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2014年6月30日 (月)

和解考察2

 一審の裁判で、和解で裁判官から心証を開示されることがあるが、勝つ相手にそのまま「勝ちます」といえば和解しないであろう。中々難しいところがあるが、こうした点も判決になればどうなるか分からないので、和解での解決がよいのではないかとか、判決を取っても根本的解決にはならず、その後にも解決しがたい問題が残されているような場合には、そのことも含めて勝つ方に譲歩を求めるなどしないと和解はうまく進まないであろう。
 もちろん、判決では明らかに勝つのだが、勝訴判決を取っても相手に「お金がない」ので、減額して和解するなどということはあり得ることではある。
 私が冒頭に書いたのは事実や法律の評価に争いがある事案である。
 まあ、中には事実を争ってはいるが、証拠上無理だし、法的にも無理な主張をしているケースもあるにはあるが、それなりに双方の主張に分がありそうな事案ということで理解願いたい。

 控訴審などで、こららが一審負けている事件で、和解が入れば、一審よりも有利な内容に変更されるのか、変更はされなくとも、控訴審が少しでも有利な内容にもっていってくれるのではないかという期待をしてしまう。
 あるときに、和解に入ると、「一審は変わらないんですが、どうしますか」と聞かれたことがあった。
 これでは回答のしようもない。一審が不服であるから控訴しているのであり、和解出来るのであれば和解しているであろう。
 どうしますかと言われても、回答のしようもないのであって、こうした裁判官は和解がヘタといって差し支えあるまい。むしろ、それなら和解を入れてくれるなという思いにもなる。
 裁判所として、一審を覆すのは中々難しいが、この点については微妙なところもあるから、相手に譲歩を求めようと思っていて、具体的にはこの程度の金額ではいくらでしょうか、とでも言われたら回答のしようもあるが、どうしますと言われても、どうも出来ませんとしか言いようがないのである。

 もちろん、どちらにも「負けます」と言って和解に持ち込もうとする裁判官よりは誠実なのだろうが、やはり和解に落ち着けるためにも、モノはいいようだと思うのである。

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2014年6月27日 (金)

和解考察

 相手方に弁護士がついて、訴訟外で和解の交渉をすることがあるが、こういう場合、第三者による整理がなされないので、話が平行線となることがある。
 私の方では一応当方なりの理解で中身を整理して、相手方の主張のおかしいところを指摘する。仮にこちらが1000万円請求していて、相手が0円で支払う必要がないと言われれば、「じゃあ中を取って500万円にしましょうか」というような単純なものでもないので、和解をするためにも、事実の指摘や法的な主張は必要である。
 これに対して、相手方弁護士の方は、それは認めないとか、それは正しいのだが依頼者が説得出来ない、という回答がされることもあり、そういう場合は和解は出来ないので、では訴訟をしましょうということになる。

 しかし、自分のところは0円回答であるのに、「いや、和解してください」という回答をする相手方もいたりするので、「それならそれで0円ではなく反対提案してくださいよ。こちらは1000万円で、そちらがゼロだと、和解しようにも出来ないではないですか」ということにしかならない。
 「いや、反対提案も出来ないのですが、和解はしたいんです」という回答がされることもあり、なにやらここまで行くと禅問答である。
 ましてや、私は訴訟でもいいと言っているのに、相手方がどうしても和解がしたいという場面で、話合いのために相手方の住所地での話合いを求めてくる(たとえば、相手方が大阪の弁護士である場合に、大阪の裁判外紛争手続を利用したいというような場合)などもはや何を考えているか、何を言っているのか分からない。
 これに対して、管轄は京都であるから、私が大阪まで行かないといけませんか、と聞くと、「話合いがしたいので」という回答だったりする。

 何か禅問答をされられたような気がするのは私だけではあるまい。
 合格者が増えた結果、トレーニング不足や、そもそも能力的に司法試験に合格してはいけない人があまたいるというのはあちこちで聞くが、以上の話は能力とか何とかいうよりは、もはや常識のレベルではなかろうかと思うのである。

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2014年6月26日 (木)

