アマガエル
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
「吸血鬼伝承」生ける死体の民俗学 中公新書。平賀英一郎著。
私が時々読んだり取り上げる吸血鬼について、「吸血鬼ドラキュラ」が書かれる以前のトルコや東欧の吸血鬼伝承について出来るだけ原典を引用しつつ、比較した学術的な新書である。
似たような内容が繰り返される為、若干読みづらいが、ここで書かれている「吸血鬼」を見るに、ナショナルジオグラフィックチャンネルで科学的に解明された内容が正鵠を得ていると確信する。
今は入手が難しいようである。
「ツイスター」
映画である。どのようにしてこの竜巻と被害を撮影したのかCGにしてもすごい技術である。内容的には、オーソドックスなアメリカ映画で、ラストも筋書きもほぼ予測できたが、特撮技術に感嘆した作品。
「バーティカル・リミット」
これも極限状態を描いた映画。ヒマラヤで遭難した妹を助けるために、父親のザイルを切らなければならなかったトラウマのため山登りから遠ざかっていた兄が救出に向かうというもので、筋書きや展開もほぼ読める作品。岸壁から落ちそうになったりなど、ハラハラさせられるシーンは見物。
「悪人列伝」古代篇 文春文庫。海音寺潮五郎。
海音寺潮五郎の悪人と言われた人物を描く列伝のシリーズ。
奈良時代から平安時代の悪人を描いているが、いろいろなところに「紀(きの)」姓が出てくるが、私のところの事務所の女性弁護士の姓は、こんな時代から文献に多々出ているのだと思うと、京都の歴史の深さを感じる。
悪人とはいっても、世間からそういわれているだけで、海音寺がそう思っていたかどうかは別のようであり、平将門などは、小説も書いているほどなので、好感を持って描いている感じがする。
歴史好きなら、海音寺の作品は外せない。
「日本は世界五位の農業大国」大嘘だらけの食糧自給率 講談社α文庫。浅川芳裕。
これはものすごくおもしろい親書である。日本の農業は世界に比べて競争力がなく、自給率も他の諸国と比較してきわめて低いとされてきたが、それがすべてウソであり、すべては農林水産省が天下り先と天下り先の権益確保のために国民を欺いているというのであるが、この本を読むと、農林水産省がいかに国民をだまし、また、自給率の計算方法がいかに虚偽に満ちているか、また、農林水産省の役人が、天下り先で以下に無駄な税金で多額の役員報酬を貰っているか等々が明るみになる。
また、民主党がしようとしていることが、農業従事者の票を獲得するための政策に過ぎず、国民の血税がいかに無駄に使われようとしているかということも赤裸々に書いてある。
これは今年度必読の書といえよう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
たまにいるのが、表題のようなタクシー運転手である。
乗り込むと、アクセルを踏み込んでは放すを繰り返し、前の車との車間距離を詰める。そしてブレーキもよく踏む。やたらハンドルをさばく、というものである。
運転手は自分が運転しているので、次にどう動くかが分かっているのであろうからどうもないだろうが、後ろに乗っている方としてはたまらない。
また、得てしてこうした運転手は、「自分は運転がうまい」と思っているから、自分が悪いタクシー運転手であるという自覚もなさそうである。
そうした運転がしたいのであれば、休みの日に自分の車でしてくれといいたい。
あるいは、客を乗せて居ないときに好きな運転をすればいい。
しかし、客を運ぶことが仕事なのであるから、後ろに乗っている客が気分よく目的地に着くことが出来る運転をして欲しいものである。
後ろに乗っているものとしては、急激なアクセルの踏み込み、放すを繰り返されると、踏み込まれる都度身体が慣性の法則で後ろに持って行かれてつらいし、ブレーキもよく踏まれると同じことがいえる。
また、車間距離を詰め過ぎられるのも怖い。
アクセルは一定の力で踏み込んであまりスピードに差がなく、車間距離も適度に取り、ブレーキも柔らかく踏み込むというのがその理想である。
先日、荒いタクシーにたまたま乗った為に、1時間ほど気持ちが悪かったことがあった。
ぷんぷん。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
先日スカパーを見ていたら、川にサメがいるという番組をしていた。
アメリカ東部の川では、河口から900キロも遡ったところで、オオメジロザメが捕獲されたというのである。オオメジロザメは、人間を襲うサメで、現実にアメリカ東部の川ではサメによる襲撃で命を落とした人もいるとのことである。
