麻亜子
麻亜子は夏休み期間ということもあってか、空いていた。客は1人だった。たまにここで見かける初老の男性で、歌を歌っていた。自分に酔う歌い方であった。こういう自分が大好きな初老の男性は、私は好きではないし、おそらく世の中のほとんどの人はそうではないだろうか。初老にしては、コブクロを歌っている。
電話をせずに行ったので、ママの麻亜子さんは驚いた様子だった。
「あらー。来てくれたの。隆(りゆう)ちゃん、2週間ぶりやんかー。他にいい店出来たのと違うの?」と愛嬌たっぷりに出迎えてくれた。
「そんな店ないけど、たまにはショットバーくらいは行くさ。」
彼女はここの経営者で、確か年齢は私と一回り程度違うはずだった(もちろん彼女の方が上である)。細身でスタイルがよく、ミニスカートから見えている太ももはかなり扇情的である。若い頃は相当もてたらしい。
1人だけいる女の子の桜ちゃんは、初老の男性の歌の相手をさせられていたので、こちらを見て手を振って、にっこりと笑ってくれた。彼女はふっくらとした顔立ちで、こちらを安心させるところがある女性だった。彼女目当ての男性も多いようだが、彼女自身はそういう男性と食事くらいは行くようだが、男女の仲になることはないようだった。年齢は確か私より10歳程度下であったかと思う。私は、女性の年齢を記憶するのが苦手なのだった。
我々は初老の男性と何となく横に座るのはどうかという雰囲気となり、宮前純と板尾と私は、奥のボックス席に座った。
麻亜子はそれほど広い店ではなく、13坪ほどだったが、客筋はよく、我々弁護士の業界か、大手企業の客くらいである。店はほどよい暗さで、私と板尾は座るとすぐにタバコと葉巻に火をつけた。
麻亜子さんがいそいそと横に座って、板尾君に「板尾ちゃんはもっと久しぶりやね。1ヶ月ぶりかな。」と板尾に笑っていた。
板尾は、「忙しかったっす。」とぼそりというと、たばこを煙そうに吸って、「さっき、あまり食べなかったから、なんか喰いたいっす。」とまたぼそりといった。
相談の末、たこ焼きと専門店の餃子を取り寄せることにした。
その合間に、歌は終わり、桜ちゃんも側まで来た。
私は入れてある4種類のボトルの中から、ボウモアのロックを選び、宮前は自分が入れている麦焼酎の水割りを頼み、板尾は余市のロックを頼んだ。
「麻亜子さんと桜ちゃんはどう?」と私が聞くと、彼女達は、「いただきます」といい、それぞれが頼んだものを作ってくれ、我々が先に乾杯している間に、自分たちのお酒を作って、再び乾杯をした。
初老の男性は相当前から1人で歌っていたのか、今日は帰ることにしたようで、私達が話をし出すと、帰ることにしたようだった。
麻亜子さんが外まで送っていったが、すぐに帰ってきて、「桜ちゃん。」と桜ちゃんを呼んだ。どうやら、初老の男性は桜ちゃんに送って欲しいらしい。
「すいませーん。」というと、桜ちゃんは初老の男性を送るために出て行った。彼女が私の側を通る時、銘柄は分からないが、ほのかに香水の香りがした。
麻亜子さんがボックス席に戻って来ると、うふふ、と笑った。
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