カミキリムシ

 たまに庭で見かけるカミキリムシがいたので激写した。以前捕まえて少し虫かごに入れたところ、弱ってしまったので、今回は撮影だけにとどめた。捕まえるとけっこう足で指をひっかかれて痛いという理由もある。長生きして欲しいものである。
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2014年6月25日 (水)

トノサマバッタの幼生

 非常にわかりづらいが、真ん中にトノサマバッタの幼生が写っている。先日見た時はものすごく小さかったのに、3倍くらいの大きさになっている。バッタの大きくなるスピードはすごいものがある。その他の昆虫でも同様であろう。生きている時間が短いために、ものすごいスピードで大人になるということだろうか。

 来年も、バッタが庭に来てくれることを祈るとともに、この幼生が立派なトノサマバッタになることを期待している。
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2014年6月24日 (火)

読書日記6月24日

「超常現象を本気で科学する」新潮新書。石川幹人。
 超常現象を科学で解明するとどうなるのか。金縛りや幽霊体験は科学で説明出来るのか、人はなぜ壁のシミを人の顔と認識するのかなど、超常現象を科学している筆者の著書。
 なかなか面白い親書であり、科学的に見ると金縛りや幽霊、壁のシミが顔に見える理由が分かる好著。

「アレックス・ファーガソン自伝」日本文芸社。アレックス・ファーガソン。
 マンチェスターユナイテッドを率いて引退した筆者の自伝。
 かなり選手との赤裸々なやりとりを書いており、イギリスで出版されるやかなり物議をかもしだしたのもうなずける。
 サッカーの監督があるべき姿も描かれており、現場を率いるリーダーの心得本にもなりうる。
 サッカーの監督って、胃に穴が空くというが、自分の采配がぴたりと当たったらこれほど面白いことはなかろう。
 サッカー好きには必読の書。

 

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2014年6月23日 (月)

血圧

 毎月薬をもらいに行く際、血圧を測ってもらっているのだが、最近数値が高めといわれている。
 ただ、最近見直された高血圧基準によれば大丈夫な範囲ではある。

 高血圧の基準も調べてみると、時代の推移で、過去は180で大丈夫だったのが、最近は130まで下がり、先般、また147か148まで大丈夫となったようである。
 昔は卵はコレステロールの取りすぎになるので、一日一個までと言われたものだが、あれも最近は科学的エビデンスがないということになったはずである。板東英二は正しかった訳である(新幹線で東京-大阪間でゆで卵を山ほど食べていた)。
 血圧の数値もなんとも不思議な感じである。
 製薬会社からすれば、病人が山ほどいる方が儲かる訳で、高血圧の数値も低い方が降圧剤が売れるので、そのあたりが絡んでいるのではないかと疑ってしまう。
 ただ、あまり血圧が高いのもいかんので(仕事でも頭に来て血圧が上がっていることはありそうなので)、血圧を下げる努力をしなければいけないとは思っている。
 運動して、痩せるほかないのであろうなあ・・・。

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2014年6月20日 (金)

何かの幼虫

庭に最近何匹かいる幼虫である。何の幼虫か調べたところ、ツマグロヒョウモンという蝶のの幼虫ということだった。この風貌だと目立って鳥にバクリといかれそうであるが、たくさんいるが数が減っていないところを見ると、鳥の目から見るとカムフラージュ出来ているのかもしれない。蝶か蛾かは分からないが、無事成虫になってほしいものである。
 庭にはカナヘビというトカゲも住み着いているが、こやつは動きが速く、撮影を何回も試みるが、うまく写真が撮れず困っている。あとは、これも小さすぎて撮影出来ないのだが、トノサマバッタの幼生も飛び跳ねるようになっている。季節の移り変わりは年齢とともに速くなってきた感があるが、庭や隣の小川で毎年夏が近づくと、どこからか生き物が出てきてくれるのは嬉しいものである。
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2014年6月19日 (木)

