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2011年3月

2011年3月29日 (火)

立村事務所にて

 立村事務所に入ると、だだっ広いスペースに、手前から事務員さんの机が向かい合って置いてあり、その向こうには4名の弁護士が向き合って、座っていた。
 立村事務所の事務員達は既に退社していた。室内にはタバコの煙がもうもうと立ちこめていて、室内が少し紫がかって見えた。
 「おう、真田君。」
 酒焼けした低い声で立村弁護士が奥の机から私に向かって右手を挙げた。その右手にはタバコが挟まれており、左手には缶ビールを持っている。もう飲んでいるのだろう。もっとも、立村弁護士にとってはいつものことではある。
 川上誠一、板尾嘉和、宮前純も一斉にこちらを見て、めいめい声を私にかけてきた。川上誠一も右手でタバコをふかして、奥から右手を挙げていた。
 板尾もタバコを左手に持ちながらマウスをクリックしてパソコンの画面を片目で見ながらこちらを見ていた。
 唯一タバコを吸わない宮前純は、「お疲れ様です。」というと立ち上がった。
 「勢揃いですね。今日は何かあるんですか。」
 と私は皆に目で挨拶を返しながら、弁護士の机が並んだスペースのやや斜め前方にあるソファーに座りながら立村弁護士を見た。
 「いや、別に何もないねや。明日から純ちゃんと板尾君が夏休みでおらへんし飲みに行くかっちゅうことになってな。君を昼間みかけたし一緒にいこかなと思てな。」
「そうでしたか。」
 私も立村弁護士たちに習ってコヒーバのシガレットを取り出すと火をつけた。
「そういや、今日僕が山科区役所で無料相談で聞いた女の人と弁護士会の近くで会ったわ。向こうから声をかけてきて、弁護士会でいい先生に相談出来たいうて喜んでた。誰かと聞いたらどうも君みたいやな。」
 やはり、山科区役所で相談を受けた弁護士は立村弁護士であったらしい。
「そうでしたか。」
「いやー。あれは綺麗な人やなあ。君も相談しながら楽しかったのと違うか。僕は楽しかった。」
 そういうと、立村弁護士は、ははは、と豪快に笑った。
「僕は、立村先生と違いますからね。依頼者や相談者は皆同じ扱いです。ミニスカートを履いてきたからといって、着手金をタダにしたりしませんから。」
「君、それをいうなよ。しかし、真田君、あの女の人は、綺麗なだけやないな。」
「どういうことです?」
 私も何かあると感じていたが、やはり、立村弁護士もそれを感じていたのか。しかし、私は今それをいうべきかどうか分からなかったので、とぼけておくことにした。
「んー。うまいこと言えんけどな。なんか、こう毒があるというか、裏のありそうな人やわ。」
「まあ、裏のない人はそうそういないですしね。気をつけます。」
「そうやな。」
 そうしているうちに、川上誠一も宮前純も仕事が片付いたようで、ソファーの方に歩いてきた。宮前純がその女性に興味を示している。
「そんな綺麗な人なんですか。」
「ん?まあ、そうやな。女優の蒼井そらっているやろ。あれにもうちょっと色気を足した感じやな。」
 と立村弁護士はタバコの輪を吐き出しながら言った。輪が事務所の天井に行くに従い、ぼやけていく。
「立村先生、蒼井そらはアダルトビデオ女優じゃないですか。蒼井優違いますか。」
 と宮前純の突っ込みが入った。
「そやったかな。ほな、いこか。板尾君はまだ仕事終わらへんのか。」
 と立村弁護士が板尾嘉和に声をかけたが、板尾弁護士は、
「もう少しかかりますんで、先に行っておいて下さい。」
 ということだった。
 我々は4名で事務所の外に出た。
 二条通りはまだ少し明るさがあり、昼の暑さが抜けきっていないのは先ほどと同じだった。
 私はノータイスタイルで、ジャケットを着ているが、立村弁護士はネクタイをきちんとしたスーツ姿だった。それで、「暑い暑い。」と言っている。
 私達4名は、河原町二条の角にある居酒屋の「悠々」に入った。

2011年3月18日 (金)

