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2011年6月

2011年6月27日 (月)

バー「月」

 通りを行く人は金曜日にしては少ない方だったろう。酔っぱらって大声でもう一軒行こうと騒いでいるもの、酔いつぶれた女性を肩にかついでいるものなど、思い思いの酔い方で金曜日の夜を楽しんでいる。
 宮前と板尾は明日仕事があるのでここで切り上げて帰るということだった。私は、少し飲み足りない思いでいたのと、昼間あった山名恵子の件が小骨のように引っかかっていたので、一人でもう一軒行くことにした。

 「また、誘ってくださいね。」
 と桜ちゃんに言われ、適当にあいづちを打つと、私は一人で花見小路通りを南に歩き出した。その間に、宮前と板尾はタクシーに乗り込んで帰って行った。
 花見小路通りを南に歩き、四条通も越え、石畳の道を歩いて、歌舞錬場の手前の小さい路地を左に折れて、バー「月」に入った。
 京町屋の作りをそのままのバーで、私が月に1、2度通うバーだった。
 ドアを開けて入ると、6人ほど入れるカウンターには客はおらず、テーブル席と、奥の小部屋に客がいるようだった。

 「いらっしゃいませ。」
 カウンターに居た三名がめいめい声をかけてきた。皆、黒い前掛けに白い襟の立ったシャツを着ている。一人は無精ひげ風のあごひげを生やしていて、背が高く、鋭い目をしている。これがオーナーの里内さんであり、細身で、最近テレビに出ている俳優のような優しい顔立ちをしているのが、バーテンダーの織田君である。もう一人がっちりとして、黒縁眼鏡をかけている優しい顔をしているのが、長谷君といい、料理を作る担当であった。
 淡い薄暗い光の中で、彼らはカウンターに客がいないので、手持ち無沙汰そうであった。
 バーでテーブル客ばかりだと、カウンターの中のバーテンダーは会話もせず、注文を聞くだけの存在となってしまう。また、テーブルの客は自分たちの会話に夢中であり、彼らに酒をおごることもないだろう。
 「一人だよ。」
 と私がいうと、三名ともに、「珍しいですね。」
 と言った。
 あまり、私は一人で飲みに行く方ではないからで、ここはよく来るので、三名ともそれはわかっているからだった。
 私は酒じたいが好きというよりは、酒を飲む場の雰囲気や、会話を楽しむ方であるので、一人ではあまり飲みに出ないのだった。
 私はカバンを席の左側に置いて、カウンターは一人だけのようなので、真ん中に座った。
 織田君は、何もいわず、カクテルを作り出した。

2011年6月 6日 (月)

麻亜子(2)

 「ふられたかい。」
 と私は麻亜子さんに笑いながら言った。
 「うん。やっばり男の人は若い子がいいみたい。」
 と言って、麻亜子さんはけらけらと笑った。
 「そうか。今出て行った人、歌も若かったしな。」
 「ほんまやわ。ようあんなに若い子の歌たくさん覚えてきはると思うわ。すごいよね~。」
 「よく覚える時間があるねえ。時間もそうだけど、私は昔の歌の方がいいけど。最近の歌は、コレってのだけ覚えたいと思うくらいだなあ。」
 「うん!昔の歌はいいよね~。私、最近の歌歌われてもわからへんもん。」
 それを聞いていた板尾が、たばこを片手に、その煙が煙たいのか、目を細めながら、
 「歌い、ますか」
 と小さい声でいった。
 「歌おう歌おう。」
 と、麻亜子さんは明るく言って、カラオケの機械を持ってきた。
 そこへ、桜ちゃんが戻ってきた。
 「モテモテだね。」
 と私が笑っていうと、桜ちゃんはにっこりと笑って、
 「うふふ。やや高齢の人にはモテるんです~。」
 と言った。
 そのとき、音楽が鳴り出した。この間に、板尾が歌を入れていたらしい。
 曲は、ミスターチルドレンの「HANABI」だった。
 桜ちゃんは、私の横に座ると、少し薄くなっていた私のロックグラスを持っていき、新しいロックを作って、自分にも小ぶりのグラスにロックを作って来た。
 この間に、麻亜子さんも自分のグラスにロックを作っていた。
 板尾が熱唱しているのを聞きつつ、みんなで、「乾杯」といって再度グラスを掲げた。
 酔いどれ連中は、一夜のうちに、何回乾杯してもいいのだ。何に乾杯しているのかわからなくとも、とにかく乾杯をするものである。
 桜ちゃんは、私の横で耳元に口を近づけてくると、
 「今も、さっきの人にエレベーターで迫られちゃった。真剣に交際して欲しいって。。。」
 とはにかむように言った。
 「へえ。あの人、独身?」
 「奥さんが死んで、2年経つんですって。」
 「桜ちゃんはどうなの?」
 「まさかー。無理ですよお。真田先生ならいつでもオッケーですけど。」
 というと、軽く肩を叩かれた。
 「オジサンに冗談をいうと、本気にされるぜ。」
 と私は言って、葉巻に火をつけた。
 「冗談じゃないですよお。」
 というと、桜ちゃんは少し怖い顔で私をにらむ真似をした。
 「だめー。隆ちゃんは、私のものよ。うふふふふ。」
 それを見ていた麻亜子さんが、笑いかけてきた。

 その後、こうしたたわいのない話をしながら、私は2曲ほど歌い、板尾は10曲ほどを歌い、宮前純が一曲歌った頃に、どやどやと団体客が入ってきた。
 何度か見たことのある一部上場企業のご一行様だった。
 私たちがいると、全員が入りきらない様子だった。
 私は時計を見た。
 12時少し前だった。
 ショットバーで飲み直すのも悪くないし、団体客が入った方が、麻亜子さんも儲かるだろう。
 そう考えて、板尾と宮前を見ると、二人とも「出た方がいい」という顔をしていた。祇園で常連客は、こうした時は店のために開けてやる方がいいのである。スマートに酒を飲むには、そうしたあうんの呼吸が求められる。
 「行くよ。」
 と麻亜子さんと桜ちゃんにいうと、麻亜子さんは、
 「隆ちゃん、そんなん。まだいいやん。」
 と言ってくれたが、私たちが出て行った方が店にとってありがたいことは私には分かっている。
 麻亜子さんの方も、店を空けてくれると言われて、すぐに、「ありがとう」というのでは、あまりにも常連客に取って、また、自分にとっても味気ないので、儀礼的にされるやりとりだということは私も分かっている。
 「いいさ。また来る。」
 そういって、私と板尾と、宮前はそれぞれカバンを取って店を出た。店を出るとき、麻亜子さんが片目をつぶって、声に出さず、ゴメンという口の動きをし、片手をあげて謝罪するをしていた。私は片手をあげて、ドアを開け、エレベーターホールに向かった。
 後ろで、入ってきた団体客が、我々にわびている声が聞こえた。
 「長居してますから」という板尾の返答も聞こえてきた。これも、先ほど同様儀礼的なやりとりである。しかし、世の中には儀礼的なやりとりが必用なこともある。
 エレベーターに、私と板尾、宮前純、桜ちゃんが乗り込み、下に降りると、通りの熱気は少しましになっていた。

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