暑い小次郎

  気温が上がってきて暑くて疲れるのか、はたまた年のせいか、寝てばかりいる小次郎である。先日は、知らない間に私の足下に来ており、足を下に置くと「ぶにっ」としたものが触れたが小次郎であった。ぶにっとしているのは、私がおやつをつい多めに上げてしまうせいで太ったせいもあろう。
 そのまま足で身体を10回くらいぶにぶにと軽く押してやったが、爆睡していて起きなかった。野生の状態であれば、一瞬で肉食獣のえじきであろう。死んだ海老のように身体を横にしてバッタリと寝ているのである。

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2014年6月18日 (水)

やることを忘れないように

 弁護士は普通、数十件の事件を平行して進めているので、どの事件で何をするか、あるいはいつまでになすべきかということを整理することも重要である。
 私は、手帳の前に事務所で受任している事件は全て記入している。受任した日と、当事者名等を記入するのである。
 1週間に2回ほど、このリストを見る。
 リストを見ると、事件のことを全く忘れるということは普通弁護士はないので、「この事件であれをやらないといけないな」とか、その点がどうであったかという事件は記録を点検すればわかるのである。

 そうすると、数十件の事件でも、実際に短期間でしなければならない仕事は数点であったりするので、それを書き出して順位をつけて処理をしていく。
 ある程度時間をかけないといけない仕事は、こうした短時間で処理出来る仕事の合間を見つけて、少しずつやっていく。
 交渉事件などは、裁判と違い期限がないようなところもあるので、リストにしておくと棚上げにされていたり、こちらが棚上げになっていることが分かるのである。
 エクセルで管理するという考えたもあるが、手書きが一番早く入力出来るし、パソコンを開かずともよいので、一覧するにも早い。

 昔は、分厚めの紙のボードに付箋ですることを書いて貼っておき、終わるとはがして捨てるという作業をしていたが、これだと付箋に書かなかったことを忘れてしまうし、付箋を見ている打ちにただの模様のように見えてきて、切迫感がなくなるため、やめている。
 〆切りが来ては次の〆切りが来るという仕事であるので、常にこうした作業を怠らないということも大事である。
 事務所の事務局と書面の〆切りを共有しておけば、提出期限が過ぎた時に、事務局から、「先生、あの書面大丈夫ですか」と言われることでさらに切迫感が増すということもあるだろう。
 理想は、依頼者が十分書面をチェックするだけの期間をおいて書面を作成して見せた上で確定し、事務局が書証等を作成する十分な時間的余裕を持って指示を出すというところである。
 そうできる時もあるが、出来ないときは最終的には事務員に迷惑がかかることになる。

 
 事件遅滞の懲戒も多いが、事件遅滞だけは言い逃れが出来ないので、常時こうした意識を持たないと遅滞に陥ってしまうであろう。

 注、私が常に出来ているという訳ではなく、仕事の理想論というところがあるので、その点は割り引いて読んでもらいたい。

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2014年6月17日 (火)

仕事のやり方

 私はだいたい仕事は前倒ししてやるようにしており、提出期限には出すようにしている。
 提出期限に出せないのは、依頼者に指示した資料が送ってこないとか、依頼者から書面案に対する回答がないとかという理由であることが多い。

 事務所に来ても、まず朝やらなければならない仕事をひとしきりして(メールチェックや、朝私が出勤するまでに来ているファックスの処理や電話の処理)、それから午前中に一本葉巻を吸ってまた仕事をする。まずは先に仕事なのである。

 周りを見ていると、これが逆の人がけっこういて、後ろ倒しの仕事のやり方しかできない人がいる。
 そういう人は、まずは休憩から入り、仕事は休憩してからするとか、溜まっている仕事があるのにインターネットを見ているとか、コーヒーをゆったり飲んでいたりする。いつもやることに追われている。
 勤務弁護士であった頃、呼吸をしていないのではないかと事務員や修習生から言われるほど集中して仕事をしていたものであるが、今はそこまでの仕事は年齢的に出来ないものの、先に仕事を終えてからしか、あるいは前倒しでしか仕事をしない私からすれば、こういう仕事への姿勢は考えられないところである。

 メリハリをつけるのは大事であるが、仕事というものは、先に仕上げてこそゆったり出来るものと思うのだが、どうであろうか。こういう人は、プロ意識に欠けると言われても仕方がないであろう。