ニシオンデンザメというこれまた人を襲える深海にいるサメも川に居たりした。これでは安心して川で泳げないであろう。
アメリカの川は流れが広く、深く、ゆったりしているので、サメも遡上するのであろうか。
日本の川ではサメが遡るということは不可能であろう。
生きていくためなのかは分からないが、サメがなぜ川に住むようになったのか、どのようにして適応しているのかについてまではその番組では検証されなかった。
コイでも汽水域に住んだりするので、海水の魚も慣れれば川で住めるのかもしれない。
しかし、川で泳いでいてサメが出てきたら本当に驚くであろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
信玄は家康と秘密協定を結ぶと、駿河に侵攻し、家康と今川家の領土を分け取りにする。
駿河は一門の重鎮である穴山梅雪に任せ(それだけ穴山は武田家では重要な家で、梅雪は信玄が死んだ後は自分が一門を継ぐべきと思っていた節がある)、同盟が断絶した北条氏との小競り合いなどを経て、信じられている説によれば、信玄は上洛するため軍勢を率いて甲斐を立った。
それが、信玄が甲斐を見る最後になろうとは彼自身予想もしなかったのか、あるいは死期を悟っていたのか、そのあたりは史伝がないのでよくわからない。
甲陽軍艦という書籍による史実が語られるが、甲陽軍艦はどうもうさんくさいところが多々ある。
ただ、実在しなかったのではと言われた山本勘助が実在の人物であったり(諏訪湖から願文を彫った石が発見された)、虚実ないまぜにしておもしろおかしく語っているのであろう。
信玄の上洛については以前書いたので、ブログ内を「武田信玄」で検索してくれれば書いてあるので興味のある方は読んでいただきたい(左下の方に検索出来る窓があります)。
信玄と謙信は、戦が強い天才的武将であったにも関わらず覇業半ばにして若くして死んだというところ、両者が強力なライバルであったところ、川中島の一騎打ち伝説からして日本人の琴線に触れることなどから、今でもコアなファンがいる武将の1人であり、私も嫌いではない。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
「平家伝説殺人事件」角川文庫。内田康夫。
タイトルと異なり、全然平家伝説は関係ない。しかも推理小説の基本中のキを破っている。推理小説ではない。
推理小説ではなく、主人公の浅見光彦が好きなら読めばいいという感じである。
「共犯者」新潮文庫。松本清張。
松本清張の短編集。久しぶりに清張を読んだが、その構成力と余韻はやはり独特のものがあり、人生の一場面が切り取られていて、しかも人生に役立つことばかりである。
読んでいるうちに、自分が悪い主人公の立場になってしまっていることにも驚く。
突発的に人殺しをしようとした「発作」は、何十年も前に、今の理由なき殺人を予言しているようで恐ろしい。その他の短編も秀逸である。
「白い十字架」中公文庫。森村誠一。
推理小説にヒマラヤ登山を重ねた山岳小説と推理小説の融合のような話であるが、人生で読まなければならない本かどうかと聞かれたら、読まなくてもいい本といわざるを得ない。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
信玄は信濃を手中にしたことで上杉謙信と国境を接することとなる。
仮に越後に謙信ではなく、もっと凡庸な武将が国を治めていたら、日本の歴史は変わっていたであろう。
信玄は越後も属国として、西上野の一部、飛騨の一部を支配下に置き、さらに駿河、遠江も配下に置けば、周辺の豪族は信玄の威勢になびき、統一がひょっとしたら出来たかもしれない。
しかし、天は時にこうした配剤を行う。
戦国時代を通じて、最強の兵は信玄か謙信の兵であったことは疑いがなく、その両者が国境を接してしまったのである。もっとも、それは信玄が信濃を攻略したからであるが。
そして、川中島の戦いが起こる。川中島の戦いはそのほとんどはにらみ合いで終わっているが、一度だけ激闘が交わされている。
これについてはいつか書こうと思っていて、関連する本も五冊くらいは読んでいるのだが、戦国最強の二人が戦い、しかも、一騎打ちをしたという伝説つきであるから、歴史好きにとってはこたえられない素材であろう。
川中島の戦いについての名作といえば、海音寺潮五郎の「天と地と」であろう。これを読まずして、川中島の戦いは語れない。
