの検索は便利である。

 なお、私は基本的に本で調べるのが好きで、人から教えてもらうことは嫌いである。
 逆にいうと、人から教えられるのが嫌いだから本が大好きということも出来る。私がその本を読んでいても、筆者に対して敗北感を抱くことがないからである(たまにやられた!という感じで敗北感を抱くことはある。最近では司馬遼太郎の関ヶ原と城塞)。
 人に聞くことは負けることである(私の勝手な人生観。小さい人間である。悟りにはほど遠い)。でもそういう人はきっと多い。

 本屋でも目当ての本がなかったら店員さんに聞けばよさそうなもんであるが、私は聞かない。本屋のパソコンで検索もしない。ひたすら自分で探す。アマゾンの検索は自分の事務所でせこせことしているからこれはオッケーである(何がオッケーかわからないが)。

 普通の人が人生で体験できることは限界があるが、本はそれを補ってくれる。家康だったらこういう時どう考えるかとか考えることが出来る。
 法律書も様々な見解が書いてあったりして時間に余裕がある時は、「ここの記載をどう引用しようかなどと余裕をかまして面白く読める時もある。

 夕方や昼間私が何もしていないように見える時は文献などを読み込んで考えている時である。決してさぼっている訳ではない。決して。たまにそのまま寝ていることもあるが、それは寝ながらもきっと思索しているのである。

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2008年6月12日 (木)

帰雲城

 埋蔵金マニアの中で有名な一つが、この「帰雲城の埋蔵金」である。
 帰雲城は、岐阜県白川村にあった城で、内ヶ島氏の城であった。この帰雲城は金山を有していたため、内ヶ島氏は裕福であったとされる。

 ところが1586年に大地震で一夜にして帰雲城は地中に埋没してしまった。そのため内ヶ島氏は滅亡し、城と金山も埋まってしまったというのである。
 戦国時代末期は日本は空前のゴールドラッシュで、豊臣秀吉がとてつもない量の黄金を巻いたことは有名であるが、この時期は各地で金山・銀山が掘られていた。武田信玄も黒川金山などから出た甲州金があったから遠征が出来たといわれている。

 この帰雲城も金山を有していたので、城の中には軍資金が相当貯えられていたはずであるとされ、埋蔵金伝説の中ではもっとも確証が高いランクにあげられているものである。
 地元ではシンポジウムも開催されるほどまじめな話である。
 これだけ技術が発達しても、調査は出来ないものかと思ってしまうが、埋蔵金は埋もれているからこそ埋蔵金なのであり、ロマンは残っている方がよいかなとも思ったりしてしまうのである。

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2008年6月11日 (水)

擬態

 熱帯雨林に住むトカゲや昆虫が襲われないように葉っぱや木に擬態している写真集を先日購入したが、生物が種族、自らのDNAを残すための努力はすさまじい。
 トーマス・マレント「熱帯雨林の世界」という写真集で、16年にわたり熱帯雨林で撮影してきた労作である。事務所に置いてあり、子どもが来て騒ぐ時に大人しくしてもらうために漫画などと一緒に置いてある。売上の一部がイギリスの熱帯雨林保護団体に寄付されるので、熱帯雨林の保護にも役立つというすぐれものである。
 上手く擬態して鳥などに襲われなかった種族が残ったのであろうが、本当にこの写真集は面白い。
 どうやって擬態していったのか、どうしたらこんな風になるのか本当に興味はつきない。種族を残すため擬態しているというところまでは解説されているが、具体的にどのようにして自らを葉っぱにしか見えないように変えていったのかという生物学的システムはどのようになっているだろう。完全文系男の私には想像すら出来ない話である。

 この点、眼が誕生したことから、他人から姿が見えるようになったことから、自らを変えていったがために、カンブリア紀には大進化が起こったという仮説から書かれた「眼の誕生」アンドリュー・パーカーという作品も少し前に読んだのだが(これも大変面白い作品。)、擬態している姿を見ると本当に生物の「生き残る」為の生存競争はすさまじいと感心させられる。

 熱帯雨林保護の為にも是非購入して欲しい写真集である。ちょっと高いけど(7000円以上する)。
 知り合いであれば事務所に来たら見せてあげます。

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2008年6月10日 (火)

石田三成

 石田三成は関ヶ原の戦いの西軍の実質的総大将であるが、その性格が潔癖すぎたため、勝利者にはそもそもなれなかったといえる。
 石田三成は自身が頭が良すぎてミスをしなかったせいであるかと思うが、ミスを許せない性格であったようである。そのため、些細なミスまでを秀吉の耳に入れて、一時期、朝鮮の陣での軍紀違反などを問責された結果、加藤清正などは秀吉から勘気を蒙り、目通りすらかなわなかった時期がある。朝鮮の陣における在韓諸将のミスの指摘をしまくったおかげで、秀吉の死後朝鮮の陣から戻った武将はたいてい三成を憎んでいたようである。
 頭の良い人は人のミスが目についてしまうものである。しかし、さらに頭のよい人は他人と自分とは違うものだという前提がある。自分に出来ることが他人に出来ないことはあり得るので、人の上に立つ人物というのは我慢が必要なのである。小さなミスばかりあげつらっていては、人はついてこないであろう。