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2014年6月16日 (月)

ニホンウナギ

 ニホンウナギが絶滅危惧種に指定された。

 拙著「小説で読む倒産法」の中の二つ目の話では、ウナギの蒲焼きが一つのポイントとなるうに書いて、その中でもウナギが食べられない日が来るかもしれないということも書いたのだが、図らずも絶滅危惧種に指定されてしまったわけである。

 ただちに食べられないようになる訳ではないが、稚魚が減っていることと平行して、天然の鰻も激減しているということである。
 私の父の故郷は横に川が流れており、台風の後などに川がにごるとウナギが釣れるので(ウナギは夜行性なので本来は夜釣りだが、川が濁ると夜と勘違いして昼でもエサをあさるというのが私の父の説)、よく釣りをして、時には人の腕ほどの太さのある驚くような大物も釣り上げたものだが、天然ウナギが激減しているということであれば、川が濁ってもウナギは釣れないのかもしれない。

 いろいろな動植物が絶滅を危惧されるというのは非常に寂しいところがある。
 人間の行為によるものもあれば、そうでないものもあるだろうが、豊かな自然が後世に残るように、一人一人が出来ることをするしかないのかとぼんやりと考える梅雨の一日である。

 

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2014年6月13日 (金)

読書日記6月13日

「世界と戦う読書術 思想を鍛える1000冊」集英社新書。佐藤優。佐高信著。
 世界と戦うための必要な読書について筆者らが対談する中で必要な本をあげていくというもの。どんな本を読んできたかということは、この手の本をいくつか読むと本当に違うので参考になる。
 私はこの手の本に出てきた作品を全て読もうとはとうてい思わないので、本の中で出てきた作品の中で、自分の興味を引いた本をいくつか買うことにしている。
 中には絶版の本もあるようで、買いたいと思ったが新書なのに中古市場で24000円の値がついていたので、購入を断念。

「頭がいい人はなぜ方眼ノートを使うのか?」かんき出版。高橋政史。
 表題どおりのノウハウ本。
 自分の頭の中で情報が整理されている人には特に必要はないと思う本。
 事件などで入り組んでいる事件や立証に困る事件などでは、今度方眼ノートを使ってみようかという気にはなった。

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2014年6月12日 (木)

営業活動

 弁護士も人気商売というところがあるので(中には手弁当でする仕事も多々あるので純粋に商売ともいえないところがあるが、依頼者がいないと仕事として成り立たない)、見聞きするところでは色々と営業活動をしているようである。

 ホームページはある程度出しているが、自分で作っているのでお金はかかっていない。
 それ以外は、ライオンズやロータリーに入ることもしていないし、最近流行の朝食会というのにも入っていない。
 異業種同士で集まる会はあるが、これは営業というよりは、単なる飲み会と化している。
 たまに、弁護士同士で飲んでいると、他の業界の人と飲みに来ている弁護士と会うことがあるが、依頼者と飲みに行くことなどほとんどない。誘われることはあるが、基本的に行かないでいる。自分はそういうことが出来ないので、そういう弁護士を見ると物凄く稼いでいそうで、まぶしく見えることもしばしばである。

 ちまたで営業活動にいそしんで売上を上げている同業種を見ると、単に「すごいなあ」と思うだけである。
 こんなことではいかんとも思うが、営業活動に向いていないので仕方が無いと諦めている。
 世間の耳目を引く事件を引き受けて、テレビにどしどし出ようと思えば出られなくもないが、それもあまり好きではなく、やはり、被害者の声を世間に伝えたいので、出来るだけ黒子になろうという気でいる。
 最終的には、一つ一つの事件を丹念に解決していくのがもっともよいことであると考える今日この頃である。

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2014年6月11日 (水)

予約していて来ない相談者

 たまに予約をされて、何の連絡もなく来ない人が居る。
 紹介者がいるような相談であれば、念のため相談予約を取られた人に連絡をするが、紹介者のない方だと、電話するのもどうかと思い確認していない。
 そのまま来られなくなる方が多い。

