悠々にて
週末だったが、悠々の席はほどほどに空いていた。
今は夏休みの時期なので、休みを取っているビジネスマンも多いのかもしれない。彼らは、休みに入り、日頃のくたびれた仕事から解放されているのかもしれない。ただ、解放されたとしても、家庭があるものの多くは、妻から「仕事ばかりしてないで、少しは家のことも顧みて」と怒鳴られ、稼ぎが悪いと「もっと仕事をして稼いで」といわれ、子どもにせがまれ疲れ切った身体にむち打って、片道何時間もかけて海水浴に行く自動車を運転させられて、海では寝てばかりして、また妻の不興を買うだけなのかもしれないが。
既に8時を過ぎていたので、出来上がっている客も多く、店の中はたばこの煙でほどよく煙っていて、奧の席にいる団体のところからは大きい声の笑い声が聞こえてきていた。
なじみの店なので、たれ目で大柄の店長が、「いらっしゃい。」と大きい声で挨拶をしてきた。我々はめいめい手をあげたり会釈をすると、アルバイトの女の子が近づいてきた。
先日まで黒縁のやぼったい眼鏡をかけていたはずだが、今日は眼鏡をかけておらず、髪の毛にもパーマをあてていた。これはいつも通りなのだが、彼女が着ているTシャツの胸ははち切れそうだった。
確か、彼女に野原が声をかけて一瞬で断られたという話を宮前純がしていたはずであるが、まあそれはどうでもいいだろう。
立村弁護士はめざとく彼女の変化を見つけて、「君、同志社大学やったなあ。今日は眼鏡かけてないやないか。さらにパーマまであててるやんか。いい男でも出来たのと違うか。」といって、がはは、と笑った。
そういわれたアルバイトの女の子は、「コンタクトにしたんです。いい男なんていませんよ。いい男がいたら紹介してくださいね。」とにっこりと笑った。
立村弁護士は、
「真田君はええ男やけど、歳が行きすぎやわな。40歳やしな。純ちゃんは、ややこしいしな。僕はさすがに歳かなあ。」
といって、また、がはは、と笑った。
宮前純は、「僕は、ややこしくないですよー。」
と笑いながら言って、あるかないかわからない細い目を更に細めていた。
「年齢なら、立村先生くらいまでオッケーですよ。」
と言って更に笑った。
「ほんまかいな。そしたら、僕女房と別れようかな。」
と言って、また、がははと笑った。
まあ毎回繰り返されるようなやりとりなので、私は黙って笑っていた。
立村弁護士と私たちは、入り口を入ってすぐのところに席を作ってもらい、酒を注文した。立村弁護士を除いた3人は生ビールを頼み、既に多少事務所で飲んでいた立村弁護士は、焼酎の梅入りのお湯割りを頼んでいた。
その後は適当に食事も頼み、ほどよく酒を飲んだ。
話題は仕事のことが多かった。だいたい、立村弁護士はワーカホリックなのである。しかし、川上誠一もそうだし、宮前純も、私もそうなのだった。
1時間ほど飲んでいると、板尾弁護士がやってきた。ちょこっと片手をあげてひょこひょこと歩いて入って来るのは、いつも板尾の歩き方だった。
その後1時間半くらい飲んで、仕事の話などをして、立村弁護士の支払いで悠々を出た。
二条通りに出ると、少し暑さはましになっていた。しかし、涼しいというのにはほど遠く、冷房の効いている居酒屋から出たために、汗がじんわりとワイシャツを濡らした。
立村弁護士と川上誠一は明日朝が早いので帰る、というので、板尾弁護士と宮前純とともにタクシーに乗り、花見小路新橋の角にある「麻亜子」に向かった。
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