 一方、朝鮮の陣で最も得をしたのは家康である。家康は、日本の前線基地の名護屋までは行ったが、決して渡航しようとせず、ここで数々の武将と懇ろになったのである。ミスばかりをあげつらった三成と、ここで顔を売った家康。既にこの時関ヶ原の勝負はついていたのかもしれない。
 

 三成は「豊臣家の御為」として兵を起こしたといわれるが、三成としてはこのまま家康の天下となれば当然自分はこれまでのように権勢を振るえないから、政治家としての自分の地位を確保するために兵を起こしたところがあったことは否めないであろう。

 三成は人を遣うのが下手であったようである。気が合う家臣からは相当慕われていたようであるし、領地の民からも慕われていたようであるが、総大将となりうる器量ではなかったようである。清濁併せのむというようなところがなく、人情の機微にも疎かったといえよう。逆にいえば家康に比べて裏表のないところが好感がもてるともいえ、そのようなところを家臣や領地の民は慕ったのかもしれない。
 関ヶ原の戦いでもっとも強かったのは石田隊と宇喜多隊、大谷隊であることからしてもそのことがわかろうというものである。

 三成の関ヶ原の敗因はいくつかあるが、最たるものは寝返り工作に対してあまりに疎かったからであろうか。その他、関ヶ原で過去に例を見ない的中突破を果たした島津維新の気分を害したこともあるだろう。
 大谷吉継は、裏切りのありうることを見越して陣取り、裏切りが出た時にしばらく少数の人数で支えたほどの名将であるが、彼は三成の親友であった為、三成が負けることを見越していたにもかかわらず西軍に投じたといわれている。
 大谷吉継はハンセン病に罹患しており、ある時秀吉の御前で茶の中に鼻水をたらしてしまったことがあった。当時ハンセン病は業病と考えられていたので、そのような鼻水をたらしたことが分かれば腹を切らざるを得ないと考えていたところに、三成が、吉継が鼻水をたらしたことを十分分かっていながら、「喉が渇き申した」といいながらその茶を全て飲み干して吉継を救ったため、恩義を感じていたともいわれている。
 吉継に関しては、またどこかで書きたいのでこの程度にするが、西軍の敗将は、負けはしたがいずれも爽快感を感じさせてくれる武将達である。

 三成は、関ヶ原で敗れて大阪城に帰ろうとしたが、途中捕縛され(自ら縄についたともいわれる)、斬首されたが、最後まで堂々としていたところは見事である。これから斬首される寸前に、喉が渇いたというと柿を出されたところこれを食べなかった。なぜかと三成に聞くと、「柿は痰の毒になるのでいらない」と言ったという。
 これを聞いて、首切り役人が「今から首を斬られるものが何をいうか」とあざ笑ったところ、「大志のある者は最後の時に至るまで命を大事に思うものだ」といって泰然としていたという。最後の最後まで三成は諦めなかったのである。これも心に響く逸話である。

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2008年6月 9日 (月)

亡くなられた被害者の方のご冥福をお祈り申し上げます。

 秋葉原で痛ましい事件が発生してしまった。
 現時点で供述していることで分かっていることは、「世の中がいやになった」から犯行に及んだということである。この台詞は何回かこのような凶悪事件で見たことがあるが、世の中がいやになったからといって、「誰かを殺す」という必然にはならないはずである。

 私は自殺を奨励するつもりはないが、他人を殺害したあげく死刑になって死ぬくらいなら、1人で誰にも迷惑をかけずに死んでくれた方がましである、とこういう事件に出会うと思わざるを得ない。

 責任能力に問題がない限り、確実に死刑となるだろう。
 死刑反対論者はこうした犯行にも死刑は不当だというのであろう。私は死刑賛成論者である。死でもってしか、いや死でもっても償えない罪というのはありうるのである。
 残虐な刑罰は憲法で禁止されていることは分かっているが、鋸引きとか、市中引き回しの上獄門さらし首などの昔の残酷な刑罰も、このような事件が起こる度に復活させてはどうかと思ってしまう。

 犯罪人として逮捕勾留された後は隔絶した世界で生きていかなければならない。不自由な生活が待っている。そして今回のような事件では死刑が待っている。犯人はそのような後のことまで想像したであろうか。最近の犯行には、想像力が欠如している行動が目に着くように思われてならない。
 現実の世界では、死んだ人は生き返らない。一部の漫画やゲームでは簡単に生き返るが、現実の世界ではあり得ないのである。