謙信と信玄とを比較すると、ものすごい文章になるので、ここではそれは割愛する。
信玄にとって転機は、1560年にやってきた。桶狭間にて、駿河・遠江・三河を手中に収めていた太守今川義元が織田信長によって討ち取られたのである。
跡を継いだ今川氏真は戦国武将としてはきわめて凡庸であったことから、信玄にとって駿河は攻略すべき先以外の何ものでもなくなった。
南に出れば海があり、また、駿河には金山がある。信玄は駿河に侵攻しようとしたが、嫡男の武田義信は、今川氏から妻を迎えていたことからこれに反対。謀反を企てたが、事前に露見して幽閉されて後に死ぬ(死因には諸説あるが、殺されたのであろう)。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
晴信はどんな男であったかというと、上杉謙信よりは人間くさいところがあったと思う。私は謙信ファンだが、謙信は人間離れしているところがあり、理解しがたいところがある。またそこが魅力でもあるが、信玄は、まずは色欲がすごい。
戦国時代は男色は一般の風習であったが、信玄が衆道の相手である美少年の小姓に送った恋文などは、色欲の強さを伺わせるが、その一方で、信玄の人間臭さも浮かび上がらせる。
信玄は、女性にも目がなく、女性のところに居続けて政務に触りが出ることもしばしばであったという。
信長にはこんなところは全くなかったし、秀吉も仕事に支障が出るような女性との付き合いはしなかった。家康も同様である。信玄はこの点でもやはり天下を獲った3人と比較すると、人間くさくはあるが、人間としては敵わないところがあったように思われる。
ただ、欠点がある方が仕えている方からするとかわいげがあるというか愛嬌があるということになるであろうから、配下は女性のところに入り浸りになる信玄を見て、かえって「ほっておけない」ということになったもかわからない。
人の上に立つ人間には愛嬌が必要だといったのは松下幸之助であったと思うが、上杉謙信には愛嬌はなかったと思うが(ただ、謙信は酒好きであったので酔うと実はムチャクチャであったというようなエピソードはあるかもしれないが)、信玄には愛嬌があるであろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
朝日新聞の記事である。「払いすぎた金利を貸金業者から取り戻す「過払い金返還請求」をしたばかりに、弁護士や司法書士の事務所からいきなり予想外の報酬を求められるトラブルが続発している。借金額に上限を設けた法改正で、借金返済に窮した債務者が返還請求にすがる動きが予想されるなかで、日本弁護士連合会は新たなトラブルを生まないよう、規制強化を検討している。 秋田県の男性(66)は2008年冬、「利息を取り戻し、借金を終わらせませんか」と書かれた新聞の折り込みチラシに目がとまった。東京都内の弁護士事務所による出張相談会の宣伝だった。 消費者金融3社に、計70万円の借金があった。秋田市の相談会場に出向くと、男性弁護士から「100万円は過払い金が戻ってくる。手数料もそこから賄える」と説明され、債務整理を頼んだ。 後日、「調整金」名目で2万円を払ったが、それ以降、事務所から連絡は途絶えた。 1年後、突然届いた「債務整理完了報告書」には、2社分の過払い金40万円を取り戻したと記されていた。が、費用は着手金、成功報酬などで計60万円。差額20万円の分割払いを求められた。 男性が地元の多重債務者の支援団体に相談し、消費者金融から取引履歴を取り寄せて計算し直すと、過払い金は40万円を上回った。「弁護士という肩書を信頼して頼んだのに、適当に処理された。馬鹿にされた気分だ」と憤る。 」
というものである。
この報道が事実だとすれば、どこの事務所かは分からないが、委任契約書は作成していないのであろうか。この記事は続いて、「1000件を流れ作業」という見出しで、東京の大手事務所の仕事のあり方を淡々と描いているが、批判的に書いているように読める記事であった。
委任契約書の作成は、弁護士職務基本規程上の義務であるから、これを巻いておらず一方的に費用を徴収すれば、懲戒となりうる行為である。
こうした過払いのトラブルについては、泣き寝入りすることなく、おかしい事務所については弁護士会に対して苦情の申立をするべきであろう。
事前に費用の説明のない弁護士には委任しない方がいいし、費用について、きちんと契約書を巻かない弁護士にも委任しない方がいい。