 他で相談する目処がついた、あるいは解決した、都合が突然つかなくなった、あるいは日を完全に間違えていたなどいろいろな理由はあるだろう(日を間違えていた場合には、突然来られてしまうこともあるが)。
 こちらはその時間帯、相談が入るものとして相談室を空けることになるし、そこは相談に時間が取られるものとして他の予定を組むことになるので、予定が狂ってしまう。
 また、たまにはある程度遅刻して来られる人もいないではないので、来られるかもしれないと待つことにもなる。

 予約されている人は、来られなくなったら、せめて電話一本入れて欲しいと思うのである。

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2014年6月10日 (火)

クマが人里近くに出没している

 ツキノワグマのようであるが、先週のニュースを見ていると、各地で熊が出没し、中には熊に襲われて死亡された方もおられるようである。ご冥福をお祈りいたします。
 昨日は、札幌中央区でヒグマが目撃されたということである。

 クマは本来臆病な生き物であり、人里近くに来るはずのものではないが、山が開発されるなどして、食べ物がないのであろう。
 人の身勝手差のために、熊が生きていく場所まで脅かされているのである。

 熊は人里に出てくると、時には射殺されてしまう。熊に襲われる方からすれば当然のことであるということになろうが、熊が本来人里に現れることはないはずであるから、山の保全をはかっていかなければ、今後もこうした事態はなくならないであろう。
 熊にとっても、熊が現れる地域の人々にとっても、人間全体の業の深さによって、熊もその地域の人々も生存が脅かされることとなってしまっているのである。

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2014年6月 9日 (月)

ウシガエル

 田植えの時期が終わり、夜窓を開けて寝ているとウシガエルの声がうるさい。
 どこで鳴いているのか分からないが、インターネットで調べると、ウシガエルの声は静かだと数キロ先まで聞こえるらしい。

 食用ガエルとして輸入されたウシガエルは、外来種であり、少し郊外に行くとたくさんいるのではないかと思う。
 鳴き声が牛のようであるためウシガエルと呼ばれているようである。
 大合唱されると、騒音ともいうべき音を出すようで、人の眠りも妨げられるほどであるということである。

 近所で鳴いているウシガエルは騒音とまではいわないが、夜静かになるとけっこうな音量で響き渡っている。
 虫の声は心地よいが、ウシガエルの鳴き声には慣れそうにない。
 しかし、ウシガエルも好きこのんで日本に連れて来られた訳ではなく、人間の身勝手で住み慣れたところから日本で生きていかねばならないと思うと、人間というものの業の深さに気分が滅入る。

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2014年6月 6日 (金)

本屋の改装

 週末になるとたいてい本屋をのぞきに行くのだが、近くのいつも行っている本屋が改装をしていた。
 そのため、三週間ほどその本屋に行けず、時間があるときなどに違う本屋に行っていたのだが、違う本屋は並び方も違うため、欲しいと思うジャンルの本を探すのに手間取り、行きなれた本屋がやはりいいわいと思っていた。いきつけの本屋は京都駅の地下にもあるのだが、ここは時間があるときなどにしかいけないので、本屋の改装が終わるのを待っていた。

 改装が終わり、先週末に行ったのであるが、並び方が大幅に変えられてしまい、目当ての本が置いてあるところを探すのに非常に手間取った。
 そのうち慣れるのかもしれないが、一番困ったのはマンガが2階になっていて、小説とマンガを一気に買えなくなったことである。以前は2階はDVDなどであった。
 小説や新書・ハードカバーを買い、ついでに新刊のマンガも買うという買い方をしていたのであるが、階が分かれて、それぞれにレジに並ぶというのは相当手間である(この本屋は大型で、レジにはいつも人が並んでいる)。
 万引き対策なのか、店舗の面積上仕方がないのか何なのか分からないが、利用者の手間を考えるとこのような改装は改悪でしかない。
 ストレスを感じながらも、近くで便利な本屋はそこにしかないので行くことにはなるだろうが、利用者目線で、会計に便利な書籍は全てワンフロアに戻して欲しいものである。

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2014年6月 5日 (木)

