立村事務所へ
ちょうど仕事が終わったところなので、私は余裕を持って電話に出ることが出来た。これが書面を書いている途中の電話であったら、電話が鳴った瞬間に血圧が上がっていただろう。集中して書面を書いているところにかかってくる電話ほど弁護士にとって嫌なものはない。多くの女性が毛虫を嫌いだったり、どぶの香りのする男が嫌いであったりするのと同様にそれは嫌なものである。
「はい。真田法律事務所です」
「おお。真田君か。君待ってるのに、何してんねや」
立村弁護士だった。書面を書き終わったので、電話をしようと思っていたところである。
「何って・・・。仕事ですよ。今ちょうど終わりましたけど」
「またものすごい金儲けする書面書いてたんやろ」
「あたりですね。ただし、着手金は5万円の事件ですけど。」
「5万円あったら悠々で1回飲めるやないか。そろそろ行こうや」
「分かりました。事務所を閉めて行きますから、ちょっと待ってて下さい。誠一さんは来るんですか?」
「おお。川上君も来るわ。あと、純ちゃんも来るし、板尾君も来るで。君とこの女の子によく引っかかってる野原君は来いひんのか」
「合コンらしいですね。とっくに出て行きました」
「そうか。ほな待ってるわ」
川上誠一も、勤務弁護士の板尾嘉和と宮前純も居るのに、わざわざ私にここまで電話をしてくるとは何かあるのだろうか。少し疑問に思ったが、それは後で分かることである。
私はパソコンの電源を落とし、冷房を切って、電気を消して、セキュリティーをかけて事務所を出た。
エレベーターで二条通りに出ると、むっとする暑さが押し寄せてきた。
立村弁護士の事務所は私の事務所から見て二条通りを渡ったやや斜めの位置にある。1階には雑貨屋があり、その雑貨屋の横に事務所直通の入口があるが、事務所は2階である。
明日私は仕事の予定はなかったので、気分的に軽やかだった。今日は目一杯酔っぱらっても、朝寝がたっぷりと出来る。その気分同様、私は軽やかに立村事務所の階段を上がっていった。
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