立村弁護士
受話器を取ると、山田さんが、
「立村先生からお電話です。」
といった。
帰ってきたばかりでやらないといけないことが多い時にかかってくる電話には苛々とさせられるものだが、立村弁護士では仕方がない。私は内線のボタンを押して切り替えた。
「真田です。」
「おお、真田君か。君、何してんねや。」
酒焼けしたこの低音の声はまぎれもなく、私の事務所の斜め向かいに事務所を構える立村弁護士の声だった。ちなみに、私の親友の川上誠一は立村事務所のパートナーである。
「何って。。。仕事ですよ。まだ夕方の4時じゃないですか。」
「二条通り歩いてたら、君が反対側歩いてんのが見えたし電話したんや。今日は夜は空いてるか。」
「何もないですよ。」
「ちょっと一杯行かへんか。」
「いいですよ。また、仕事が終わったら電話します。」
飲みの誘いだった。もう少し遅い時間にかけてくればよさそうなものを、私と飲みたいがために、いてもたってもいられなくなったのだろう。
今日は金曜日で、金曜日にはたいてい会合や宴会の予定が詰まっているが、たまたま予定がなかったのだった。遅くまで仕事をしようかと考えていたが、立村弁護士からの誘いでは仕方がない。
野原が自分のブースからひょこっと顔を出してきた。
「立村先生っすか?」
「ああ、そうだ。」
「何の用やったんすか?」
「飲みの誘いだったな。野原君も今日行くかい?」
「すんません・・・。今日は合コンなんすよ。」
「そうか。また、変な女の子にいれあげないようにな。」
「了解です。」
そういうと、野原は自分のブースに戻った。
その後は電話メモの処理を進めた。死亡事故の紹介者に電話をすると、紹介者の知人から、「知り合いのだんなさんが交差点で跳ねられて死亡したので、弁護士を紹介して欲しいと言っているが、よいでしょうか」ということであった。亡くなった男性は37歳だったという。私よりも3歳若い。後には、専業主婦の妻と、中学生の子どもさんが2人残されたということであった。
交通事故・・・。事件として受任する場合、冷静でいなければならないと思うのだが、どうしても、交通事故の死亡事案を引き受けると、どこか冷静でいられない私がいることもまた事実だった。
「私が詰まっているので、野原がとりあえず相談を聞くということではいかがでしょうか。」
というと、紹介者はそれでもかまわないとのことだった。私は野原を呼ぶと、電話を保留して、後の対応を野原に任せた。ブースの向こうで、野原が打合日程を入れる声が聞こえてきた。
その後、電話メモの処理をし、メールチェックをしていると5時を過ぎた。依頼者に事件の状況を報告する文書を書いたりしている間に、大分さん、山田さん、河西さんの順に帰りの挨拶をしに来て帰っていった。
6時過ぎに野原も「合コンなんで、失礼します。」
といって出て行った。
事務所には私1人になり、その後集中して裁判所に提出する準備書面を打つことが出来た。物音といえばクーラーの音と、私がパソコンのキーを叩く音だけだった。
調べた判例の内容をどのように書面に入れ込むかを考えたり、言い回しを変えたりして、7時前に書面が完成した。私は印字すると、月曜日に提出出来るように事務員に処理するよう指示書を書いた。
その時、電話が鳴った。
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