 犯罪被害者支援に携わる弁護士として、このような事件によって亡くなられた方の冥福をお祈りするとともに、遺族の方々の悲しみをただ慮るばかりである。また、傷害を負われた方の怪我が完治することも祈念するばかのである。
 この事件の遺族や被害者ご本人が、少しでも犯罪被害者に関わる支援センターや弁護士によって、少しでも救われることがあればと思うばかりである。

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2008年6月 8日 (日)

読書日記6月8日

最近の読書日記。

 司馬遼太郎「果心居士の幻術」。短編集。伝説の忍者飛び加藤を描いた短編が気に入った。その恐るべき幻術を恐れた上杉謙信に殺されそうになったところを逃げ出し、武田信玄に使えようとしたが、合理主義の信玄が飛び加藤を殺したといわれている。海音寺潮五郎の「天と地と」では謙信に撃たれて殺されている。熊若という忍者に殺されたという説もある。

 司馬遼太郎「城を取る話」。司馬が唯一映画の原作として書いた作品。石原裕次郎の「城取り」という映画の原作である。確か隆慶一郎がこの城取りの映画の脚本を書いていたように思う。娯楽作品である。

 司馬遼太郎「梟の城」。最近にも映画化された作品の原作である。司馬は忍者を描くのも非常にうまい。フィクションのように見えて、最後に実は史実を踏まえた上での作品であることが分かる。どこからこれだけの史料を読み込み、探す時間があったのだろうか。司馬はやはり超人である。

 レイモンド・カーヴァー「頼むから静かにしてくれⅠ」。村上春樹訳。カーヴァーの短編集である。カーヴァーは登場の時既にオリジナルで、アメリカ文学に非常な影響を与えた作家である。この中では、「サマースティールヘッド(夏にじます)」がよかった。想像力をかき立てる独特の作風である。

 司馬遼太郎「人斬り以蔵」。短編集である。幕末に彗星のように現れて死んだ官軍の司令官大村益次郎を描いた「鬼謀の人」がよかった。すさまじいばかりの司令官としての能力である。司馬は、軍事の天才というものは各民族に数人しか現れないとして、その1人を源義経とし、ほかにこの大村益次郎をあげている。

 松本清張「点と線」。名作であるが、読んでいなかったので購入。これが社会派推理小説の草分けとなったとされるが、読んでおいて損はしない作品であろう。

 

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2008年6月 6日 (金)

スーツのサイズ

 弁護士4年目くらいに寝酒をしないと眠ることが出来なくなりガンと太った後少し体重を落とした以降、あまり増減がなく推移している。弁護士になった時と比べると今は7キロほど増えている。その意味で、本当は最低でもあと7キロくらいは落としたいのだが、お金を貯めるのが難しいのとは違い、脂肪は簡単にたまっていく。

 ガンと増えて少し減った後、体重はあまり変わっていないので独立してからはスーツのサイズも変わっていないのだが、最近数年ぶりに会うと、たいてい「太った?」といわれる。何でなのか考えているのだが、
 1、知人の気のせい
 2、身体がたるんできて肉が落ちてきたのでそのように見える
 3、実は体重計が壊れている。
 4、肉がつく場所が変わった。
 5、スーツが明るい色なのでそのように見えるだけ(1にほぼ同じか)
のどれかなのだろうかと考えている。
 周りを見渡せば、ほどほどに食べて酒も飲んでいるのに全く体型が変わらない人もいれば、見事に変わり果てた人もいる。場合によれば同一性が認識出来ないかもしれない。
 逆に一度ガツンと太った後、医者から「命に危険がある」と言われて痩せた人もいる。
 運動で痩せたのに病気かと思われて気の毒な顔をされている人もいる。
 実は身体に素晴らしく肉がついているのに、顔がほっそりしているおかげで単にばれていない人もいる。
 黒酢を飲むといいと言われて飲んだが、胃が焼けて体調を壊した(割って飲むものだとあとで知った)。
 ジムに行けば痩せられるのは分かっているのだが、ジムに行って鍛えるととてつもなく眠くなり仕事にならない。
 困ったもんである。

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2008年6月 5日 (木)

久しぶりの出張

久しぶりに泊まりで出張していた。勉強会の講師に招かれていたのである。
夜に同期が宴会をセッティングしてくれたので楽しい出張だったが、センシティブな私はホテルでは寝付けないので寝不足気味である。まあ、1時過ぎまで飲んでいたせいもあるが…。

ゆっくり観光でもしたかったが、仕事がたまっていたので朝早く起き出して帰ってきた。
仕事を後回しに出来ない性格のためこういう時は損である。

帰ってくると郵便物やファックス、相手から出た準備書面、電話連絡メモが溜まりに溜まっていた。私など1日だけ事務所を空けただけでこれなのだから、1週間事務所を空けて海外に行ったりしている弁護士がいるが、前後は地獄ではなかろうか。