こうしたおかしい事務所については、実名報道で駆逐されていくべきだと思うのだが、どうであろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
甲斐の山国は開墾できる土地が少なく、信虎が追放される以前は飢饉が続出していたという史実があったように思う。晴信としては、甲斐の国だけでは国を維持することが出来ないことが分かっていたと思う。
関東平野には既に北条氏が確固たる地位を築いており、南には2国の太守である今川氏が居る。晴信が、甲斐だけでは食べられないとすれば、目指すは北西の信濃しかなかった。
また、信濃は地侍がそれぞれの盆地に割拠しており、晴信からすれば強大な勢力がいないことから、攻めやすい地域でもあった。
晴信は、敗戦もあったが、信濃の国を支配下におくこととなる。
晴信に天下制覇の野望があったかといえば、私はそれはなかったと考えている。晩年信長がその模範を見せた以降はともかくとして、この頃の晴信は配下を食べさせる為に地盤をひろげていくということしか考えていなかったであろう。
天下を目指すとすれば、そのやり方は極めて着実であり、勢力下においた地域に代官を派遣してきめ細やかな行政を行うのであるが、それには多少の時間がかかる。
信長は性急に勢力を拡大し、きめ細やかな施策はしなかったが為に、勢力が膨張するに伴い、謀反に悩まされ、最後は光秀による謀反でその命を失うこととなった。
ただ、一代で日本を統一しようとすれば、ある程度の無茶は必要であろうから、晴信のやり方では強大な勢力とはなれても、天下を獲ることは出来なかったであろうと思われる。
晴信は天才ではなく、どちらかといえば秀才肌であったろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
武田家は戦国時代の戦国大名であるが、出自が高貴であり(清和源氏である)、守護大名であったので、織田信長などの出来星大名とは家系という意味合いでは釣り合わない。
武田信玄を描いた作品としては、新田次郎の武田信玄がもっとも有名であろう。
武田信玄は仏門に帰依してからの名であり、本名は武田晴信である。
武田信虎がその父であり、父を追放することで甲斐の国主となった。甲斐は今の山梨県である。弟は武田信繁であり、極めて有能な武将であった。後に、この弟は川中島の戦いで戦死する。
晴信が信虎を追放する理由となったのは、信虎が晴信を疎んじ、優秀な弟の信繁を跡継ぎにしようとした為であり、かつ、信虎は妊婦の腹を割くなど悪逆が耐えなかったことから、国人侍が、信虎を盟主としていただくことを潔しとしなかった為であるなどと言われている。
信虎は相当勇猛な人であったろうが、国侍としてはあまり盟主が勇猛に過ぎるのも困ったことであったろう。勇猛すぎる盟主はしばしば内政をおろそかにするし、戦争ばかりでは国人侍としても息をつく暇もなかったであろう。
晴信はどちらかというと幼少の頃から愚鈍に見えたということであるから、多少愚鈍な方が盟主としていただくのには適すると考えた国人が居たとしてもおかしくはない。
その意味で、私は妊婦の腹を割いたというのは、晴信がクーデーターを起こしたことを正当化するために、ねつ造されたのではないかという疑いを持っている。
なにしろ情報が今のように流通している時代ではないから、今よりもなお情報をねつ造することは容易であったであろう。
ただ、後に孫である武田勝頼も、罪人を釜ゆでの刑にして罰するにあたって罪人の家族にその釜の火を焚かせたというような事実からすれば、罪人に対する見せしめで行ったことかも分からない。
信虎は、今川家に軟禁されるが、今川家としては、愚鈍といわれる晴信が甲斐の国主となった方が、色々と有利であり、場合によれば属国にできると考えていたというようなところもあるであろう。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
「ランボー 最後の戦場」 ランボーはこれより前の三部作はすべて観ていたが、これのみ観ていなかったので、今般BSで放送されていたので観た。
内容的にはひねりも何もないので、どうということもなかった。ランボーは確か小学校6年生の時に映画館で観たが、そのアクションと展開の早さに衝撃を受けたものである。それ以降、ランボーを模倣した映画が多数作られた。最初の作品は私もDVDを持っている。
ランボーは実は原作があり、原作ではランボーはトラウトマン大佐に頭を吹っ飛ばされて死ぬのであるが、映画では生き残っている。2作目くらいまではおもしろかったのだが。
