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2010年11月

2010年11月29日 (月)

区役所の無料相談

    「出来るだけ適切なアドバイスをさせて欲しいので、その前に少し私の方で質問させていただきます。よろしいですか。」
    「はい。」
    山名恵子は少し身体を固くしたようだった。弁護士に相談するのは初めてなのかもしれない。私は、こういう場合、少し緊張を解くために、まずは関係のなさそうなところから聞くということにしていた。
    「区役所の相談に行かれたということですが、窓口に行かれたのですが、それとも法律相談を受けられたのですか。」
    「区役所でやっている無料法律相談に行きました。山科区の。」
     私の読みは外れた。無料法律相談に行っていたのか。
    「この件で行かれたのでしょうか。」
    「はい。そうしたら、時間が短いし、弁護士を頼んだ方がいい事件だと言われて、インターネットで調べて来ました。白髪頭で、声が酒焼けしているような方で。。。痩せておられた先生です。あ、すいません。余計なことを。」
     私はこの女性はこういう洞察をする女性なのかと思った。相談票の彼女の住所を見ると、住所は山科区だった。その特徴は、ひよっとしたら私の事務所に向かいに事務所を構える、立村利彰弁護士かもしれない。「山科区は相談者が多いからしんどい。真田君、かわってくれや。」と、こないだ焼酎を飲みながら言っていた気がする。もちろん交代する理由はないので、「なんで変わらないといけないんですか。」とにべもなく断っておいたが・・・・。まあ、この際それはどうでもいい。
    「いえいえ、いいんですよ。では、重複するかもしれませんが聞いて行きます。まず、結婚されたのはいつですか。」
    「平成○年の○月○日です。」
    彼女は今30歳であるから、今から5年前の結婚ということになる。
    「これは恋愛結婚ですか。」
    「はい。」
    「配偶者の方は名前はなんと言いますか。」
    「山名宗男です。」
    「年齢は今いくつですか?」
    「私より5歳上ですから35歳です。」
    「どういったきっかけで交際を始めたのでしょうか。」
    私は何の気なしに聞いたのだが、山名恵子は一瞬考えるようにして、「あの。。。それは言わなくてはいけないのでしょうか。」
     と聞いてきた。
    「いや。特に答えたくなければ結構です。交際していた頃から暴力の兆候があったかどうかをお聞きしたくて聞いただけですから。配偶者の方の職業は何ですか?結婚された時と今と同じですか?それとも変わっていますか?」
    「医者です。結婚した時は勤務医でしたが、今は個人で診療所をしています。夫の父が急死したので、跡を継いだので。」
    「ああ、なるほど。」
    何がなるほどが分からないが、適当なあいづちを打つのは我々弁護士の仕事では重要である。

2010年11月22日 (月)

ビニール製のイスに座る相談者

 「ああ、ドアは閉めてくださって結構ですよ。そちらのイスにおかけください」
 私はそういうと、入り口から手前のイスを右手で軽く指して、私もイスにそっと腰掛けた。
    私の所属する弁護士会のイスは決して座り心地のいいものではない。まあ正直なところ、相当な安物であった。安物のビニールが張られていて、色も灰色で、滅入った気分で来た相談者はそのイスに30分は座らされることになる。出て行く頃には、自分の期待した答えを聞けず、座り心地が悪いイスによって、腰痛持ちの人は、腰痛が悪化するかもしれない。
    予算の都合からこの程度のイスしか用意出来ないことはやむを得ないのは私も弁護士会の役員をしたから知っている。しかし、相談に来られるのであるから、高級なイスとはいかずとも、もう少し座り心地のいいイスはないものであろうか。パイプイスに毛が生えたような代物で、余計に相談者の不安をあおるのではないだろうか。ビニール製のイスで不安をあおる弁護士会。人権活動の砦とこれでいえるのだろうか。
    そんな余計なことを一瞬考えながら、私は相談票を見ながら話を始めた。
    私は最初に書いてあることを要約することにしている。
    「山名恵子さんですね。離婚のご相談で、配偶者からDVを受けていると受付のものから聞きました。ここにもそう書いてありますが、そうしたご趣旨で相談に来られたということでよろしいでしょうか。」
    「はい。」
    山名恵子の声は、想像していたよりも低い声だった。ただ、この日本的な美女にはこうした落ち着いた声がふさわしいのかもしれない。
    「配偶者から暴力を受けておられるということで、離婚されたいというご相談ですか。離婚を決意されて来られたのか、そのあたりはまだ考えがまとまらないのか、それはどちらでしょうか。」
    「は・・・はい。離婚については決意しています。ただ、どうしたら離婚出来るのかが分からなくて、困ってインターネットで探して、区役所の相談があるのを見つけて相談に行って、弁護士会に行った方がいいと言われました。今日は先生は、あ、真田先生とおっしゃるんですね。真田先生は、本当は離婚の相談の担当日ではないと受付の女性の方から聞きました。担当ではないのによろしかったんでしょうか・・・。」
    彼女はちらりと相談室の机の上の私の名札を見てそう言った。名乗るのを忘れていたようだ。
    「あ、名乗るのを忘れていて失礼しました。弁護士の真田といいます。担当かどうかということは、それは気になされないでください。あくまで弁護士会側の都合ですから。お困りの方がおられたら、出来るだけ対応するのが弁護士会、そして弁護士の役割ですから。離婚については決意されているということですが、何度か配偶者の方と離婚について話をされたことはあるのですか。」
    「はい。三回ほど話をしたのですが、夫は絶対に離婚しないと言っていて、離婚するくらいなら『おまえを殺して自分も死ぬ。』というのです。それで、私、殺されるのではないかと怖くなって、昨日の朝、夫が寝ている隙に手紙を書いて逃げ出してきたんです。」
    なるほど。夫の方が執着している訳だ。これだけの美ぼうだから、夫が執着するのも分からないではない。私は、適切なアドバイスをするために、いろいろと質問をすることにした。中堅弁護士、真田隆一郎。適切な質問をして、適切な法的アドバイスをする男。ただし、離婚のアドバイスをするというには、現在独身ではあるのだが。