読書日記6月5日

「神去なあなあ日常」徳間文庫。三浦しおん。
 現在公開中のウッドジョブという映画の原作。映画はそのうちWOWOWで放送されるであろうから見に行かないが、映画の予告が面白そうだったので購入。
 まあ、気を抜いて読む時にはいいかもしれないが、人生で絶対に読む必要があるかどうかといえば、私個人としては読む必要はないという部類に入る。

「脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」幻冬舎新書。中野信子。
 テレビにも出ている筆者の快楽に関する本。人間はどういう時に快楽を感じるのか、依存症になってしまうのはどうしてか。ドーパミンがどう関わるのかなどについてわかりやすく解説してくれている。
 自分自身がいい気持ちになっている時(事件で思うとおりの解決が出来た時とか、サッカーで点を決めた時)にもドーパミンが脳内から出ているのであろう。
 これを読んだからといって、依存症が解決出来る訳ではないが、その仕組みはわかった。

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2014年6月 4日 (水)

ツキが無いとき

 弱り目に祟り目とはよくいったものであるが、ツキが無いときには悪いことばかり続くように感じる。自分の事件の見立てが悪いのか、たまたまそうなっているのか、気持ちも身体もげんなりする。
 その一方で、何をやってもうまくいき、新件も入ってきてというような時もある。こういう時は、自分の方が頭が冴えていて何をしてもはまるのか、たまたまそうなっているのかは同様に分からないが、気持ちにも張りが出て身体も健やかである。

 今読んでいる本によると、機械でランダムに数字(マイナスの数字も含む)を出す実験をすると、何百回もやっていると、統計的にはいい数字(プラスの数字)が続けて出る山と、悪い数字(マイナス)が続けて出る山がいくつか出来るということである。

 迷信に騙されやすいのは、こうしたマイナスが続いている時に験を担いだり、御守りを買うと、次は上昇の山に移行するか確率が出てくるし、マイナスが続いても、そのうちプラスに転じるので、物事に意味づけをしたい人間は、「あのとき験を担いでなかったら」「あのとき御守りを買ってなかったら」このプラスはなかったはずであるということで、霊験あらたかということになってしまうということであった。

 全ての事件がうまくいかない訳ではないので(全ての事件でいい結果を残せない弁護士も当然いるだろうが)、能力の問題ではなく、そういう巡り合わせだとは思うのであるが、やはり人の子であるので、ツキがなかったり、悪いことばかりが続くと、お祓いにでも行こうかという気になってしまう。

 早く、ツキが戻って欲しいものである。

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2014年6月 3日 (火)

自分の回答は早くして欲しいという相手方弁護士

 交渉案件で、よほど緊急事態でなければ、相手方にはある程度期限に余裕をもって回答を求めるようにしているのだが、自分の回答は中々してこないにもかかわらず、自分の回答は速やかにしろと要求してくる相手方弁護士がいる。

 依頼者にも確認をしなければならないこともあるし、回答の文書を作成する時間も必要である。相手方弁護士が自分の仕事がギリギリになったつけをこちらに回してくるほど腹立たしいことはない。

 こちらの問い合わせには一切回答せず、自らの主張だけを述べて、早く回答せよという弁護士よりはましかもしれないが。

 以上です。

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2014年6月 2日 (月)

髪の毛を切る

 先週髪の毛をようやく切りに行ったのだが、休みの日は昼寝をして体力を回復したいので、グスグズとして中々切りに行かないのが私である。
 かなりショートヘアーにして、3ヶ月くらい経って横の毛が長い犬のような髪型になり、ようやく致し方なしという気持ちになり美容室に行く。
 最近はもみあげがあごあたりまで伸びてきて、自分で時々はさみを入れるが、すぐにもみあげは伸びる。
 その一方で、頭頂部の髪の毛のボリュームがなく、ぺたんこの状態となる。
 頭頂部の毛はボリュームがないにも関わらず、もみあげなどの端っこの毛が伸びるというのは、老化現象なのであろうか。
 村山元総理のまゆげが伸びていたが、あれと同じようなものではなかろうか。
 いつまでも若くいたいとまでは言わないが、まだ老化はしたくない今日この頃である。

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