「脱出記」ヴィレッジブックス。スラヴォミール・ラヴィッツ著。
無実の罪でシベリアで25年の労役を科された筆者が、仲間とともにシベリアからインドまで歩いた脱出記であり、無茶苦茶おもしろい。メモを取ることも出来なかったであろうから、多少記憶の混乱や誇張は入っていると思うが、何にせよ、シベリアからインドまで徒歩で、しかもゴビ砂漠やヒマラヤをたいした装備もなく踏破したことには間違いがなく、その生きよう、自由になろうというエネルギーにはただ、ただ敬服する。
一読の価値のある話である。私が好きなUMAの話も出てくるかもしれない。
「白い恐怖」ヒッチコックの映画。
主演がイングリット・バーグマン(無茶苦茶綺麗である)、グリゴリーペックという組み合わせの作品だが、サイコスリラー的な作品となっている。ただ、その謎解きはイマイチだと感じた。
「ジョーズ2」「ジョーズ3」
先日ジョーズを観たので、2と3も観た。ただ、2も3も最初の作品に比べるとドキドキハラハラ感がない。スピルバーグの監督としての力量の差のであろうか。
監督はスピルバーグではないし、初代ジョーズで巨大ザメを倒したロイ・シャイダー扮する警察署長は2までの登場で、3では警察署長の息子が主人公となっている。
「歴史を紀行する」文春文庫。司馬遼太郎。
司馬遼太郎が歴史のある日本の土地を紀行して描くエッセイ。
土佐には昔鯉がおらず、本土から鯉を養殖したとか(それだけ隔絶していたのであろう)、佐賀県には汚職なしとか(今の世の中だとどうだかわからないが)、京都人の冗談はどこまでが本当でどこまでが冗談か分からないとか、その土地土地の歴史に触れつつ、軽妙に紀行の模様が語られる。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
先日、リアルゴールドを自販機で購入したところ、とてつもなくキンキンに冷えていた。
暑い盛りであるのに、手で持つことも冷たい。
ぬるいシュースも嫌だが、冷えすぎたジュースも嫌である。
おそらく原因としては、
1、リアルゴールドはあまりこの夏には売れていない為、冷えていた
2、炎天下の自販機のため、対応するために冷却装置がすごかった
3、1と2の双方
が考えられるが(どうでもいいが)、冷たすぎるものを飲み過ぎると夏バテのもとである。
私も若干バテ気味である。
世間はお盆である。
地獄の蓋が開いて、魑魅魍魎のような相談が来ませんように。。。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
今新しく成年後見人を家裁から選任されて任務を遂行しているが、後見人に本人名義の預金を変更したり、よくわからなくなっている財産などのことで金融機関等に問い合わせをすることがある。
事務員に問い合わせをしてもらうのだが、その問い合わせ結果を報告してもらい、指示を出す。
しかし、中には、たぶん問い合わせを受けた担当者が適当に回答をしたという回答がメモで渡される時がある。
そんなときには私が直接電話をかけて、担当者を一つ一つ納得がいくまで追い詰める。
先日は保険の内容を教えてもらうのに、遠方の金融機関の窓口まで直接来所してもらわないと回答出来ないというものがあったので、「この根拠は?」と一つ一つ詰めていくと、電話の向こうで担当者の声が震えだして、結果、どこの窓口でもオッケーであるということに最終的にはなった。
責任をもった回答をして欲しいものである。
私は職業柄、制度上や趣旨からして対応がおかしいと思うと、その理由を納得がいくまで問い詰めるので、事なきを得たが、これが一般の人が後見人をしているケースであったなら疑うことなく遠方の窓口まで行ったことであろう。
分からないならいったん保留して、分かる人に問い合わせをして責任をもった回答をして欲しいものである。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
相手方にして困るのは能力のない弁護士である。こちらから状況督促をしていても返事も一切よこさなかったり、交渉をしていて交渉が決裂だという予告もなしに突然訴訟をしてきたりする。普通は弁護士同士では、交渉でまとまらない時には、「交渉では困難なので、訴訟提起します」のファックスくらいは送ってしかるべきである。
時々、能力のない弁護士に自省してもらおうと、やんわりとやり方のまずさを指摘するのだが、能力のない弁護士はどこかで自分が出来ない人間であることを察知しているのか、本当のことを指摘すると反省するどころか怒ったりするのである。むしろ、感謝して欲しいのだが。
