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2011年8月31日 (水)

花見小路通り

 私はアイラモルトを空にすると、チェックをして店を出た。里内さん達が見送りに出てくれようとしたが、店も混み合っているので私の方でこれは遠慮した。
 「真田先生が来てくれると、いつも店が繁盛しますから。」
 別れ際が里内さんがそう言ってくれたが、一人で寂しく飲みに来ている私に対するお世辞だろう。
 「そう言われても困るな。」
 と私は行って店を出た。狭い路地を抜けて、花見小路通りに出た。
 外に出るとさすがに熱気は和らいだようだった。空気が少し肌に優しくなったようだった。それは私にだけ優しいのではなく、花見小路通りを歩いている人全てにそうだったし、それは京都に今居る人全てにそうだったろう。
 時計を見ると、時間は12時45分になっていた。帰るには頃合いだろう。一人酒をした真田隆一郎は、家に帰るとしよう。それに、私にはもう一人で行くことの出来る店も残っていなかった。
 そう思いながら、ぶらぶらと石畳の道を北に上がった。通りを行く人はまばらだったが、皆酔っているようだった。一人で歩いている人はあまりいない。タクシーもあまり走っていないようだった。花見小路通りのここでタクシーを待っても、先で捕まえられるのがオチだろう。四条通りまで少し歩くことに決めて、私は、訟廷日誌、財布、携帯電話、折りたたみ傘、思い出、その他いろいろなものが入っている黒く重い鞄を肩にかけ直した。
 そのとき、前を一人で歩いている女性の姿が目に入った。彼女は地味な色のタイトスカートに、淡い色のサマーニットを着ていた。髪の毛は肩よりも少し長い程度だった。
 酔っていたせいもあるが、着ている服も、髪型も妻の由紀に後ろ姿がよく似ているように見えた。
 私は淡い期待を抱きながら、少し足を速めて、彼女の少し前に出た。10メートルほど前に出ると、さりげなく振り返ってその女性を見た。
当然のことだが、それは妻の由紀とは似ても似つかない女性だった。美しい女性ではあったが、妻の由紀ではなかった。
 それは当然のことだった。
 死んだ人間が生き返るはずはないのだ。

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