弁護士の依頼の仕方
しかし、その目の表情は一瞬で消え、最初に私が声をかけた時のきまじめそうな目に戻っていた。外気は既に37度を越えている真夏日であり、この相談室もクーラーがあまり効いておらず蒸すような熱気と湿気がこもっているので、私が見間違えただけなのかもしれない。私はあまり深く考えずに、弁護士を依頼する場合、既に知り合いの弁護士が居ればその弁護士に相談してみることもあるし、知り合いがいない場合などにはこの法律相談で聞いた弁護士に依頼することも可能であること、ただし、弁護士の方も引き受ける自由もあるので、必ず依頼を受けるというわけではないこと、逆に、山名さんの方で今日相談した弁護士が気に入らなければ依頼するかどうかは自由であること、その場合、弁護士会で紹介という制度もあるし、特にDV事案であれば、専門の名簿もあること、ただし、この紹介の場合も、必ず弁護士が見つかるわけではないことを説明した。これは、法律相談で弁護士の依頼をするにはどうすればよいかという質問を受けた時にするいつもの説明であった。
山名恵子は、その説明を聞くと右手をほおに当てて、首をかしげて少し考えるようにした。目線を下に落としているので、目の表情は見えない。まさか、目の表情を見るために、下からのぞき込む訳にもいかないだろうし、私自身、目の表情を特にみたいと思っている訳でもなかった。
私の中で、相談を聞くうちに、彼女には何かがあるという思いが強くなってきていた。それが、何であるかまでは私にも分からない。
これは、それなりに経験を経た弁護士であればみな共有する感覚であろうとは思うが、何となくいやな感じがするのである。しかし、彼女の話のどこにも不審な点はないし、今前で小首をかしげている山名恵子という女性に邪気のようなものも感じられない。しかし、何かが私に嫌な感じを抱かせていた。
一瞬私がたまに事件の依頼を受ける時に感じる嫌な感じを受けたということを考えている間に-もちろん私は無表情のままだが-山名恵子は次の質問を考えついたようであった。
「弁護士さんを依頼するとすれば、費用はどの程度かかるのでしょうか?」
弁護士を依頼する者にとって、もっとも気になる点の一つだろう。同じ能力があり、同じ業務をしてくれて、同じ結果が出るのであれば、依頼人にとっては費用が安い方がいい。また、あらかじめ費用が分かっていなければ、安心して弁護士を依頼することなど出来ないであろう。
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