今は勤務弁護士のK君がいるので、まだ空けていても気が楽であるが、1人事務所だと事務所を空けるのは大変困りものである。

仕事があるうちが華であるので、ぜいたくな悩みかも知れないが。

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2008年6月 3日 (火)

ボブ・ディラン

 何かのテレビで先頃ボブ・ディランを見て、「歌がいいし、かっこいい」と思ってベスト盤を2枚購入した。
 私はほとんど海外のものは聞かないが、たまにはまるアーティストがいる。

 ついでにDVDも購入して夜に少しずつ見ている(あまり時間がないのと、読書もしたいからである)。DVDは2組購入した。

 とはいっても海外のアーティスト事情に疎いので、ディランがどれだけすごいアーティストでどんな人かというのは今もまだ分かっていない。まあそうした知識なしに聞くのも個人の自由である。

 本当に若い頃のディランの写真を見ると下ぶくれのお世辞にもかっこいいとはいえないお兄ちゃんなのだが、年を経るにつれて渋みが増していっている。
 若い頃格好よくても、年がいって不細工なオジサンになる人もいるが、年がいって渋みが増してかっこうよくなる方が理想である。
 私は髪の毛が薄くなっていっているので、若い頃もかっこうよくなければ、年がいってからもかっこうよくないオヤジになりそうであるので、年を経てから渋みを増すディランのような男はうらやましい。

 もちろん歌も気に入っていて、ほぼ毎晩のように少しずつ聞いている。
 他の人がカバーしてディランの歌だと知らなかった歌もあった。天国への扉がそうである。

 「激しい雨が降る」とか、「風に吹かれて」とか「ライク・ア・ローリングストーン」とかちょっと考えられない詩である。
 サザンオールスターズの桑田佳祐が嘉門雄三という名前で名曲をカバーしたアルバムがあるのだが(レコードのみで発売され、私もテープで持っているのみ。CD化の予定はないとのこと。ちなみに嘉門達夫の嘉門は桑田佳祐がこのアルバムで名乗っている嘉門から来ている。)、その中でもディランのジャスト・ライク・ア・ウーマンが歌われていたことにディランを聞いてから気づいた。

 かっこいいなあ、ディラン…。

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2008年6月 2日 (月)

無料法律相談

 最近は過疎地の法律相談に行くようになったので、区役所などの無料法律相談は担当していない(過疎地に行くと免除される)が、勤務弁護士の頃はよく行った。自分の担当のみならず、ボスの担当までほとんど全て自ら交代して行っていた。修習生から弁護士になって、相談が愉しかったのである。

 無料法律相談は無料ということもあり、時間も短い。1人15~20分で事案を聞いて回答までしてあげないといけない。これは相当大変である。現場で鍛えられるというが、無料法律相談では相当鍛えられたし、分からないこともあった。その場では答えられず、事務所に戻って調べた結果を(了解を得て)郵送したことも多々ある。

 一般の人の感覚だと、医者にいって3000円支払うよりも、弁護士のところにいって5000円支払う方が「なんでやねん」と思うであろう。医者の3000円は保険が7割なので、実は1万円が医者に入ることになるのであるが。その点弁護士は保険などないから、入ってきたものが全てということになる。ただ、日本人一般に、「聞くだけで費用が何でかかるのか」という意識もあるであろう。ノウハウにお金を支払うという発想じたいが希釈なのである。そのこともあり、有料相談には列が出来ないのに、無料には列が出来ることになるのである。
 さらに、5000円という相談料は下手をすれば一家計の5日間分くらいの食費であったりすることもあり、相談料は相当弁護士へのアクセス障害となっていると思われる。

 話が逸れたが、無料法律相談では前記のとおり列が出来る。いきおいたくさん聞かねばならず、相当ヘビーである。中には時間がないことに怒られる人もいるし(それならば時間がもう少しある有料の方に行って欲しいのだが。)、アドバイスに納得出来ない人もいるし、弁護士に捨て台詞を吐いて嫌な記にさせられることもしばしばである。我々としても行政サービスの一環として弁護士会が委託を受けてやっているので、出来るだけ気持ち良く帰ってもらいたいが、ウソを言うわけにもいかず、本当のことや見落としをいうと物凄く怒られたこともある。しかし、何も弁護士が意地悪でそのような回答をしている訳ではないのであるが…。

 今は無料法律相談の担当を免除されているのでしばらくこういう目に遭っていないが、相談に行かれる方も、担当の弁護士は出来る限りの回答をしようとしているのが通常であるから、気に入らない回答が出たからといって、食ってかかったりしないで欲しいのである。

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