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2009年11月23日 (月)

根来

 司馬遼太郎が考えていたことの8巻を今読んでいるが、その中で、紀州の根来衆の話を書いたくだりがある。
 根来衆というのは、戦国時代の紀伊(和歌山)の根来の傭兵のことで、鉄砲で武装した集団であり、種子島から鉄砲を本州に伝え、工夫して大量に生産をし、これを戦国大名に売り、その利益でもってさらに鉄砲で武装をした集団のことをいう。
 そもそも根来という姓は戦国時代の頃にはなく、現在根来と名乗っている人は、根来にゆかりのある人かなにかであるということも書かれている。

 その中で、熊取あたりに「中」という豪族がおり、南北朝時代に南朝について戦い、戦国時代の頃「小左次」という者が実家の富裕さもあり、根来の幹部になっていたが、秀吉の攻撃に遭い離散し、浜松の徳川家康に仕えたところ、「元は根来に居た」という理由で根来という姓にあらためたというくだりが出ている。
 中というのは姓名辞典で見ると、和歌山あたりの豪族の姓だということであり、私の父親が和歌山で、父親が母親と結婚した頃父親の実家は見渡す限りの田畑を持っていたそうであり(母親はその時父親が金持ちだと思って喜んだそうであるが、田畑をいくら持っていても現金収入はないので、あのときだまされただまされたと私に恨み節のようにいうのである)、それだけ土地を有しているということはそれなりの家系ではなかったかと思ったりして、私自身が豪族の中家の末裔であれば、私の愛読する司馬遼太郎のエッセイの中に少しでも自分の先祖が出ていることになり、ただ素直にうれしいのだが、実際のところは過去帳を見た訳でもないのでわからない。

 母親の先祖の方は四国か何かで鉄砲の指南役をしていたということであり、母の父は日露戦争に従軍したとも聞いていたが、成人して考えるとどうも祖父の年齢からすると日露戦争に従軍出来たかどうかというと年齢が合わないような気もしている。

 結論めいたこともないが、昔は姓は主君のお声掛かりや、本人の考えで変えられたし、土地の名前を姓とするようになったり、戦国時代に出来たにわか大名は、みな江戸幕府に系図を出すのに系図を適当にねつ造したというような話からすると、先祖などどうでもいいではないかという気にもさせられることもあるが、まあ本の中に自分とつながりがあるかもしれない先祖の姓を見て、あれこれと想像をめぐらせるのはそれはそれで楽しいともいえる。

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