立村事務所へ

 ちょうど仕事が終わったところなので、私は余裕を持って電話に出ることが出来た。これが書面を書いている途中の電話であったら、電話が鳴った瞬間に血圧が上がっていただろう。集中して書面を書いているところにかかってくる電話ほど弁護士にとって嫌なものはない。多くの女性が毛虫を嫌いだったり、どぶの香りのする男が嫌いであったりするのと同様にそれは嫌なものである。
「はい。真田法律事務所です」
「おお。真田君か。君待ってるのに、何してんねや」
 立村弁護士だった。書面を書き終わったので、電話をしようと思っていたところである。
「何って・・・。仕事ですよ。今ちょうど終わりましたけど」
「またものすごい金儲けする書面書いてたんやろ」
「あたりですね。ただし、着手金は5万円の事件ですけど。」
「5万円あったら悠々で1回飲めるやないか。そろそろ行こうや」
「分かりました。事務所を閉めて行きますから、ちょっと待ってて下さい。誠一さんは来るんですか?」
「おお。川上君も来るわ。あと、純ちゃんも来るし、板尾君も来るで。君とこの女の子によく引っかかってる野原君は来いひんのか」
「合コンらしいですね。とっくに出て行きました」
「そうか。ほな待ってるわ」
 川上誠一も、勤務弁護士の板尾嘉和と宮前純も居るのに、わざわざ私にここまで電話をしてくるとは何かあるのだろうか。少し疑問に思ったが、それは後で分かることである。
 私はパソコンの電源を落とし、冷房を切って、電気を消して、セキュリティーをかけて事務所を出た。
 エレベーターで二条通りに出ると、むっとする暑さが押し寄せてきた。
 立村弁護士の事務所は私の事務所から見て二条通りを渡ったやや斜めの位置にある。1階には雑貨屋があり、その雑貨屋の横に事務所直通の入口があるが、事務所は2階である。
 明日私は仕事の予定はなかったので、気分的に軽やかだった。今日は目一杯酔っぱらっても、朝寝がたっぷりと出来る。その気分同様、私は軽やかに立村事務所の階段を上がっていった。

2011年3月 2日 (水)

立村弁護士

 受話器を取ると、山田さんが、
「立村先生からお電話です。」
 といった。
 帰ってきたばかりでやらないといけないことが多い時にかかってくる電話には苛々とさせられるものだが、立村弁護士では仕方がない。私は内線のボタンを押して切り替えた。
 「真田です。」
 「おお、真田君か。君、何してんねや。」
 酒焼けしたこの低音の声はまぎれもなく、私の事務所の斜め向かいに事務所を構える立村弁護士の声だった。ちなみに、私の親友の川上誠一は立村事務所のパートナーである。
 「何って。。。仕事ですよ。まだ夕方の4時じゃないですか。」
 「二条通り歩いてたら、君が反対側歩いてんのが見えたし電話したんや。今日は夜は空いてるか。」
 「何もないですよ。」
 「ちょっと一杯行かへんか。」
 「いいですよ。また、仕事が終わったら電話します。」
 飲みの誘いだった。もう少し遅い時間にかけてくればよさそうなものを、私と飲みたいがために、いてもたってもいられなくなったのだろう。
 今日は金曜日で、金曜日にはたいてい会合や宴会の予定が詰まっているが、たまたま予定がなかったのだった。遅くまで仕事をしようかと考えていたが、立村弁護士からの誘いでは仕方がない。
 野原が自分のブースからひょこっと顔を出してきた。
「立村先生っすか?」
「ああ、そうだ。」
「何の用やったんすか?」
「飲みの誘いだったな。野原君も今日行くかい?」
「すんません・・・。今日は合コンなんすよ。」
「そうか。また、変な女の子にいれあげないようにな。」
「了解です。」
 そういうと、野原は自分のブースに戻った。
 その後は電話メモの処理を進めた。死亡事故の紹介者に電話をすると、紹介者の知人から、「知り合いのだんなさんが交差点で跳ねられて死亡したので、弁護士を紹介して欲しいと言っているが、よいでしょうか」ということであった。亡くなった男性は37歳だったという。私よりも3歳若い。後には、専業主婦の妻と、中学生の子どもさんが2人残されたということであった。
 交通事故・・・。事件として受任する場合、冷静でいなければならないと思うのだが、どうしても、交通事故の死亡事案を引き受けると、どこか冷静でいられない私がいることもまた事実だった。
 「私が詰まっているので、野原がとりあえず相談を聞くということではいかがでしょうか。」
 というと、紹介者はそれでもかまわないとのことだった。私は野原を呼ぶと、電話を保留して、後の対応を野原に任せた。ブースの向こうで、野原が打合日程を入れる声が聞こえてきた。
 その後、電話メモの処理をし、メールチェックをしていると5時を過ぎた。依頼者に事件の状況を報告する文書を書いたりしている間に、大分さん、山田さん、河西さんの順に帰りの挨拶をしに来て帰っていった。
 6時過ぎに野原も「合コンなんで、失礼します。」
 といって出て行った。
 事務所には私1人になり、その後集中して裁判所に提出する準備書面を打つことが出来た。物音といえばクーラーの音と、私がパソコンのキーを叩く音だけだった。
 調べた判例の内容をどのように書面に入れ込むかを考えたり、言い回しを変えたりして、7時前に書面が完成した。私は印字すると、月曜日に提出出来るように事務員に処理するよう指示書を書いた。
 その時、電話が鳴った。

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