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2008年12月10日 (水)

読書日記12月10日

読書日記。

「司馬遼太郎が考えたこと 3」。司馬遼太郎。司馬遼太郎が書いたエッセイや小説のあとがきを集めた作品。1巻を読んで2巻を読もうと思って探したが整理が悪く見あたらなかったので3を読んだ。龍馬が行くを書いていた頃であるので龍馬についての記述が多い。これらが書かれたのが私の生まれる前であることに驚く。現代の議論状況と司馬の指摘は何ら変わりがないのである。天才としかいいようがない。30代後半で司馬のおもしろさに気づいたということは私にとって幸運であった。
 吉田松陰のことを少し書いたくだりが好きである。吉田松陰は松下村塾で教えたといっても実は3年程度のことに過ぎないが、松陰は周囲から敬われる何かを持っていたと書かれている。松陰はいわゆる安政の大獄で獄死するのであるが、牢に入っている荒くれ者のことごとくが松陰を敬うことはなはだしかったという逸話が書かれている。私にも松陰のようなところが少しでもあればと思う。

「影の地帯」松本清張の推理長編。最近松本清張の長編を読んでいなかったと思い買い置きをしている本の中から選択。謎が謎を呼ぶ展開だが、後半にバタバタっと謎解きがされてややバランスが悪い作品となっている。連載時にページ数の制限があったのかもしれないが、その点が残念である。終わり方がとうとつなので、そうした事情が当時あったのではないかと考えてしまう。

「渡された場面」松本清張の推理長編。影の地帯がやや消化不良な作品であったので、もう一つ読んでみようと買い置きの中から手に取った。松本清張の作品にはいくつか読むとプロットというか小道具が似ている作品があるが、これはそのうち小説の盗作が絡む作品である。殺人の動機も他の作品でも使われている動機であるが、そこにもう一つの事件を絡めているため犯人が追い込まれていく(これは犯人が分かっているタイプの作品である。刑事コロンボもそうだが。)過程にひとひねりされているところが影の地帯よりは楽しめた。

「深夜特急5 トルコ・ギリシャ・地中海」沢木耕太郎。4まで読んでいて中断していたので、横浜家裁相模原支部まで離婚調停に行く時にちょうど電車に乗るのでいいかと思って持っていった。文庫化されにあたり、後ろに対談を載せているのだが、これが余計である。
 これを載せることによって、深夜特急5で自分を見つめているような記述がその実何も見つめていなかったのではないかという気にさせられる。対談で語る沢木を見ていると、深夜特急じたいがうさんくさい作品に見えてくるのである。司馬・松本清張・津本陽などの作品にはないうさん臭さが見えてしまった。何かが小骨のように刺さるのである。沢木のナルシズムが全面に見えてしまうからかも知れない。また、これを書いていた沢木が当時40代くらいだというところで成熟していないせいかもしれないが、「俺、俺のこと好き。この作品でそれを見て!」というように見えてしまった(あくまで私の感想だが)。ナルシズムを全面に押し出す人というのは周りからすればうっとうしいものである。
 6を続けて読む気がしなくなってしまったが、5まで読んだのでそのうち読むと思う。1から4までよりも内容が劣化したのではないかという気にもなるが。辛口コメントばかりになったが、作品としては大変面白いことを付け加えておく。全巻についていえるが、最後の対談は読まない方がいい。

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