対応の遅れを指摘しても謝罪するどころか、逆ギレされることもあり、本当にそうした弁護士は業界から駆逐されてしかるべきだと思うのだが、中々そうもいかないのがこの業界なのである。
そうした弁護士が、ホームページでは、さも「自分は仕事が出来ます」という感じで自己アピールをしているのを見ると、「この弁護士は仕事が出来ませんよ~」と書き込んでやりたくなる。他人のホームページなので、書き込むところもないのだが。
いい加減な仕事をする弁護士は大嫌いである。
もちろん、それは相手方弁護士に限らず、事務所の勤務弁護士でもいい加減なことをしていると許さないのである。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
先日、二日酔いの時に朝に冷えたポカリを飲もうと自販機で買ったのだが、この猛暑でポカリは売れるためか、ぬるいポカリが出てきた。
おそらく、入れ替えたところであったのであろう。
うう。
一口飲んでぬるすぎた為、事務所に持っていって冷やそうとすると、冷蔵庫が一杯で、入れることも出来ず、結局飲まずに大半を捨ててしまった。
二日酔いに拍車がかかる出来事である。
冷えてないポカリには、自販機で表示が出ればいいのに。コンビニだと冷えていないと自分で手に取った時に分かるのだが、自販機ではどうしようもない。
冬に温かい飲み物を買おうとして、表示間違っていて冷たいものが出てきたのと同様、凹む出来事である。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
最近は弁護士と依頼人の関係に変化が出てきている。正しい方向であるといえばそうなのかも知れないが、大半の弁護士は職人であるので中々その変化についていけないのではいないか。
昔は弁護士が少なく、依頼者の方も弁護士を選べない状況にあった。不満を持っていても、「頼んだ弁護士なのだし」ということで不満を言わなかった。弁護士がそれにあぐらをかいていたところもあるし、今もそうした依頼者と弁護士の関係にある方々もおられるであろう。
それにつけこんで、いい加減な訴訟活動や、費用をぼったくっていた弁護士がいることもまた否定出来ない。
ただ、昔からきちんと仕事を誠実にし、費用も良心的価格でやってきていた弁護士が多数いることもまた事実だと思う。弁護士と依頼者は信頼関係で仕事をする以上、当然だともいえる。
しかし最近はネットがあるのでネットで弁護士の価格を比較したり出来る。しかし、難しいのは、同じ商品を買うわけではないので、安い方がいいとは限らないことである。
依頼者が弁護士を比較しうる時代になってきているということである。
一つの事件について、いくつかの事務所を回って、弁護士の相談内容を比較し、価格を比較して選ぶという時代になってきつつあるということである。
対応内容で決められるのであれば、それは選ばれなかった弁護士がまずいということになるが、費用で決められるのはいかがなのかと思う。安い弁護士がいい弁護士とは限らないからである。
見積をして、断ってこられる方も増えてきたように思うが、私はそれほど無茶な費用を取っている訳ではないので、他にもっと安い費用でする弁護士がいるのか、あるいは費用的に合わないので、自身でされることにされたのかそのあたりも追跡出来る訳でもないので分からない。
私に依頼されないということはそれは依頼人の判断であるので、そこについては選ばれなかった私に問題があるのかもしれないが(自分としては、正当な説明をしているので、それで選ばれないということは、致し方ないと思うが)、適当なことを言って、安い費用で不適切な弁護活動しかしない弁護士の甘言に騙されて別の弁護士に依頼をされていないかが気になるところである。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
「IT 2~4」文春文庫。スティーブン・キング。
キング最高傑作とされる作品の2巻から4巻。
全体を構成する構成力、過去と未来を行き来するという手法など、さすがと思わざるを得ないが、私個人的には物語の核心部分が「これ?」という感じである。
長々と書いてきて、期待させるだけさせて、核心がこれかあという感じで終わってしまった。
他のキングの作品はほとんど読んだことがないので、これで最高傑作とされると後の作品をどうしようかと思ってしまうのである。
ミザリーは映画で観た程度であり、原作はまたいいという人もいるが・・・。
個人的にはあまりおすすめできない作品となっている。