2010年11月15日 (月)

鉄の男、真田隆一郎

 もちろん、芸能人にはもっと美しい女性はいるだろう。私自身がそうした女性に出会うことがないため、そうした尺度で測ることが出来ないだけといえばそうかもしれない。ただ、一般人の中での山名恵子の美ぼうは際だっていたであろうし、あの事件が終了した今でもそう思う。
 可愛いというよりは、「美しい」であった。透けるような白い肌が余計にそう見せているのかもしれない。私が冬場でもサッカーをするために真っ黒い肌をしているのと好対照である。
 目が大きいわけでもないから、日本的な美人というのであろうか。顔の形や配置、作りが見事に調和が取れていて、彼女の美しさを形づくっていた。そして、表現しがたいのだが、彼女にはにおうような色気があった。立ち上がって私を見つめた目もとに、その立ち居振る舞いに、色気があるのである。しかし、男性に媚びを売っているようでもない。この女性はどうしてこんなに色気があるのだろうかと、私は内心不思議に思っていた。
 また、私は、このような美しい女性の夫はどのような人物であろうかと想像しながら、無表情で「こちらへどうぞ。」と言うと、相談室の方にゆっくりと歩いていった。私は内心の動きがあまり表情に出ないタチで、それがために、弁護士というこの職業ではいろいろな場面で得をすることが多かった。
 相談室に入ると、私は入り口から見て奧の席の側に立った。山名恵子は、相談室の中に入ってくると、「あの・・・。」とドアの方を小首をかしげて見た。そうした動作一つに色気が感じられる。ただ、私は美人であるとか、そうでないとかということで、相談者や依頼人に対する態度を変えることのない弁護士であるはずだった。鉄の男、真田隆一郎というわけだ。

2010年11月 8日 (月)

美貌の相談者

    相談者の名は、山名恵子といった。年齢は30歳。私は早川さんから相談票を受け取り、名前と年齢を見ると、相談者が座っているとおぼしきところに歩いていった。
 弁護士会の受付の南側のソファーに一人だけ座って下を向いている女性が居たので、私はそちらに歩いていった。下を向いているので、顔は見えない。
 髪の毛は少し茶色に染めており、肩より少し長い程度で切りそろえてあった。ゆるやかに毛先が内側にカールしており、手もとの肌の色を見ると、色は抜けるように白かった。弁護士会に相談に来るのはスーツで来ないといけないと思ったのか、薄い半袖のベージュのスーツ姿だった。下はタイトスカートである。まじめな女性なのだろうか。あるいは普段からこうなのだろうか。
 私は、「山名さん?こちらの相談室にお越しいただけますか?」と出来るだけ優しく聞こえるように、そしてあまり大きくない声で言った。弁護士を15年以上もすると、こうしたねこなで声も出せるようになるのだ。
 私の声は低く、通りがよいと言われるが、そのためにきつく聞こえることがあるようであり、依頼者に妙な緊張感を与えないために、多少ソフトな声であれば作れるようになっていた。
 そうしたところ、やはりその女性は山名恵子であったようで、驚いたようにぱっと立ち上がった。
 立ち上がったところを見ると、背は私より10センチ低いくらいと見たが、その顔を見て思わず私は息を呑んだ。
 私は後にも先にも、あれほど美しい女性を見たことがなかったからである。

2010年11月 1日 (月)

DV相談

  早川さんは、死角になったカウンターのところに、少し前屈みになり、小さい声で、「真田先生、ちょっとよろしいでしょうか。」と私の耳を自分の口元に持ってくるようにという手の仕草をしつつ言った。
  前屈みになると、彼女はブラウスの胸元のボタンが二つまで空けていたので、下着と胸の谷間が見えたのだが、今はそんなことを考えていると早川さんに殴られそうなので、黙って耳を傾けた。
 「受付の南側奥に座っている女性なんですが、離婚のご相談なんです。夫からDVを受けているということで、毅然と対応してくれる強い男性の弁護士がいいとおっしゃるんです。離婚なんで本来は一般相談の担当の先生方なんですが、今日は担当のお二人のうち一人は女性の先生で、もう一人はちょっとお歳を召されているので、そのように言いましたら、他におられないか、今日おられなかったら弁護士を紹介してもらえないかとおっしゃいますので・・。先生、多重債務相談のご担当ですが、特別に聞いていただくことは出来ますでしょうか・・・。」
  確かに、DV相談の場合、相手の男性との間でトラブルになることも多いことから、女性の弁護士でこれを厭う人もいるし、高齢の弁護士だと、緊急に動くことも出来ないこともあるだろう。
  大変困った雰囲気で早川さんがそのようにいうので、私は気楽にその相談を引き受けることにした。元々、弁護士になっているくらいなので、人と話をするのは嫌いではないし、相談やトラブルが苦になるようでは弁護士は向かない。
  ただ、このとき安請け合いしたことで、しかも本来の担当の相談でもないのに引き受けたことで、この事件の渦中に巻き込まれていくことになろうとは、さすがに弁護士経験15年以上が経つ私でも予想はつかなかったのであった。

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