立村事務所にて
立村事務所に入ると、だだっ広いスペースに、手前から事務員さんの机が向かい合って置いてあり、その向こうには4名の弁護士が向き合って、座っていた。
立村事務所の事務員達は既に退社していた。室内にはタバコの煙がもうもうと立ちこめていて、室内が少し紫がかって見えた。
「おう、真田君。」
酒焼けした低い声で立村弁護士が奥の机から私に向かって右手を挙げた。その右手にはタバコが挟まれており、左手には缶ビールを持っている。もう飲んでいるのだろう。もっとも、立村弁護士にとってはいつものことではある。
川上誠一、板尾嘉和、宮前純も一斉にこちらを見て、めいめい声を私にかけてきた。川上誠一も右手でタバコをふかして、奥から右手を挙げていた。
板尾もタバコを左手に持ちながらマウスをクリックしてパソコンの画面を片目で見ながらこちらを見ていた。
唯一タバコを吸わない宮前純は、「お疲れ様です。」というと立ち上がった。
「勢揃いですね。今日は何かあるんですか。」
と私は皆に目で挨拶を返しながら、弁護士の机が並んだスペースのやや斜め前方にあるソファーに座りながら立村弁護士を見た。
「いや、別に何もないねや。明日から純ちゃんと板尾君が夏休みでおらへんし飲みに行くかっちゅうことになってな。君を昼間みかけたし一緒にいこかなと思てな。」
「そうでしたか。」
私も立村弁護士たちに習ってコヒーバのシガレットを取り出すと火をつけた。
「そういや、今日僕が山科区役所で無料相談で聞いた女の人と弁護士会の近くで会ったわ。向こうから声をかけてきて、弁護士会でいい先生に相談出来たいうて喜んでた。誰かと聞いたらどうも君みたいやな。」
やはり、山科区役所で相談を受けた弁護士は立村弁護士であったらしい。
「そうでしたか。」
「いやー。あれは綺麗な人やなあ。君も相談しながら楽しかったのと違うか。僕は楽しかった。」
そういうと、立村弁護士は、ははは、と豪快に笑った。
「僕は、立村先生と違いますからね。依頼者や相談者は皆同じ扱いです。ミニスカートを履いてきたからといって、着手金をタダにしたりしませんから。」
「君、それをいうなよ。しかし、真田君、あの女の人は、綺麗なだけやないな。」
「どういうことです?」
私も何かあると感じていたが、やはり、立村弁護士もそれを感じていたのか。しかし、私は今それをいうべきかどうか分からなかったので、とぼけておくことにした。
「んー。うまいこと言えんけどな。なんか、こう毒があるというか、裏のありそうな人やわ。」
「まあ、裏のない人はそうそういないですしね。気をつけます。」
「そうやな。」
そうしているうちに、川上誠一も宮前純も仕事が片付いたようで、ソファーの方に歩いてきた。宮前純がその女性に興味を示している。
「そんな綺麗な人なんですか。」
「ん?まあ、そうやな。女優の蒼井そらっているやろ。あれにもうちょっと色気を足した感じやな。」
と立村弁護士はタバコの輪を吐き出しながら言った。輪が事務所の天井に行くに従い、ぼやけていく。
「立村先生、蒼井そらはアダルトビデオ女優じゃないですか。蒼井優違いますか。」
と宮前純の突っ込みが入った。
「そやったかな。ほな、いこか。板尾君はまだ仕事終わらへんのか。」
と立村弁護士が板尾嘉和に声をかけたが、板尾弁護士は、
「もう少しかかりますんで、先に行っておいて下さい。」
ということだった。
我々は4名で事務所の外に出た。
二条通りはまだ少し明るさがあり、昼の暑さが抜けきっていないのは先ほどと同じだった。
私はノータイスタイルで、ジャケットを着ているが、立村弁護士はネクタイをきちんとしたスーツ姿だった。それで、「暑い暑い。」と言っている。
私達4名は、河原町二条の角にある居酒屋の「悠々」に入った。
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