あと、この間映画としては「エイリアン」を観た。プレデターやその後の作品に比べると、活劇度合いが結構地味という印象。来るぞ来るぞという感じがジョーズに似ており、心理的な恐怖に重点を置いているのかもしれない。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
庭で葉巻を吸っていた時に左手の小指の付け根あたりを毒虫に刺されたようで、赤黒く腫れ上がっていた。痛がゆく、(日本で一番ムヒは似合わないが)事務所でムヒを塗ったが治らない。
少しずつましにはなっているが、腫れが引いてきて、「ここを刺された」というところだけが赤くなっていて痛がゆい。
そもそも、毒虫は何で刺すのだろう。
蚊が刺すのは血を吸うためであるが、他の毒虫は単に刺すだけであろう(あぶも吸血するのであったか)。
昆虫の防御反応なのであろうか。
しかし私は葉巻を吸っていた時は攻撃などしていないのだが。。。
何かの本で読んだが(若干うろ覚えなので、詳細は違うかもしれないが)、ジャングルに分け入っていった時に、白人の女性はグズグズに毒虫に刺されて難儀していたが、地元のガイドは半袖で平然とジャングルを歩き、しかも刺されもしていないので、不審に思って聞くと、「虫に対して敵対心を持つから刺されるのだ」ということをいうのだという。虫に対する敵対心を虫は感じて、攻撃してくるのだという。こちらにそのような気持ちがなければ、毒虫といえど刺さないというのである。
ということは、私は虫に対する攻撃心があるのであろう。
よく蚊に刺される人と、全く刺されない人がいるのもそうしたことが理由なのかもしれないが、自然にはきっと科学的には分からない未知の領域が残っているのであろう。
| 固定リンク
| コメント (4)
| トラックバック (0)
司馬遼太郎本を読んでいると、何回か出てくるエピソードがあるが、一つが日本の都であろう。
古来日本の都は私が今仕事をしている京都であったが、今は首都は東京とされている。
しかし、明治維新で天皇は東京(東の京である)に行ったが、実は遷都宣言は出されていないのである。
京都の人は、天皇が一時的に東京に行って、いつ戻ってくるのかと思っていたら、そのまま天皇は東京に居続け、対外的にも東京が首都となってしまったのである。
このあたりが日本人の面白いところである。
従って、京都の古い人は日本の首都は京都のままであり、天皇はいつか帰って来ると信じているというようなことも司馬は書いていたように思う(うろ覚えだが)。
日本人のいい加減さの象徴のような話である。
事実の積み重ねに弱いのである。
政治のやり方も、法的におかしいことを、既定事実の積み重ねで破っていくというのはよく使われる手法である。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
先日、雨が降ってきたので、自転車を駅まで飛ばそうとしたところ、前にいたオバサンは、左側を歩いていたが、わざわざその傘を右手で持ち、右側に相当張り出す格好で持っていた。
そのため、さほど広くない道路がオバサンの身体と傘で通行出来ない状態となっていた。
右側に張り出す格好で持つと、オバサンの身体の左側は濡れるので、あまり意味がないように思うのだが、どうであろう。
ベルを鳴らしたが、無視された。
仕方がないので、車道に少し出てよけて進行したのだが、彼女は自分が多くの自転車の通行の妨げとなっているという認識はないであろう。
邪魔にならないように傘を持って欲しいものである。
まあ、歩いていると、自転車が邪魔だと思ってしまうので、人間は身勝手なのだが。。。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
私は鼻が利く方なので、外出していると夏場は様々な臭いを嗅いで気分が悪くなることがある。
体臭を消すためなのか、とてつもない香水の臭い(香水の臭いで喘息発作を起こす可能性があるので、満員電車にはなるべく乗らないのである)とか、とてつもなく臭い汗の臭いとか。
先日は1メートルくらいのところにかけていた人が物凄い汗をかいていたが、そのすえたような臭いに耐えられず、車両を変わった。
何日かお風呂に入っていないのではないであろうか。
あるいは病的な体臭なのか。
そうであれば、適切な治療をして欲しいものである。
夏が過ぎると、臭いも少しましになるのであるが。。。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)